ドグラマグラ(西住編)
【起】 変化
その日も、いつも通りだった。
仕事から帰宅した私は、コンビニで買った半額弁当を机に置き、パソコンの電源を入れた。
部屋にはエアコンの低い駆動音だけが響いている。
私は習慣的に、小説投稿サイトの管理画面を開いた。
——PV:7。
「……まあ、そんなもんか」
思わず苦笑する。
一作品目。
戦国時代を舞台にした、女当主と影武者の話。
個人的には嫌いではなかった。
いや、むしろかなり気に入っていた。
奥州探題になっても働かない“ニート大名”。
過労死寸前の家臣。
酒を飲みたいだけなのに、結果的に上杉と北条を和睦させてしまう女当主。
今思えば、どう考えても万人受けする内容ではない。
そもそも『ニート大名』とは何だ。
私は一人で笑いながら、画面を閉じた。
まあいい。
好きに書けた。
それで十分だった。
そして私は次回作へ移った。
南北戦争。
正直、詳しくは知らない。
だからこそ、「その時代を生きる人間」を中心に書こうと思った。
戦争そのものではなく、
その中で疲れ、
迷い、
怒り、
そして時に笑う『人間』を書こうと。
だが、その前に。
試しに、もう一つだけ作品を投稿してみた。
歴史に翻弄された人物の話。
歴史の中で、
“悪人”として語られてきた人物の話だった。
だが本当に、
その人物は悪人だったのか。
私は、少しだけ気になった。。
タイトルだけは、少しだけ考えた。
入口を分かりやすく。
中身は、自分のままで。
投稿ボタンを押したあと、私はそのまま眠った。
——翌日。
世界は、少しだけ壊れていた。
【承】世界のバグ
翌朝。
私はスマートフォンの振動で目を覚ました。
時刻は午前七時十二分。
画面を見る。
小説投稿サイトからの通知だった。
『ブックマーク登録されました』
「…………は?」
寝起きの頭では、意味が理解できなかった。
私はしばらく天井を見つめたあと、ゆっくりと身体を起こした。
通知はまだ残っている。
『ブックマーク登録されました』
いや待て。
誰が?
何を?
私の作品を?
私は反射的に管理画面を開いた。
——PV:26。
「……増えてる」
私は思わず呟いた。
二十六。
昨日まで『7』だった世界が、
一晩で『26』になっている。
いや、大した数字ではない。
人気作なら数分で通り過ぎる程度の数字だろう。
だが問題はそこではなかった。
昨日まで、
本当に誰にも読まれていなかったのだ。
それが今、
何故か読まれている。
私は無言で画面を更新した。
26。
更新。
26。
更新。
26。
「……バグか?」
気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。
いや、違う。
落ち着け。
これはただの新着効果だ。
たまたま誰かの目に入っただけ。
そう。
きっとそれだけだ。
私は自分に言い聞かせながら、スマートフォンを机へ置いた。
だが数分後。
再び通知音が鳴った。
『ランキングが上昇しました』
「…………」
私は固まった。
意味が分からない。
ランキング?
何の?
私は恐る恐る通知を開いた。
そこには、見慣れない順位と、
自分の作品タイトルが表示されていた。
しばらく、理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
私は急に怖くなった。
嬉しくない訳ではない。
むしろ嬉しい。
だがそれ以上に、
現実感がなかった。
何かがおかしい。
自分の知っている世界法則から、
少しだけズレている。
私は震える手でパソコンを開いた。
確認しなければならない。
これは夢か。
それとも、現実か。
ログイン。
管理画面。
更新。
——PV:34。
「また増えてる……」
私は椅子から立ち上がった。
いや待て。
何故増える。
平日の昼だぞ。
皆そんなに暇なのか。
いや違う。
問題はそこではない。
昨日まで、
誰にも読まれなかった作品だ。
それが今、
何故か『読まれている』。
私は急に、背筋が寒くなった。
——世界が狂ったのか?
それとも。
——自分が、狂ったのか?
