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紳士な元彼と動揺する駄目な俺



 全国のミステリーファンを敵に回してでも言うが、俺はミステリーが苦手だ。どんどん証拠らしきものが記され、主人公の探偵なり刑事なりが謎解きを始めたところで、頭の悪い俺は全く展開についていけない。珍しき犯人らしき人物が特定できたところで、次の被害者になったり、全く目をつけていなかった第三者が自白に乗り込んできたりと、裏切られたことを数える方が馬鹿らしい。それでも証拠を広げられ、犯人が特定出来たときの達成感のようなものは懲りもせず沸いてくるのだ。謎解きは何かの中毒性でもあるんじゃないかと割と本気で思う。


 

 今、目の前に菊川さんの元彼らしい人物がいる。年の頃は俺と同じくらいだろうか、人のこと言えないが背が高めで、更に人のこと言えないが目つきが悪い方だった。俺は足のつま先から頭のてっぺんまでぞっとしたものが突き抜けたような感覚を味わった。

 謎は 全て 解けた!!


 

 言ってる場合か。

 何やら気まずそうにしているソラと呼ばれた男性と、元々無表情よりなのでどういう心情なのか察せない菊川さん。それで声をかけあぐねている俺。それぞれ固まっていると、助け船というか特攻機が思っていない方向から来た。

 「菊姉さん!こんにち-」

 は。


 石化したんじゃないかと思うほど固まったかすみ(仮)(もう仮はいいだろうか)は、復活するのも早かった。俺をスルーして、ソラ君目がけていきなり椅子を叩きつけようとしたのだ。俺が思わず後ろから抱き止めた。咄嗟に後悔したが、かすみの暴れようといったらすごかった。

 「待て待て待て!何やってんだお前は!」

 「離しなさいドブ犬の分際で!」

 「ドブっ…お前、なんつうことを!犬に謝れよ、そんで俺に謝れよ!」

 「はーなーしーなーさーい!!こいつ絶対許さない!私から姉さんを取り上げて、挙げ句、挙げ句…っ」


 「かすみちゃん」

 ぺし。

 俺の100の言葉より、菊川さんの一喝だ。菊川さんが本当に軽く叩くと、かすみはみるみる力が抜けて、ぷるぷる肩を震わせながら、わっと菊川さんに抱きついた。嘘泣きではない、本気で泣いていた。

 女の子が泣き始めると、男は何も出来ず立ち尽くすしかない。呆然としている俺たち二人を、菊川さんが見た。

 「ヤナ君、悪いけど、ソラ君連れてどこかへ行ってくれる?今あまり忙しくないし、店長さんには私から上手く言っておくわ」

 「は、はい」

 他に選択肢がない為、俺が立ち上がると、少し名残惜しそうではあったが、ソラ君がこちらへついてきた。



 遠くへ行くよう指示されたが、道すがら気まずくてたまらない為、俺はさっさと近くの喫茶店に入った。頼んだ飲み物がさっさと運ばれてくると、もう場を繋ぐものは何もなかった。

 気まずい!!


 俺が飲みたくもない珈琲をひたすら口に含んでいると、おずおずとソラ君が顔を上げた。

 「あ、あの…大丈夫ですので」

 「…は?」

 「俺と菊はその…付き合ってはいましたが…ままごとみたいな交際してて…その、妙なことはしてないので…信用しろと言う方が無理かもしれませんが」

 鼻から珈琲を吹くかと思った。


 「…だ、大丈夫ですか?」

 「…す、すんません…ごほっ!違います、俺はただのバイト仲間で」

 「あ、ああ…そうなんですか。また綺麗になってたから、好きな人でも出来たのかと思って」

 声。笑顔。目。人の良さがこれほど滲み出る人は珍しいと思い、また俺の謎解きが失敗に終わった。



 珈琲のおかわりをしてもらった頃、ソラ君がぽつりぽつりと話してくれた。

 「始めて会った時は、こんな綺麗な子世の中にいるんだなーって…はは。恥ずかしいんだけど、一目惚れってやつですか。だから、付き合った時は天にも昇る気持ちで…はは、お恥ずかしい」

 「いやでも分かりますよ」

 「だから…結婚出来なかった時は、本当に申し訳なくて…」

 にこにこ嬉しそうだった顔が一気に曇る。俺はずっと聞きたかった言葉が喉から出そうになっているのを必死で耐えた。この人は、菊川さんのことをどこまで、知っているんだろうか。


 「本当に申し訳ないと思ってるんだったら、いっぺん死んで、もう一回死になさいよこのミトコンドリア」


 今度こそ珈琲を気管に詰まらせたかと思った。かすみ様再登場、目を真っ赤に腫らしながら、それでも強気な目で、かすみはソラ君を見下ろしていた。俺がまた止めようと思ったが、彼女は椅子を振り回すような真似をしなかった。

