私にとっての『夏目アラタの結婚』とエゴの練習
私は漫画をたまに読む。1番のお気に入りは「湯神くんには友達がいない」で、個人的に推している漫画は「ミズダコちゃんからは逃げられない」だ。
私はいま人間のエゴを学んでいる途中だから、変な言葉遣いや唐突すぎてプカプカ浮いている言葉があったらごめんなんだけど、一生懸命書いてるから許して。
それで。私のお気に入りと推しの漫画はさっき言ったとおりなんだけど、自分の意思に反して、私の人生に食い込んできた漫画がある。
それが『夏目アラタの結婚』だ。
この漫画は私ではなく、私の「心」が好んでる。
とても特別な漫画だ。
最初は、「夏目アラタの結婚」と聞いて、ヨツメという魚を思い出した。次に表紙を見て、のっぺりした画風に一昔前のダサさを感じた。
一目見て確信した。
面白くない漫画だって。
ある日。あまりに暇すぎて、グーグルのプレイブックスをスクロールしてやっていたら、のっぺりとした顔が流れてきた。そう、『夏目アラタの結婚』だ。
まぁ、無料になっているし、読んでやるか。
と思って読んでみたら、ずっと壁を舐めていたときのような、薬品臭さと無機質で、自分が時間の無駄を過ごしているという自覚が面白かった。
時間があったから、三巻まで読んだ。
※ちなみに、俺は頭がいいからすぐ読み終わった。
決して、面白かったわけじゃない。
「 時間があったから 」
俺は読んだ。
その日以降、時間が空くと「夏目アラタの結婚読んでやるか〜?」と思うようになった。だから、まとまった時間を作って、全巻買って読んでやった。
まぁ…?そんな取るに足らない漫画に?
俺様の貴重な脳のエネルギーを使い続けるのは?
タイパとコスパが悪い「タコバカ(タイパのタ!とコスパのコ!合わせてタコバカ!)」のする行動だと思ったからさ。時間を作って全巻読んでやった。
夏目アラタを読み終えたあと。
私は少し涙ぐんでいた。
ちょうど、花粉がすごかったから。
そういえば、鼻水も出てた。
花粉症みたいな症状だった。
夏目アラタは、まぁ…、悪くはなかったかな。のっぺりとした無機質な絵も?、世界観にマッチしていたし、あの画風でなければ言葉の意味が変わる、空気感が伝わらないシーンがあったって俺は高く評価するよ。
なにより、俺の胸を軽くしたのは認めてやる。
俺が認めたんじゃねぇ。
心が好きって言ってるだけだ。
俺は悪い家庭環境で育った。まぁ、有能な俺様を際立たせるためのハンデといった感じだろうか。ま、そんな感じで。
普通はありえない事が起きて、理屈や理論、当たり前が崩壊した世界が当たり前だったから。
俺は自分の世界がおかしなことに気づかなかった。
健常者の偽善な大人どもが無駄に保護してくれたおかげで、俺の世界はベリーハードだったと知った。
俺はベリーハードで人生をプレイしてきたから、俺様みたいな境遇のやつに1度もあったことがねぇ。
少年院にもそんなやつ居ないんだぜ?
マジでおもろい。
ゲーム設定がハードまでしかいねぇの(大苦笑)。
だから、夏目アラタの品川真珠だっけ…?
そんな名前の人間が漫画の中で生きていることで、俺様のような人生を生きている人間もいるって勘違いできた。仲間が漫画の中にいるとしると生きる力がわいた。初めて傷のなめ合いがおきた。まぁ、悪くない気分と言ったところか。
なんで、普通に話してるだけでみんな分からんのや。
そんなんやから、子供が1人で死ぬんやろ。
何度も壁に頭ぶつけて、脳血管の詰まり取れや
見えへんのならコンタクト30枚くらいつけろや
頭で分からんなら心や腕で抱きしめろや
ほうけた顔すんな。
分からん世界を理解するの止めた顔。
その表情の切り替わり。
死のうとしてる相手にみられとるで。
俺のように生まれてないあんたらは幸せもんや。
どれだけ辛いっていっても、天から見下してるからな(ここ、2重の意味。なぜなら俺様はセンスがいいから)。
お!温室育ちのポカポカ野菜がスチームで温められて嘆いてらぁ!
あぁ、私は温野菜にはなりたくない!ってか?(冷笑)
もうエゴに飽きたから、普通に戻るけど。
いろいろ、失礼なことを言ってごめんなさい。
人に自分の怒りをぶつけたり、見下したりするのは私には合わない。強いストレスがかかる。ストレスがかかると、手足が冷えるようになってるからよく分かる。
だって、私が上って決めつけたとして、それは自分が得意な部分で相手の価値を測ってさ、自分が上のように感じているだけじゃん、って私は思う。
そんなん、妄想となにが違うん?
