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気づかなくてもよかった感情とまさかの真実



 人を虐げることに喜びを覚える者の中には、その行為自体が神がかり、プロ級の者がいる。年が幼ければ幼いほど、その行動力と頭の回転には目を見張るものがある。

 標的の選び方、脅し方、周りの黙らせ方、周りへの媚び方、証拠隠滅の消去法、どこでどう学んだのか、学んでないとしたらその頭の良さはどうしてそうなったのか知ったことではないが、子供心に末恐ろしいものだったように思う。

 俺はといえば、性格的に虐められていてもおかしくなさそうだが、なんとか助かったのは、この身長のおかげでもあった。大きい体は扱い辛い、そう判断だけでも、当時の所謂ガキ大将は賢かったといえよう。


 「…ちょっと待てよ…何で、俺が、あんたの犬になるんだよ!わけ分からん!」

 「あら、断るの?まあ断ってもいいわよ。その変わり、ここのボロアパートを灰に変えてやるわよ」

 「はあ!?んなこと出来るわけ」

 「出来るわよ。私のパパなら」

 そして、目の前の相手も、頭がいいかどうかはさておいて、自分の利用すべき相手の使い方。

 「あんたはともかく、あの薔薇女は困るんじゃないの?ここにどうやって取り入ったか知らないけど、花を住ませてくれるところがそうそうあるかしら」

 俺の中途半端にお人好しの性格も、花たちと切っても切れなくなってしまった関係も、脅し方も、睨み方も。そして、引っ越しなんてまず出来ない俺の金銭事情も、がっちりもぎ取るように握りしめて、揺さぶりをかけた。

 「…汚ぇぞ、お前」

 「何とでも言いなさい。勝てば官軍よ」

 うわー、格好いいなあ、おい。俺は文字通り頭を抱えた。ここの大家は、まあ何というか、早い話がちょっと、かなり年配で、俺がなかなか保証人(親だが)の連作先を思い出さずにいようが、俺の家にいつの間にか住人が増えていようが、何も言わない人だ。ある意味、俺の為の管理人ともいえよう。美貴さんだって、店の人が保証人になってくれたとしても、色々無茶もあっただろうに、いられるのは、まあ、彼の成せる技だったのだろう。

 ここがなくなるのは困る。普通に困る。俺は覚悟を、嫌すぎる覚悟を決めた。まあ、すぐに飽きるだろう。

 「………ご命令は」

 「あら、服従する気になったのね。いい子だわ。まずは、携帯アドレスと電話番号を教えなさいな。話はそれからよ」



 それからは正にまぁ、絵に描いたような、振り回され男の毎日になった。

 夜中の二時に迎えに来いと言われるわ、ようやくたどり着いたかと思ったらやっぱり要らなかったと言われるわ、荷物持ちはさせられるわ、買い物には付き合わされるわ、俺はもう散々だった。

 当然一円にもならない。バイトを辞めるわけにもいかない、俺はバイトの合間に、あの高飛車の犬になっていた。今日も精根尽き果てて家に帰ると、向日葵が待っていた。

 「ヤナ、大丈夫か!?」

 「ああ…悪い、水くれ…」

 「~!待ってろ、今、あんな花、退治してくる!」

 「待て待て、要らんことしたら、また命令増えそうだ」

 ぶう、と頬を膨らませた向日葵だったが、俺に水を持ってきてくれて、ちょこんと大人しく座っていた。ヤキモチも妬かない、そう文句も言わない、こいつには珍しく大人しい為、助かってはいるが、正直、気持ちが悪い感もある。

 それは大人しいこいつになのか。それに甘えてる俺になのか。もう考える元気もない。

 「はぁ、すげえ着信履歴…暇なのか、お嬢様は…」

 「…ヤナ、私もヤナもメール、したい」

 「は?」

 「電話もしたい」

 「…お前ねえ。必要ないだろう」

 「したい」

 俺は、少し、いやかなり反省した。泣きそうなこいつを久しぶりに見た。大人しいんじゃない、こいつはずっと泣くのを我慢してたんだ。俺が寝転がったまま、とりあえず胸元に引き込むと、思い切り鼻をかまれた。力が抜けたら、眠くなってきた。

 「勘弁してくれ。そんな余裕ねぇ」

 「私、バイト出来るぞ。皿もあんまり割らなくなったし、にこにこ笑えるぞ。みんなヤナだと思えば」

 「いいから、お前は、ここで俺を迎えてくれ」

 それから俺は眠った。寝たふりでもしないと、とてもじゃないが、この恥ずかしい台詞を、言わなかったことに出来なかったんだ。そしてそのうち本当に眠ってしまっていた。向日葵を抱きしめたまま。



