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消えた恐怖と今更気づいた感情

 



 俺の人生で今までそんな経験もないし、これから先も恐らくないと思うが、なんというか、相手の親に挨拶しに行った彼氏の恐怖感は、今の俺の恐怖感の半分くらいだろうか。

 結婚。けっこん。ケッコン。

 俺は今恐らく滝のように汗をかいているだろう、焦りまくり自分の口からもはや何て言葉が出てるか分からない、今すぐにでも倒れてしまいそうな、いっそ倒れたい俺に、別の衝撃が襲ってきた。


 「おにーーちゃん!一緒に帰ろう!!」

 「…っ、は…」

 やってきた救世主は、思いも寄らない可愛らしい救世主だった。


 「おや、妹さんですかな」

 「…っ、そ、そうなんですよ!さぁ帰ろうか、妹よ!」

 俺は逃げるように彼女の手を取り、すごい勢いで物陰に隠れた。格好悪くて結構、情けなさ万歳、俺が息荒く物陰に隠れていると、少し赤い顔で、彼女は握られる自分の手を見ていた。

 「…あ、ご、ごめん」 

 「い、いえ」

 赤くなった救世主、菖蒲ちゃんは、恥ずかしかったです、と、少し笑った。

 「すいません勝手な真似して…助けに来られずには、いられなくて」

 「うん、助かった」

 「それに…ヤナさん、何かあったんですか?何か、元気がないように、見えるから」


 昔。

 自分が死んだらどうなるんだろうと毎晩考えて、考えて、眠れない奴がいた。なんて幸せで可愛そうな奴なんだろうと俺は笑っていた。今の俺には、あいつは笑えない。


 こんなことを彼女に言うのは酷だと分かっていたが、彼女にだからこそ、言えたかもしれない。彼女もまた、同じ恐怖を抱いているのだから。

 「…向日葵が枯れるのが恐いんだ」

 それは言葉にすると一気に現実味を増し。

 「いなくなるのが、恐いんだ」

 確実に体内の中で爆発的に広がったが、それを少しずつ納めてくれたのは、彼女の笑顔だった。

 「私…とうとう我慢できなくなって、お母さんに言っちゃったんです。そしたら、お母さん、どうしたと思います?大笑い、したんですよ。馬鹿ね、明日死ぬかもしれないのは私も一緒よって。死ぬかどうかびくびくしてたら、毎日楽しくないでしょう。もったいないでしょうって」

 さすが、さすがというか何というか、母は強い。女は強い。勝てる気など、最初からない。

 「今、楽しんで下さい、ヤナさん。向日葵さんがいついなくなってしまっても後悔しないくらいに。まあ、1000回デートしても、彼女がいなくなったら、ああもっと優しくしたらよかった、あそこにも行けばよかったと後悔するかもしれませんが、何もしないよりは、ずっといいと思います」

 「…そっか」


 昔。そいつは、その同級生は、何日もしないうちに、不眠症を克服した。開き直ったのだ。楽しまなければ、損だと。俺はそいつの名前はもちろん、顔さえ曖昧なくせに、そいつの悩みと解決法だけは覚えていた。覚えていた、はずなのに。


 「…何か、あった?」

 「え?」

 「いや、君にしては、よくしゃべるから」

 見た目年下の女の子から諭され、ちょっと悔しかったのか、知ったかぶりをしたかった。そんなくだらない見栄は、思いも寄らない状況を生み出した。

 「…うっ…うえええええええええ!!!!」

 「だああああああ泣いた!すいません!すいません!!」



 菖蒲ちゃんは盛大に鼻をかみ、落ち着いたようにため息をつくと、深々と頭を下げた。全く泣き止む様子のない彼女をあのまま公衆の目に晒し続けるわけにもいかず、俺はとりあえず部屋に連れて帰った。向日葵に二、三発殴られることを覚悟の上だったが、意外にもというかなんというか、向日葵は怒らなかった。ちょっとむすっとしているが、菖蒲ちゃんにタオルを持ってきてやったり、水を出してやったりしている。

 「す、すいません…すいません、すいませんすいません」

 「それはいい。何があったか言え。言わないと、帰せないぞ」

 彼女はちょっと迷ったようではあったが、覚悟して、泣きはらした目をしっかりと開いて、こちらを見た。

 「…お嬢さんが…戻ってきたんです」

 「…え…あの、盗んだバイクで塾の先生と逃避行した?」

 「そうです…旦那さんが浮気したらしくて…お子さん連れて戻ってきちゃって…」

 波瀾万丈すぎるだろう、誰から同情したらいいのか見当もつかん。タオルがびしょ濡れになってしまっている為、俺が新しいタオルを差し出すと、彼女は会釈しながら受け取り、また顔を拭いた。