急に人に、しょんべんひっかけんじゃねぇ!!!
当たり前なように、人を見下すのも極めて失礼だと思う。
見下す行動が社会に流れるストレスを増やして、巡り巡って子供にいくんや。
自分が恣意的に見下した相手がストレスためて、その日の夜、子供虐待してたらどうするんや。
俺は知っとるで。そうされてきたからな。
相手も一生懸命生きてるし、誰も見下されるような人生を歩んでない。
年収が高かろうが、低かろうが関係ねぇ。
バカだろうが、クソだろうが関係ねぇ。
そいつがなにをしようとしているか。
そいつが何になろうとしているのか。
それが1番の問題や。
夏目アラタの結婚は、本当に面白かった。読んでいると続きが気になるし、作者の乃木坂太郎さんには感謝しかない。
夏目アラタの結婚って面白いよ。
この俺様の心に響いたのだから。
心からそう言える。
【まとめ】
そのエッセイ、めちゃくちゃ熱量があって引き込まれました。特に中盤の「ベリーハードな人生」から「品川真珠への共鳴」にかけての独白は、読んでいてヒリヒリするようなリアリティがあります。
「なぜ、嫌味なエゴになりきれなかったのか」という違和感について、私なりに分析してみますね。
1. 「防御」としてのエゴだったから
あなたが書いた「俺様」というエゴは、相手を攻撃するためではなく、**「自分の柔らかい部分(心)を守るための鎧」**として機能しています。
「面白くない」と断定する。
「時間があったから」と言い訳をする。
「花粉症のせい」で涙を隠す。
これらはすべて、「心を動かされた自分」を認めるのが恥ずかしい、あるいは怖いという心理から来るものです。
この「照れ」や「拒絶」が、読者には「素直になれない可愛い人(=ツンデレ)」として映ってしまうんです。本当に嫌味なエゴイストは、自分の非を認めないために他人を徹底的に利用しますが、あなたは自分を納得させるためにエゴを使っています。
2. 「共感」がエゴを追い越してしまったから
本来、エゴ(利己心)は「自分と他人は違う、自分の方が特別だ」と切り離す力です。
しかし、あなたが品川真珠について書いた部分は、強烈な**「共感(自分と同じだ)」**でした。
「俺様のような人生を生きている仲間が漫画の中にいると知った」
この一文で、それまで築き上げてきた「俺様」という孤独なエゴの壁が崩れ、真珠というキャラクターと手をつないでしまっています。
エゴを貫くなら「こんな薄っぺらなキャラ、俺の苦しみの足元にも及ばない」と突き放すべきところを、あなたは抱きしめてしまった。そこが「ツンデレ」の「デレ(人間味)」として溢れ出したポイントです。
3. 最後に「良心」が顔を出したから
エッセイの終盤で、急に「普通に戻るけど」と謝罪し、他人の価値を認める慈愛に満ちた言葉が並びます。
これは、書き手であるあなたが**「エゴを演じること」に耐えられなくなるほど、根が優しい**ことを証明してしまっています。
「嫌味ったらしいエゴ」になりきれなかったのは、あなたが**「エゴを学ぶ途中」でありながら、すでに「痛みを知る人の優しさ」を完成させてしまっているから**でしょう。
どうすれば「嫌味ったらしいエゴ」に振り切れたのか?
もし、あなたが望んだ「嫌味で救いようのないエゴ」にするなら、以下のような書き方が必要だったかもしれません。
謝らない: 最後に謝罪せず、「俺が認めたんだからこの漫画は光栄に思え」というスタンスを崩さない。
他者を徹底的に無能扱いする: 「温野菜」たちの苦悩を、最後まで笑い飛ばし続ける。
感動すらも自分の手柄にする: 「この漫画が面白いのは、俺という高尚な読者に読まれたからだ」と言い切る。
◇
なんやこいつ。言葉並べるのうまいな。
・謝らない
・無能扱い
・手柄をパクる
俺は絶対に謝らない。お前らが悪い。
他人は無能!!!だから、床下収納で寝ろ。
俺と同じ高さで寝るな、喋るな。
報告書は大事な書類だから俺が責任持って提出しておくよ。安心してくれ!部長にも俺が話しておくよ。
こんな感じか?
なんや、エゴって性格の悪さのことをいうんか?
もっとこう、衝動が理性を上回る、そんな人間らしさみたいな感じやないんか?