 顔が、赤く、ないだろうか。何やってたんだ俺。何やってんだ俺。疲れてた。うん、そうだな、疲れてたな。

 「…あれ」

 「あ、や、ヤナさん!おはようございます」

 菖蒲ちゃんだ、俺にとびきり笑顔を浮かべてくれていたが、それはどんどん面白いように曇っていってしまった。やがて泣きそうになり、俺もさすがに慌てた。

 「ど、どうしたの」

 「向日葵さんの匂い…が…ヤナさんにたくさん…」

 「え!?」

 なたね油の匂いでもするのか、あれなたねって向日葵からだっけ、やたら慌てて服をはたき出すと、菖蒲ちゃんが真っ赤な顔に涙を溜めて、背中を向けて歩き出した。 

 「お幸せに!私、ヤナさんのことは忘れます!」

 「ちょ、ま、待って!菖蒲ちゃん!!」



 だから。何で。俺、いつも、この人と皿洗ってるんだろう。

 「ヤナ君…今日、何かいいことあった?」

 「い、いえ、別に」

 「向日葵さんと…何かいいこと…そう具体的に、大人の階段登っちゃった的な…」

 「登ってません!階段すら見えてませんから!ちょっと頼みから、包丁しまいましょうよ!」

 俺が言葉だけで必死で菊川さんを宥めるが、あんまり効果はない。圧力が止まない。手は止めない、動かし続けなければ、皿を洗い続けなければ、恐怖でそのまま動かなくなりそうだったからだ。

 俺が必死で圧力を感じないようにしていると、ふと携帯電話が鳴った。かすみ様からだろうと何だろうと助かった、俺がすいません、と電話に出ると、それは予想していなかった声だった。


 『ヤナ?』

 「…向日葵?」

 『おおお美貴さん!すごいすごい!ヤナの声が聞こえたぞ!』

 大はしゃぎする向日葵の声をかき分け、低く笑う美貴さんの声が割り込んできた。俺がまさか、と思いながら、答えを聞く前から既に彼女を責めていると、彼女は笑いながらすまんすまんと言っていた。

 『向日葵ちゃんがあんまり寂しそうにしてるからさ、私の使ってない方の携帯あげちゃった。解約するの面倒でほっといたのだよ』

 「美貴さん、あの」

 『だから、私のだってば。私の目の前じゃないと使えないし、私が見てるから変なとこにも繋げない。問題あるか?』

 「あんま甘やかさないで下さい」

 『おお恐。父親気取りか』

 「仕事中ですので」

 俺がさっさと電話を切る。見知らぬ番号が通知されたままだ。俺はその番号を登録したものかどうか迷っていると、今度はメールが届いた。知らないアドレス、それでも俺が開くと、そこには一行だけ文章があった。


 『梁お骨手海豚』


 何語だよ。怪奇文章を送ってきた犯人はすぐに割り出せた。美貴さんに向日葵にメールを打たせるのを止めさせようとしていると、またメールが届いた。


 『早 く かえって 鯉』


 そして、それは、驚くほど、上達して。


 『さみしい』 


 伝達力がありすぎて、俺はもう、多分後にも先にも、こんなに胸が重くなると思えないくらいに。俺が向日葵にメールを返してやろうかどうか、送るにしても何て送ってやろうか、何て迷っていると、かすみ様からの電話が鳴り響き、俺はそっと見なかったふりをしてエプロンの奥深くにしまいこみ、持ち場に戻った。

 「すいません。菊川さんも、ちょいちょい休憩…」

 「私もアドレス聞いていいかしら」

 「………ハイ。」

 断れる流れではなかった。つうか携帯持ってたんだこの人、赤外線交換で送ると、菊川さんはずっと携帯を眺め、そして、俺へ視線を移した。

 「何て登録したらいいかしら」

 「え?」

 「恋人って入れてもいい?」

 

 えーーーーと。


 「駄目なのかしら」

 えーと。

 「私が花だから?」

 「それは違います!」

 「じゃあ、向日葵さんじゃないから?」

 

 気のせいだろか。菊川さんの下に、選択肢が見える。そして、右上に、ないはずの時計が見える。すごい速さでタイムリミットをどんどん削り、そして下の選択肢左の矢印も、選び切れなさすぎだろう、すごい勢いで上下を行き来している。


1.俺、向日葵が好きみたいで

2.俺、あなたが好きです

3.(ダッシュで逃げる)


 「…お…オーディエンス…」

 「ヤナ君?目が放流された稚魚みたいに泳ぎまくっているわよ」

 いかん、いかん、あまりに色んな事がありすぎて、現実逃避を勝手に始めるとこだった。昔のクイズ番組を思い出してる場合か、脳内がたたき出した三択は、少なくても、今、この場で言えた台詞じゃないことは確かだった。