 「お父さんとお母さん…最初はずっと怒ってて…怒ってて…でも、お子さん泣いちゃって…それで…気がついたら、お子さんも、お嬢さんも、いっぱいお父さんとお母さんに甘えてて…それで…」

 「出ていけって言われたのか?」

 「お前っ」

 言葉を選べよ、向日葵を睨み付けかけた俺を、菖蒲ちゃんが首を横に振って止めた。

 「そんなこと言われてないです…むしろ、優しくて…お嬢さんも、私に洋服とか買ってくれて…気にせずいてもいいのよって言われました…けど…やっぱり私は偽物なんだなって思っちゃって…だって、あんなに、あんなに、楽しそうな、お父さん、お母さん、見たこと…」

 愛情の量は量れない。見た目で計測はできない。少なくても俺には、彼女は十分すぎるほどご両親に愛されているように見えた。それでも、彼女にはそう思えなかったのだろう。そう思わざるを、えなかったんだろう。

 「よし、じゃあここの子になれ」

 「え?」

 「はぁ!?お前、勝手に」

 「仲良く、するから。な」

 な、じゃねぇよ。お姉ちゃん気取りかお前は。菖蒲ちゃんをぎゅうぎゅう抱きしめる向日葵の目が恐くて、俺は情けなくも、うなずく以外の選択肢はなかった。



 まあこれから先のことは保留して、もう遅いし、とりあえず一泊させることにした。さすがに俺たちと雑魚寝させるわけにはいかず、某猫型ロボットのように押し入れの中に寝てもらうことにした。小柄で助かった。彼女は着替えなど当然持っておらず、かと言って美貴さんを頼ったら何言われるか分かったものではない為、とりあえず俺のスエットを着させた。当然、洗濯済みだ。よりによって、『彼氏のぶかぶかシャツを着た彼女』という夢の産物が出来上がってしまった。

 「…ヤナさんの匂いがします」

 おまけにこんな可愛いことを言ってくれるものだから、俺は彼女の為に自分の為にも、さっさと寝てしまうことにした。そういえば向日葵がいないかと思えば、押し入れに歩み寄っていた。

 「これ、耳栓だ。朝までしっかりしてろ。いいか、朝まで絶対に開けるんじゃないぞ。ヤナの夜は意外と」

 「何もしねぇよ!菖蒲ちゃんも律儀にしなくていいから!」

 「…で、でも…なら男性の一人の夜は、尚更耳にするわけなら…」

 「ああああもうだりい面倒くせぇな女子は!なんっもしねぇから!頼むから寝て下さい!!」


 

 ようやく静かになった、ほっとした俺もようやく寝れそうになると、心臓が止まるかと思った。今日は随分寝相がいいと思ったら、向日葵は起きていた。起きて、俺のすぐ近くで俺を見ていた。

 「…なんだよ」

 菖蒲ちゃんが起きないように小声で話す。いつものように浮気かと怒鳴るとか、殴ってくれば対応は慣れているのに、こんな泣きそうな顔をされると、どうしていいか分からない。

 「ヤナは、本当に誰にでも優しいなって思って」

 「ああ、そうだ、俺は優しいんだよ。だから別に、特別扱いしてるわけじゃないから…その…」

 いちいち嫉妬するな、とはさすがに恥ずかしくて言えない。俺の一番はお前だから、なんて、例え思っていても言えない。実際問題今自分の脳内を占めているのはほぼこの向日葵なのだが、今この言葉を言ったら、死ぬほど嘘くさいことくらいは分かる。

 「じゃあ、キスしろ」

 「何がどうなってじゃあなのか知らんが、駄目だ」

 この状況でそんなことしたら、確実にその先を行く。

 「じゃあデートは?」

 「…そうだな。菖蒲ちゃんに元気になってもらうプランなら、付き合うぞ」

 「…」

 どん!!

 「ぐは!?」

 


 照れ隠しに最悪なことを言った俺も悪いが、みぞおちに頭突きはないだろう。あいつは俺を本当に好いているのか、殺す気だったぞ。

 「む…むはあああああああああ!!!!」

 やっぱり人選ミスだったかもしれない、女子が増えた方がいいだろうと思って呼んだのは樫田だった。樫田は俺の部屋に来るなり向日葵と菖蒲ちゃんを見て大興奮を始めた。見間違いでなければ口からヨダレが出ている。

 「かかかか可愛い!めっさ可愛い!美少女+美少女!最強!最強!!抱いちゃっていいですか!?」

 「いいわけねぇだろ!つうかまずそのヨダレをどうにかしろ!」

 「おっとっと」

 樫田は男前に自分の口元を袖口でぬぐうと、すごい笑顔で二人を見下ろした。どうでもいいが、なんでこいつはこんなに荷物が多いんだ。とても友達の家に訪ねてくる荷物量ではない。まさか泊まるつもりだったとしても、この荷物量はおかしすぎる。嫌な予感が止まらない。

