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デカルコマニー・ラヴァーズ  作者: 金剛ハヤト
ネクスト・ワールド
3/19

第3話 世界とは

 水永に連れられて来たのは学校のすぐ近くにあるファミレスだった。夕方のピーク帯とはいえ、平日なので空席を待つ時間は無かった。案内された窓側の座席に対面で向き合う形で座ると、さっさと注文を済ませた水永はおもむろに語り始める。


「世界とは一つの巨大な本であり、物語です。故に我々の人生は物語によって定められたシナリオに過ぎない」

「はぁ」

「なぜなら物語とはテクストの集合体。であれば、物語によって定められた我々の人生もまたテクストの集合体と言えるでしょう。膨大な数のテクストが複雑怪奇に絡み合い、文字となり文章となり、そして物語を形成する。そんな構造を持つ世界の内側にいる我々は、世界の中で起こるあらゆる物事に対してあらゆる解釈を行うことができる。ですが物語の内側にいる我々の解釈が物語の枠組みを超越することはなく、故に我々は物語の進行に逆らえない。それがこの世界に対する私の解釈です」


 相変わらず水永の話は小難しい。言わんとすることは分かるが、それをわざわざこの場所、このタイミングで話す意味が俺には理解できなかった。


「俺たちの人生は質の悪い作者によって予め設定されたものでしかないと?」

「そういうことになりますね」


 水永は運ばれてきたメロンソーダに口を付けた。


「不愉快な話だな」


 俺たちの人生は見世物じゃない。そんな俺の感情も思考も、水永の理論では物語によって設定されたオブジェクトに過ぎないということになる。俺にはそれが気に食わなかった。


「で、そんなことを突然言い出したことにはどんな意味があるんだ?」

「先ほど学校で貴方が体験した不思議な出来事を覚えていますか? 私が持つこの力は今の解釈に通ずるところがあります」


 水永は手に持っていた()()()をテーブルの上に置いた。


「……目を離した隙にメロンソーダがコーラに変わったのもお前の仕業か?」

「ふふ、目の前でやられたら流石に気づきますよね」


 水永は悪戯っぽく笑ってみせた。今度はコーラがミートスパゲッティになっていた。


「マジでやりたい放題だな。どうなってるんだよソレ」

「私が注文していたのはメロンソーダかもしれないしコーラかもしれない。注文するときにお腹が空いていたらスパゲッティを注文する可能性だってある。そうでしょう?」

「……たらればを現実にしてるのか」


 水永は満足したように頷く。今水永がやってみせたのは、IFの現実化だと思う。実際には選択されなかったが、何かが違えばあり得たかもしれない選択の結果を水永は自由に持ってくることが出来るのだろう。逆に水永の解釈に存在しない、言い換えれば、いかなる場合でも有り得ない選択の結果はそもそも存在しないから持ってくることが出来ない、ということになる。


 とはいえあくまで憶測だ。水永の解釈が能力のキーになっているのは確かだが、学校でやってみせた思考干渉を考慮すればもっと色々できるはずだ。もしかしたら解釈云々などは全て方便であり、単純な"現実改変"の可能性もある。とりあえず今のところは"多世界解釈"と、仮称を付けておくとしよう。


「要するに、私がこのスパゲッティを完食しても体重は増えないという解釈もできるわけです!」

「とりあえずその力の使い方は確実に何かを間違えてると思う」


 その理論だと体重が増える解釈もできるだろ。いや、解釈次第だから自分で好きに選べるのか? 無茶苦茶だな。


「それにしても人生というのは何が起こるか分からないものですね。1年前の私がこの光景を見たら、きっと目を丸くしていたでしょうね」

「お前がそれを言うのか」

「確かに、三葉君はそう感じるかもしれませんね」


 水永の奇妙な言い回しに違和感を覚える。奇妙なのは常のことだが、どこか含みのある言い方だった。


「本来であれば私たちは出会うはずがありませんでした。しかし1年前のあの日、この世界に異常(バグ)が発生したのです」

「……台上交差点トラック暴走事故か?」

「その通りです」


 味に飽きたのか、水永はミートスパゲッティをカルボナーラに変えていた。見た限りだと既に食べ進めた分は元に戻らないらしい。何度見ても不思議な力だが、監視カメラにはどのように映っているのだろうか?


