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人の恋路を邪魔する奴は土に埋められてしまえ


 女性曰く、男は勘違いする生き物だという。悔しいが全くその通りだ。

 女子と何度も目が合う、体育祭で応援してもらう、一緒に帰ろうと言い出す、どう見ても義理だがチョコレートくれる、あなたみたいな彼氏がいいなぁと言ってくる、女子はその気がなかろうが男はこれだけで信じ、思い込み、下手をすれば、腸が煮えくり返りそうになるほど嫉妬できる生き物だ

 しかし俺はといえば今までもてた経験がなく、そんな思い込む隙さえ与えられたことがない。唯一記憶の底から掘り出して思い出せるのは、小学生の時に隣の席の女子が、やたら俺に話しかけてくるので、これはもしやと級友に話してみたところ、一笑された。ほどなくしてその子は転校となり、転校前日、俺にだけ綺麗なハンカチが渡された。特別な感情こそなかったかもしれないが、もし俺が何かしら行動に出てたら、何かあったかもしれないと思わせるのは十分過ぎた。

 これを反省に踏まえて、次から、ふられてもいい、笑われてもいいから、もしかしたらと思ったら行動に出ようと思えないこその俺だ。以降、多少からかわれた程度では全スルーするようになった。おかげで年齢=彼女いない歴だ、何か文句あるか。

 つまり、俺は。どれだけからかわれても、冗談っぽく言い寄られても、期待せず、妄想しなかった。

 しかし、いくら何でも、これは難易度は高かった。


  

 目の前で、言葉のはずみで可愛いと言っただけで赤くなられた。おまけに彼女は、俺が今、人生で一度きりであろうモテ期の女の子たちと大きな共通点があった。

 「…か、樫田さん?」

 「…~…っ、や、ヤナ君なんて好きじゃにゃいんだからね!!」 

 「ちょっと待て!今のは噛んだのか、それともわざとか!?わざとでしかもそれ可愛いと思ってたら、かなり問題あるぞお前!」

 俺の完全の空気を読んでない突っ込みは風のように消えていき、樫田も消えてしまった。どうでもいいが、女子高生姿のままだ。まあ違和感はなかったから捕まることはないだろうが、しばらくまばたきを繰り返し、少し落ち着いた俺は、振り返ろうとした自分が固まったのが分かった。後ろには、向日葵がいる。

 とても顔が見えない俺は、背中を向けたまま立ち上がった。

 「さて…シャワーでも浴びるか。お前もその服、綺麗にしとけよ」

 何事もなかったかのように、俺は振舞った。とりあえず今日という日を終わらせたかった。しかし、向日葵からものすごい圧が感じられた。とてもこのまま、背中を向けたまま、夜を迎え、朝を迎えることは出来そうになかった。

 俺が気合いを入れて、せぇのっと振り返った。瞬時に後悔した。よくもまぁ、こんなに顔を変形させられるもんだ。川に打ち上げられた魚みたいな顔をしていた。

 「何だよ」

 顔が見れないが口調は荒い、どこまでも情けなくなる俺が精一杯そう言うと、向日葵は、別に、と呟いた。俺の怒りは追加された。

 「別にって言うなら、別にって顔しろ!何なんだよ!俺が悪いのか!?」

 「違う!」

 「じゃあ、何なんだよ!ああ、もう…っ」

 俺は情けなくへたり込む。偶然だが、向日葵のまん前だった。狭い部屋だから、そう不自然でもない。

 

 世界中のもてない男一人一人に土下座して回っても構わない。どうして、俺なんだ。俺は絶対に俺なんて薦めない。もっと上手く立ち回れ、上手く相手をしてもらう男に惹かれてくれ。

 「なぁ、向日葵。何で俺なんだよ。なんで俺はこんなに花に好かれるんだ」

 「ヤナからそういうフェロモン出てるんじゃないのか」

 「俺は土か!何か前にも言ったような気がするなぁ、これ!いいから、答えてくれ。俺はとんでもなく馬鹿だ、頭が悪い。もう降参だ。頼むから教えてくれ。治せるなら治したい」

 「…治しても、気持ちは消えないぞ」

 「は?」

 「誰か一人、選ぶのか」

 