【転】生存戦略
その日の私は、完全におかしくなっていた。
いや、違う。
世界の方がおかしくなっていた。
そう考えた方が自然だった。
PVは増え続けていた。
ブックマークも増えていた。
ランキングも上がっていた。
何度確認しても、
数字は消えない。
むしろ更新するたびに、
少しずつ増えていく。
「……あり得ない」
私は椅子へ深く座り込み、頭を抱えた。
こんなこと、
自分の人生で起きる訳がなかった。
そもそも私は、
歴史好きの一般人である。
ニート大名を書いて、
家臣を過労死させ、
酒を飲みたいだけなのに和平を成立させる女当主を書いていた人間だ。
そんな作者の作品が、
何故ランキングへ入る。
意味が分からない。
いや。
待て。
ここで私は、一つの“可能性”へ辿り着いた。
「……異世界転生だ」
私は立ち上がった。
そうだ。
そう考えれば辻褄が合う。
急激な幸福。
急激な環境変化。
今まで起きなかった事象。
これは、前兆だ。
なろう系主人公によくある、
『人生が急に上手くいき始めるイベント』。
つまり次に来るのは——。
「トラックか……?
それとも女神でも現れるのか?
もしかしたらモニター画面に
何かメッセージでも出てくるんじゃないか?」
私は真顔で呟いた。
冷静に考えれば意味不明である。
だが、
今の自分は冷静ではなかった。
私はすぐにカーテンを閉めた。
外へ出てはいけない。
コンビニも危険だ。
横断歩道など論外。
私はスマートフォンを開き、
ウーバーの画面を表示した。
「今日の食料は……これでいい」
もう外へは出ない。
そして
スマートフォンはもう見ない
それが今、
最も合理的な生存戦略だった。
注文を終えたあと、
私は再びパソコン画面を見た。
——ランキング:38位。
「……上がってる」
私は思わず後退した。
いや待て。
何故だ。
何故そんなに読まれる。
私は急に、
この部屋そのものが怖くなった。
静かなワンルーム。
エアコンの駆動音。
パソコンの光。
更新され続ける数字。
まるで、
現実そのものが少しずつ侵食されているようだった。
その時だった。
窓の外から、
低いエンジン音が聞こえた。
ブロロロロロ……。
私は凍りついた。
ゆっくりとカーテンの隙間を見る。
そこには——。
大型トラックが停車していた。
「……………………」
私は静かにパソコンを閉じた。
今日はもう、
何も見ない方がいい気がした。
【結】現実
結局、その日。
私は一歩も外へ出なかった。
ウーバーで届いた弁当を食べ、
カーテンを閉め、
時折聞こえる大型車両の音に怯えながら、
ただひたすら管理画面を更新していた。
数字は、少しずつ増えていった。
PV。
ブックマーク。
ランキング。
更新するたびに、
現実が少しずつ書き換わっていくようだった。
私は途中から、
何を信じればいいのか分からなくなっていた。
今までの現実か。
それとも、
今、目の前で起きている現実か。
そして夜。
私は静かな部屋で、一人パソコンを見つめていた。
画面には、
次回作の執筆データが表示されている。
『南北戦争』
まだ未完成。
プロットも途中。
歴史知識だって十分じゃない。
それでも私は、
何故かその画面を閉じる気になれなかった。
不思議だった。
昨日まで、
誰にも読まれていないと思っていた。
いや、
本当は違うのかもしれない。
届いていなかったのではなく、
ただ、
届く場所が見つかっていなかっただけなのかもしれない。
「……まあ」
私は小さく息を吐いた。
「異世界転生してないなら…続きを書くか」
その瞬間。
ピンポーン。
部屋のインターホンが鳴った。
私は固まった。
ゆっくりと玄関を見る。
静かな部屋。
エアコンの駆動音。
そして、
もう一度鳴るインターホン。
ピンポーン。
私は恐る恐る覗き穴を見た。
「……あ」
そこに立っていたのは、
昼間頼んでいたウーバーの配達員だった。
私はその場へ座り込んだ。
心臓に悪い。
本当に。
だがその時、
窓の外から大型トラックの走行音が聞こえた。
ブロロロロロ……。
「……………………」
私は静かにカーテンを閉めた。
——その夜、作者(西住)は生存を確認。
なお現在も、
大型車両には警戒中である。
なお、
今後更新が突然止まった場合、(事前報告がない場合)
作者は異世界転生した可能性があります。
これは真実の話です
次回作の話も本当の話です
南北戦争の話がエタっていた時は
つまりそう言うことです