 「最後まで好きでいられないのなら、最初から好きにならないで。最後まで愛されないことが、花にとってどれだけ辛いかカン柄れる脳もないの」

 「…かすみちゃん。こんなこと言える立場じゃないかもしれないけど、あまりそういうことを言うのは」

 「大丈夫よ。こいつは家で花飼ってるだけで飽きたらず、一人浮かれて花ハーレムこさえてるぶっちぎり変態なのよ」

 「おい、妙な印象与えるなよ!」

 「…本当ですか?」

 「…ま、まあ…認めるのは癪ですが。家にいるのは花です」

 「そう…ですか。良かった」


 良かった、とは何が良かったんだろう。聞く間もなく、ソラ君は本当に爽やかに会釈すると、そのまま帰っていった。てっきりかすみは追い回すかと思ったが、ふん、と呟くだけで、俺の向かいに座るなり、巨大パフェを注文した。

 「何よ。別に、菊姉さん突き飛ばしてここまで来たわけじゃないわよ」

 「分かってるよ。お前、菊川さんだけには優しいだろう」

 俺がそう言うとかすみはまたふん、と呟き、やってきたパフェをもりもり食べ始め、こっちが胸焼けしそうだ。

 「お前、大丈夫なのかよ。そんなに食べて」

 「…っ、五月蠅いわよ、ヤナのくせに!」

 「いって!ヒールで蹴るなよ!」


 さて会計である。ここは俺が奢るべきだろうかと要らん気遣いを使おうとしていると、かすみがさっとクレジットカードを取り出した。男前すぎる。

 すると会計をしていた店員さんが、にこりとこちらへ笑いかけてきた。

 「お会計ならお連れ様から既に頂いております」

 紳士だ!!


 もしや俺とソラ君は共通して花を惹かせてる部分があるのではないかと疑っていたが、その予想は完全に外れた。情けないが助かった。珈琲はともかく、巨大パフェを払う自信がなかったのだ。

 しかしかすみはお気に召さなかったらしく、真っ赤な顔してすごい勢いで店を飛び出し、不幸にもまだソラ君が近くにいた。

 「おい、落ち着けって!」

 「これが落ち着いていられますか!あの男のこういうとこが嫌いなのよ!離しっ」


 「ごめんなさい。かすみちゃんを止められなくて」


 菊川さんの声だ。割り込むように走り出したかすみを、俺がまた押さえつけた。化粧の匂いと香水の匂いでくらみそうだったが、ありがたくも美貴さんで多少耐性は出来ていた。あとは力だ、ここで負けるわけにはいかない。必死に体と口を押さえつけ、俺は踏ん張った。

 

 「酷い事言ったでしょう。あの子、悪い子じゃないんだけど」

 「気にしてないよ。悪いのは俺だから…ごめん。ずっと謝りたかったんだ」

 そう言って丁寧に頭を下げたソラ君の肩を、ぽんと菊川さんが叩いた。

 「大丈夫。あの時は、私も悪かったし」

 「そう…あ。あのさ。良かったら、また、会いに行っていいかな」

 「もちろんよ」


 そうしてソラ君は帰っていき、菊川さんも店の方へ帰っていった。二人が見えなくなり、俺がかすみを解放すると、大股で歩き出した。まさか、ソラ君を追うのか。

 「おい、余計なことするなよ」 

 「…っ、口紅塗り直してくるだけよ」

 騒がないように俺ががっつり口元を押さえていた手には、かすみの口紅がべったり付いていた。何だか異常に悪いことをした気がして、俺は慌ててジーパンでぬぐった。

 悔しそうにこちらを見たかすみは、化粧が大分はげていた、俺は思わず、まじまじと見た。

 「…そっちの方がいいじゃねぇか」

 「~!」

 「いって!!」



 褒めたのに、何で蹴られないといけないんだ。

 「ぎゃあヤナのズボンに口紅が!!」

 それにしても、何で菊川さんとソラ君は別れたんだろう。やっぱり無理があったんだろうか。どこかで。

 「ヤナ、どこで付けてきたんだ!この位置についてるってことは何をされたか想像させる気満々なのかおい!泣いちゃうぞ!向日葵ちゃん泣いちゃうぞ!」

 嫌、人間同士でもどんなに愛し合っていようが、別れる時は別れるしな-


 て。


 「うわ、お前、何で泣いてるんだよ!」

 「ヤナが、ヤナがぁ…うわあああ…ズボンに口紅べったりくっつけて帰ってきた挙げ句、私を無視した!無視したぁ!もう駄目だ!ヤナの中には、どっかのボインでいっぱいなんだ!私が入る隙がないんだ!」

 「どんだけ妄想跳躍してんだよお前は!これはかすみのだよ!事故の産物だ、なんっもねぇから!」

 「し…主従ラブか!ラブなのか!?夜は関係逆なのかこの野郎!」

 「ああもううるせぇよお前!また何か変な雑誌見ただろう!」

 「うわああああああああ!!」

 「だあもう鼻かめ、鼻!!」



 結局泣き疲れた向日葵は、美貴さんの部屋に非難し、奥で丸まり眠っていた。俺が渋々迎えに行くと、美貴さんがニヤニヤ笑いながら酒を飲んでいた。どうでもいいけど、今はまだ明るい時間だ。