 「俺…」

 けど、この中途半端な気持ちを彼女にぶつけたところで、彼女は満足しないだろう。だから、彼女は綺麗なんだ。こんな、向日葵と出会う前だったら、土下座したって振り向いてくれなさそうな、こんな彼女に。


 「馬鹿やなあああああああああ!何時間待たせるのよ、あんた!!」

 かすみ様登場、俺の吹き出した汗は一気に引っ込んだ。



 店の前まで出ていくと、傘をかんかん叩きながら、かすみ様が俺を睨み上げていた。

 「私の着信無視するなんて良い度胸じゃない!」

 「仕事中だってメール入れといただろうが!」

 「電話も取れないわけ!?私からの電話取らせないなんて、どれだけ融通効かないのよこの店は!私がスポンサーごと買い取って」

 「…かすみちゃん。声、店の中まで聞こえてる」

 「…っ、お姉さん」

 菊川さんの前だと態度が違う、少し大人しくなったふりをしたが、それは一瞬で、俺の足を勢いよく蹴った。

 「いって!」

 「こいつ、今、私の犬なんです。お姉さんだったら、たまには私の変わりに命令してもいいですから」

 「おい、お前な」

 よりによってこの人の前でそんなことを-焦る俺を前に、菊川さんは冷静に、かすみに近づき、そして、驚いたことに、彼女の頬を軽く叩いた。

 「いい加減にしなさい。気に入った相手に、そんな態度ばかり取るの、よくないわよ」

 「いや菊川さん…」

 嘘だろう、と言いたいのは、こちらの方だった。

 「また、一人になるわよ」

 「…っ、まだ…ヤナからは…要らないって言われてないもん…」

 否定するとこ、そこかよ。真っ赤な顔して泣きそうな彼女を見て、あえて一言言わせてもらうならば、分かりづらい。かといって、素直なかすみもまた、想像がつかなかった。


 「こ…これからは…呼ぶ回数減らしてあげる」

 「本当か?」

 「1000…っ、ふん!100回に1回くらいよ!!」

 「減ったうちに入るのか、それ!」


 だから一瞬可愛く見えたような気がしたのも、俺は、本気で気づかなかったふりをした。



 まあ、つまるところ欲求不満かもしれん。一応お年頃だしな。

 あんな俺様お嬢様が可愛く見えるなんて。

 「ヤナ、今日は早かったな」

 「おう、まあな」

 「だっこだっこ」

 「うるせぇ、うるせえ」

 まあ、こいつが可愛いのは、もうとっくに知ってるけど-


 ん。

 ん。

 んーーー?


 「ヤナ?」

 「…何でもない。離れろ」

 「ええ何でだよ!」

 「うるせぇ危ねぇんだよ、お前が!」

 「ええ、私がか!?」


 やばいやばいやばいこれはやばい。

 そうなのか。そうなのか俺。待て、自覚はまずい。


 「ヤナ、熱でもあるのか?顔、真っ赤だぞ」

 自覚は、妄想も、手伝って。

 それはやがて。確信になるから。



 全然、眠れなかった。

 よく昨日まで眠れてたもんだな俺。見た目女の子でも正体花だもんな。そうだ花だぞ。イエス花だぞ。しっかりしろよ俺。バイトに集中しろ。注意一秒、無職数週間。


 「どうした、ヤナ。ぼーっとして。好きな子でも出来たか?んー?」

 しっかりしろ よ 俺!!


 「違…」

 「お、おい、こいつマジだ!誰だ、菊川さんか!?」

 「違います!菊川さんじゃ」


 がしゃん。


 俺のタイミングの悪さは、ギネス級じゃないだろうか。何で、この人が、菊川様がいらっしゃるかなぁ。


 「…っ」

 「-待っ!」

 て、止めて、どうする。止めて、何て言うんだ、俺は。


 -どん!


 「すいません…」

 「いえ、こちらこそ………あれ…もしかして…え…っ、菊?」

 「………ソラ君」


 今、聞き違いでなければ菊って言わなかっただろうか。そして、いつも無表情よりの菊川さんが、少しだけ動揺が見えた。これは彼女にとって相当驚いているのだろう。

 「え、と知り合いですか…?」

 無視されるんじゃないかと冷や冷やしながら聞くと、彼女はこちらを向いて、ええ、と頷いて、俺は正直かなりほっとした。どんだけヘタレなんだ俺は。


 「…元彼よ」

 「…です」


 ショック、とは違うな。

 びっくりした。

 朝起きたら、向日葵が人間になってたのの半分くらい、びっくりした。



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