 これは驚いた。

 「…お前…」

 「何だよ」 

 こいつは、ここまできて、自分が一番だと自惚れることも出来ないのか。

 「…っ、何でもねぇよ」

 そうだ、言葉にしなきゃ分からないって言ったのは、今さっきの俺自身じゃないか。けど、今、それを言ったらややこしくなる。タイミングが悪いことくらいは分かる。

 「教えてくれ、向日葵」

 さすがに土下座はしなかったが、目線を合わせて、我ながら真剣に聞くと、ようやく、向日葵の死んだ魚のような目が直り、こちらを向いた。

 「覚えてないのか」

 「え?」

 「本当に、覚えてないのか」

 こいつは、なぁ。

 「…だから、そんな泣きそうな顔されてもな。俺は本当に、分からないんだよ。分かったら聞いてねぇだろ」

 花だろうが、人だろうが関係ない。男は、少なくても俺は、女の涙に弱いのだ。自身で身震いするほど優しい声を出してしまうほどに。

 俺がしばらく待ったが、向日葵は答えず、我慢が利かなくなったのは俺の方だった。

 「もういい。出かけてくる」

 そして俺は幼児のような拗ね方をし、部屋を出ていった。向日葵に対しての怒りはそうない。自分で作ったくせに、自分でこの空気に耐えられなくなったんだ。



 真緖に連絡を取ってみると、とっくに退院し、今は自宅療養しているという。ドラマで見るようなフルーツの盛り合わせはいくらするか想像したくも無い為、俺は安いスイカを買っていくと、真緖はエロ本を枕に、録り溜めていたらしいバラエティ番組で爆笑していた。

 「元気じゃねぇかよ!」

 「いった!蹴った!!お母さん、こいつ蹴ったよ!」

 「うるせぇ!」


 「美味くねぇなぁ、このスイカ」

 「文句あるなら食うな」

 しかし、確かに美味くない。今度買うときはバナナにでもしよう、軽く学習した俺は、不味い不味い言いながらも手が止まらず、スイカを食べながら、真緖の顔をちらりと見た。もうすっかり顔色はいいようだ。目が合うと、何だかばつが悪そうに顔を反らした。

 「何か…悪かったな。迷惑かけたみたいで」

 「いや、別に大したことねぇよ」

 「ありがとな…あー…話変わるけど、あのさ、美貴さんさ」

 どう切り出そうか迷っていると、向こうから話しはじめた。助かったというのは妙な表現だが、他に表現が思いつかん。

 「何か…借金でもあるのか?」

 「は?」

 「何かすげえ悪い男に引っかかってるとか」

 「はぁ??」

 そう来ると思わなかった、俺が驚いていると、その顔を見て、真緖が少し、我に返ったようだった。

 「借金は知らねぇけど…悪い男に引っかかってるのは、まずないんじゃねぇのか。借金も多分ねぇよ、金借りてまで服買うような人には見えねぇし」

 「…そっか…いやさ…退院の時、来てくれたんだよ、あの人」

 思わず、へぇ、と声が出た。そういう展開は全く予想してなかった。

 「まぁ、ふられたんだけどな」

 その答えは予想通り過ぎて、同情の言葉も出なかった。

 「あの人、真面目だよなぁ…俺みたいなの無視してくれればいいのにさ…こんなこと言うんだ。俺とは絶対に何があっても付き合えないから、もう、お金かけない方がいいって。俺に問題があるんじゃなくて、自分に問題あるんだって。俺が鬱陶しくて言った嘘には聞こえなかった」

 ああ、と、俺は真緖に気づかれないように、納得するのが大変だった。彼女は、自分の本質を分かっているから、真緖を巻き込みたくなかったのだろう。

 「なぁ、ヤナ…お前、あの人と、長いだろう。少なくても俺よりさ。何か思うことあったら教えてくれないか…っ、忘れられなくてさ…頭どうかなりそうなんだよ」

 美貴さん。

 「うわ泣けてきた、格好悪…俺でも、俺のことどうかしてるって思うけどさ…止めとけ、とも思うけどさ…けど、こんなに苦しいの初めてでさ…」

 俺は、あんたの秘密は守る。それは向日葵も守ることだから。けど、止めることはできません。ごめんなさい。俺もこいつも馬鹿だから。

 「本人から聞けよ。俺から聞いても嬉しいか」

 「…っ、けど」

 「それで無理なら諦めろ。けど、秘密があってもいい、何があってもいいなら。ぶつかっていけよ。で、また、ふられてこい。そしたらまた、スイカ買ってきてやるよ」

 「たまには奮発してメロンとかにしろよ…っ」

 「キュウリに蜂蜜付けて食えよ」

 真緖が俺に殴るふりをして、拳をしまい、泣き笑った。また妙な表現だが、俺は少し救われた気がした。人でも、花でも、それこそ宇宙人相手だって、何があっても構わないと強がれるだけの気持ちがなければ、恋も愛もしない方が身の為だ。