 「さーて可愛い子ちゃんたち…何着てみましょうか!」

 「おおおお!?」

 「ややややヤナさぁん!!」

 「すいません樫田様、穏便に!穏便に!!」

 「むはははははよいではないか、よいではないか!!」

 いかん完全に法に触れまくっている、俺が止めようとするが、どんどん脱がされていく彼女たちからとんでもないものが見えてしまった。言い訳にさえならないだろうが、見るつもりなかったのだ。目が合った菖蒲ちゃんが胸元を押さえ、真っ赤な顔で叫んでしまい、俺は慌てて部屋から逃げ出した。

 「…ああもう…っ」

 言葉を一つだけ言わせてもらうならば、ここは、俺の部屋だ。



 俺が部屋の前で座り込み、空を見上げながら呆けていると、部屋の中からノックが聞こえた。ようやく入っていいらしい。自室とは思えないこそこそさで俺がそっと部屋に入ると、熱が上がったことが自分で分かった。

 「はぁい、あやちゃんです!どう!?萌え!?萌え!!?」

 「…っ、は、恥ずかしいです…っ」

 最初に言っておこう。俺はロリコンではない。絶対にロリコンではない。間違えてもロリコンではない。大事なことだから三回言った。しかし俺は今正にそうなっていてもおかしくはなさそうだった。

 「…いっ…いや、変、じゃない…うん…」

 「本当、ですか?」

 ああもうそんなに可愛く笑わないでくれ、この年にして変態オヤジの気分だ。こういう服は全くどこで手に入れてくるのか、どう見ても女子中学生の服に、子どもっぽいピンで髪を留めていた。小柄だからだろうか、幼さが際立ち、なんというか、ああもう、いけない気分になってくる。

 「こらぁ、ヤナ!でれっとすんなぁ!」

 真打ち登場、今度はまさかスクール水着か、俺がはいはいと振り返る。申し訳ないがこいつのコスプレには慣れているんだ、どんな格好されたって-…

 「どうだ!お注射しちゃうぞっ!」


 「…っ、樫田ぁああああああ!!!!」

 「はははは、ヤナ君鼻血鼻血」

 「出てねぇよ!別のもんが出るかと思ったわ!」


 口から鼻血を吐き出すかと思った、目の前の向日葵は、ナース服を着ていた。しかも思い切りミニスカートの。どうして俺にナース属性があると樫田が知っているんだ、知っていなくてたまたまだとしたら余計ショックだ。自分の性癖はありふれていると鼻で笑われてる気分だ。

 

 ふと携帯のバイブ音が聞こえ、皆が顔を上げると、それは菖蒲ちゃんのものだったようだ。彼女は画面をみつめ多少戸惑っていた。電話の相手が誰かなんて、すぐに分かった。

 「出たら?」

 「…っ…はい、もしもし…っ…おかっ…お母さん…っ」


 結局。俺も、女の子同士も、母親には敵わなかった。幸せなオチだ。何度もお礼を言うお母さんを見送り、俺は部屋へと戻った。また着替え中だと困る為、俺が自分の部屋なのにノックをすると、いいぞ、と向日葵から返事があった。

 「菖蒲ちゃん、帰ったか?」

 「ああ、お母さんと帰ったよ」

 「ふーん」

 ちょっとぶすくれてはいるが、向日葵は寂しそうに見えた。俺が思わず頬をつついてやると、向日葵は真っ赤な顔をして、俺に襲いかかってきた。

 「ヤナの浮気ものぉぉぉ!!」

 「はぁ!?泊めるのを言い出したのはお前だろうが!」

 「だ、だって…だって…ヤナ、元気になっただろう!最近ずっと変だったのに!私、何もしてない!何もしてない!!」

 「…っ、そんなこと、ねぇよ」


 側にいてくれるだけでいいなんて台詞、例え、億積まれても言える気はしない。


 ふとすごい数のフラッシュに俺が顔を上げると、樫田がこれでもかと写真を撮っていた。向日葵は重いし、もうなんというか、怒る気もしない。

 「何してんだ、お前」

 「いやぁ、いいねえ、萌えるねぇ。ナースが大学生を襲うかぁ…よし、冬はいただきだな」

 どの冬をもらうつもりかしらんが、いつまでも撮られているのは困る。俺が向日葵をどかそうとしていると、あれ、と今更なことに気づいた。樫田も着替えていた。眼鏡を外し、女子高生の格好なんてしてるから、誰か分からないくらいだった。

 「ヤナ君、写真撮ってくれたまえよ。ナースと女子高生。ぶいぶい!」

 「ぶいぶい!可愛いか、ヤナ!?」

 「はいはい、二人とも可愛いよ」


 ぶんっ!


 「いった!何すんだ向日葵…っ」

 じゃ、なかった。


 「………馬鹿。」

 真っ赤な顔して俺にカメラの機材を何か投げつけたのは、樫田だった。


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