 「もってもてだなぁ、ヤナくーん」

 「五月蠅いですよ」

 さあ引きずって持って帰ろうと思った俺は、思わずあれ、と呟いた。いつも酒と一緒に煙草吸う人なのに、その素振りが見えない。

 「美貴さん煙草は?」

 「…っ、控えろって五月蠅いんだよ」

 「………だ、誰に」

 「-!」

 「いった!!」


 

 今日はよく攻撃される日だ。俺は酒缶を投げつけられた頬をさしりつつ、眠った向日葵を見下ろした。

 「ヤナのおたんこなす…」

 寝言までやかましい向日葵の頬をつねりつつ、俺はため息をついた。

 考えたら、美貴さんは真緖に惹かれてるように見える。真緖はどちらかといえば小柄よりだし、ソラ君だって背こそ高いし目つきも良くないものの好青年だ。共通点はない。

 じゃあどうして俺はこんなに花にもてまくるのか-

 「…むにゃ…」

 まあ、分かったところで。問題が解決するわけではない。俺がどうしたいかだ。俺が、どうするかだ。

 まあとりあえず平和そうな寝顔が腹が立つから、頬をつね直すことから始めよう。



 翌日バイトに行くと、先輩がぶんぶん手を振っていた。

 「おーヤナ。もう風邪は平気か」

 「は、はい」

 そうだ菊川さんにお礼を言わなければ-と思った俺に、先輩がすごい勢いで詰め寄った。

 「なぁ、お前、菊川さんと仲良かったよな?何、あの子、彼氏いるの!?」

 「は?」

 「いや、さっきすごい好青年と一緒にいるの見ちゃって…」

 多分、というか確実に、ソラ君のことだろう。多くは知らんが嫌い合って別れたわけじゃなさそうだし、まあまた会いだしても別段不思議は-


 あれ。

 何だこれ。

 何だこれ何だこれ何だこれ。

 何っでこんなにムズムズしてるんだよ俺!!

 

 「うわぁ、俺、密かに狙ってたのになぁ!ヤナも気の毒になぁ!」

 「勝手に同情しないで下さい!俺は違います!あと何か胸がむずがゆいんで帰ります!」

 「ヤナ、二日連続早退とか殺すぞ。元気だろ、お前。水運べ、水」



 もしかしてとは思うが、想ってもらえば誰でもいいのか俺は。途端に情けなくなりつつ、俺はお客様にお水をお持ちした。

 「いらっしゃいませ」

 「こ…こんにちは」


 誰かと思った。

 「菖蒲ちゃん…」

 「えへへ…変、ですか?」

 テーブルにちょこんと座っているのは、長かった髪を半分近くばっさり切った菖蒲ちゃんだった。まあ可愛いのは可愛いが、俺は自分の血の気が引く音が聞こえた気がした。

 「…ご…」

 俺の体から向日葵臭がしたせいか。俺のせいで、俺の、せいか。しかし謝るのも妙な話だ。髪は女の命というのに俺のせいか。俺が顔面蒼白になっていると、笑顔の菖蒲ちゃんは話を続けた。

 「美容師モデル頼まれてしまって。恥ずかしかったんですけど…すごい可愛いって言われて…でも不安で…ヤナさんに見せたくて…その…」


 は。


 「や、ヤナさん、大丈夫ですか?どうかしました!?」 

 「あ、はい…全然…大丈夫です、ハイ」

 死にたい。恥ずかしくて死にたい。そうだよ髪くらい普通に切るよな。失恋で髪切ったんだろうなんて、どんだけ自惚れたら気が済むんだよ俺は。


 「へ…変、ですか…?」

 「ああ、いや…お洒落とかはよく分かんないけど。似合う。えーと…か、可愛いよ」

 顔から火から出るかと思ったが、ぱっと笑ってくれた菖蒲ちゃんを見て、余計顔が熱くなった。よし逃げよう。


 「ご、ご注文は」

 「あ、ご、ごめんなさい…っ、えーとえーと」

 「…えと。ゆっくり決めていいから」

 「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」



 すごい美少女がいる、とスタッフたちは大騒ぎだ。今日は菊川さんがシフトに入っていない為、尚更だ。店員だからまさかナンパはしないだろうが、男客の一人が彼女に近寄っていた。

 「ねえよかったら、一緒に座ってもいい?」

 「…え…?」

 

 「こらぁ!ナンパ禁止!駄目、絶対!!」


 そう言って格好よく現れて、菖蒲ちゃんをかばうようにぎゅうぎゅう抱きしめたのは、よりによって向日葵様だった。ありがとう向日葵助かったがその前に。

 なんで、お前がまた店に来てるんだよ。職場くらい落ち着かせろ。




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