 「…そういえば、お前は何かあった?」

 いい加減スイカが食べ飽きてきたころ、俺は咽るかと思った。勘が良すぎる友人というのも考え物だ。

 「あ、いや…大したことねぇんだが…樫田ってさぁ」

 「あ、とうとう告られた?」

 そして俺は、いよいよ本当に咽た。種をもろもろ飲み込んでしまった。

 「ごほ…知ってたのかよ!」

 「いや、向日葵ちゃんが登場してからというもの、諦めてたみたいだったし。パソコンの壁紙はずっとお前だったけど」

 「悪い、素直に気持ち悪いよそれ!頼むから止めさせてやってくれ!」

 「どーすんの?ふるなら早い方がいいぜ」 

 真緖がにやにや笑うため、俺が苦し紛れに、別に告られてねぇし、と呟くと、さらに真緖がにやにや笑った。腹たった俺が組手をかけるとプロレスが始まり、奥のお母さんから怒られてしまった。



 晩飯食べていけば、と真緖の母親から言われたが、俺は丁重にお断りした。いつもなら喜んで食べて帰る、何ならついでに泊まっていくが、部屋に大きな大きな心残りがあるからだ。真緖が泣き止んだ瞬間、向日葵の顔が頭から離れず、落ち着かないなんて騒ぎじゃなかった。俺は偉そうな男になるなど、一生無理だろう。

 「た、ただいまー」

 また魚になってるか、根っこを生やしてるか、俺は覚悟しながら扉を開けた。

 どっちも予想が外れた。風船みたいな顔して、玄関に座り込んでいた。

 「…っ、帰ってこないかと思っだぁ」

 「馬鹿、他にどこ帰るんだよ」

 飛びつくというよりはどついてきた向日葵を俺は何とか支えた。衝撃と重さに耐えられず、俺が座り込むと、向日葵はそのまあ、俺の胸元に顔を埋め続けた。腕の行き場はどうしたもんか、俺が迷っていると、向日葵が顔を上げた。どうもまたこりもせずキスをねだっているようだが、泣きはらした顔と膨れた頬で、俺は思わず吹き出した。

 「…っ、お前、何て顔…っ」

 気がついたら泣くほど笑っていて、ほどなくして、向日葵も笑ってくれていた。笑い泣きで言い訳が出来た。ここにいて安心してるのは、俺の方だ。



 そして、彼女の登場は、予想していたよりもかなり早かった。翌朝早朝五時、時間も周りも気にしないピンポンラッシュで、俺は飛び起き、すぐに鍵を開けた。一人しか思いつかなかったからだ。

 「やーなー君、あそびましょー…食いちぎってやるから、パンツ脱げ」

 「そんな遊びはお断りします」

 「ヤナは食いちぎれないほどでかいぞ!」 

 「うるせぇよお前!見たことあんのかよ!ああ、何かあるような気がしてきた!言わなくていいからな!な!!」

 無駄に変な汗をかいた、俺は美貴さんにビールを買ってきた。コンビニビールを買うしか選択肢がなく泣きそうだった。飲む前から座ってた彼女の目は、飲んでからなぜか落ち着いたから余計怖い。

 「…告られた」

 「…へ、へー、ヨカタデスネー」

 「てめぇ、何か相談受けたな!」

 「ど!?」

 押し倒されて、顔が近づいてきた美貴さんの顔は、酒臭かったが、顔こそ真っ赤で、まるで、恋を覚えたばかりの少女のようだった。

 「どの花もお前らみたいに幸せになれると思うなよ!」

 「…っ、それは思ってませんけど。捨てろとも思いません」

 「………お前、時々すごいこと言うよな」

 すごいことを言ったつもりはないが、とりあえず美貴さんが退いてくれるだけの効果はあったらしい。美貴さんが退くなり、向日葵が俺の首に抱きついてきて、俺がぐえっと言うと、美貴さんが笑った。

 「向日葵、ヤナのこと好きか」 

 「超好きだぞ!」


 「そうか、超好きか…私も、昔は、それだけでよかったんだけどなぁ」


 そう言った美貴さんの言葉は、俺を一瞬で考え込ませるには十分だった。俺が思わず彼女を見つめていると、意地悪そうに笑い、顔を近づけてきて、おもむろに服を脱ぎだした。

 「知ってるかヤナ。花の裸の秘密はなぁ…今、酔ってるから見てもいいぞ。ほれほれ」

 「後でいくら請求されるか分かんないから嫌です」

 「いいか向日葵、覚えておけ。脱がされるくらいなら脱ぐ!はい復唱!」

 「脱がされるくらいなら脱ぐ!脱がされるくらいなら」

 「お前も復唱せんでいいわ!美貴さんも、こいつに妙なこと吹き込まないで下さい!」

 向日葵が笑い、美貴さんも笑った。笑い声の中で、呟くようなありがとうな、が聞こえた。俺は耳がいいから聞こえてしまったが、聞こえないふりをした。


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