「あの事故が無ければ私たちが出会うことはありませんでした。貴方の兄と私の弟が死ぬこともありませんでした。そして私が、この不思議な力に目覚めることもありませんでした」

「その割には、随分使い慣れてるみたいだが?」

「私がこういう人間だからでしょうね。世界を物語と捉える考え方は自前ですから」

「つまり元から変人だったわけだ」

「酷い言われようですね」


 水永はヨヨヨと泣く振りをする。


「大体お前、そんな便利な能力があるなら事故を無かったことに出来るんじゃないのか」

「出来ないからやってないんですよ。聞かなくても分かるでしょう?」 


 水永の声から余裕が初めて消えた。食い気味な否定は針のような鋭さを帯びていた。


「……失礼しました」


 一転して水永は申し訳なさそうに頭を下げた。


「この力は便利ですが万能ではありません」


 水永は息を吐く。

 

「私が干渉できるのは私が関与していることだけなんです。私が関与していない物事については手の出しようがありません。1年前の事故も同様、私は……あの日の交差点に、いませんでしたから」

 

 言い淀む姿には水永の深い後悔が滲みだしているように見えた。俺と同じで、彼女もまた家族を失った人間だ。今までの取り繕った余裕は演技なのだろう。強がっているだけで、悲しみを乗り越えたわけではない。


「あの日交差点にいたのが弟ではなく私だったら、どれほどよかったことでしょうか」


 初めて、水永に共感できた。


「……そうだな。代わりに俺が死ねばよかったって、俺も思ってる」

 

 それからしばらくの間、俺たちは互いに何も口にしなかった。まだ半分ほど残っていたカルボナーラはすっかり冷めてしまい、石化したように固まったソースが皿の中で動けなくなっていた。


「思えば、最初から決まっていたことなのかもしれませんね。我々は物語には逆らえない。あの日の事故が物語によって定められたシナリオであるなら、逆らおうとすること自体が間違いなのかもしれません」

「兄貴が死んだのはただの舞台装置マクガフィンだったとでも言いたいのか? お前の弟が死んだのはただの予定調和だったとでも?」


 水永は何も言わずに顔を伏せる。


「ンなクソみたいなシナリオ俺は認めねぇぞ。認めねぇ、認めてたまるか。人は死ぬために生まれてきたんじゃないんだぞ」


 気に食わないし、腹が立つ。兄貴が死ぬことが物語によって定められていたなんて、そんな解釈は認めない。そうあれかしと世界が言おうと、俺はそれを拒絶する。人が何のために生まれてきたかなんて俺には分からないけど、少なくともそんなことのために生まれてきたわけじゃないってことは断言できる。


「仮に人生が世界によって定められたシナリオだっていうなら、俺はこの世界を否定する。ぶっ壊して、何が何でも書き換えてやるさ」

「私より無茶苦茶なことを言いますね」

「褒め言葉として解釈する」


 すると水永はあっけにとられたような顔をした。目を丸くして俺の顔を見ている。しかし次の瞬間に見せた微笑みはどこか嬉しそうに見えた。


「明日もまた会えますか? 貴方のことをもっと知りたくなりました」

「会うのは別にいいけど、せめて学年末考査が終わってからにしてくれないか?」


 水永の提案に俺は妥協案で返す。本当は断りたいが、そもそも俺に選択肢などあってないようなものだ。断ったとしても水永の気分次第で俺の選択は水永にとって都合がいいものに捻じ曲げられる。それなら妥協案を出して相手を納得させた方が俺にとっては都合がいい。そもそもの前提条件が俺にとって都合が悪いことに目を瞑ればの話だが。


「貴方と私の頭脳は非凡の領域にあります。試験勉強に時間をかける必要性はないと思いますが」

「点数の問題じゃない。勉強してないと考え事をする時間が出来るから嫌なんだ。お前なら分かるだろ?」

「……なるほど、そういうことでしたか。では、学年末考査の後にまたお時間を頂きます」

 

 頷いて、飲みかけの冷めたコーヒーを水永は飲み干した。水永があっさりと条件を呑んだことに俺は少し困惑していた。ファーストコンタクトの強引さからして自分本位な性格なのかと思っていたが、相手の心情を汲み取るだけの良識は持っているらしい。いや、どのみち強引なのは間違いないが。


 会計を済ませ、店を出る。請求された料金はコーヒー1杯分だけだった。


「貴方が支払う必要はなかったのに」

「気にすんな。お前に借りを作りたくないだけだから」

「ふふ……ありがとうございます」


 水永が俺に干渉出来る余地を与えたくない。ただその一心で俺は行動した。だと言うのに水永は無邪気に嬉しそうな笑みを浮かべる。見ていると俺が捻くれ者のように思えてきて、居心地が悪かった。


「それではまた明日」

 

 恭しく頭を下げてから、水永は去っていった。また明日という言葉に一瞬違和感を覚えるが、明日も学校があることを思い出して納得する。


 思い返せば、水永が力を使って俺に干渉してきたのは最初だけだった。それ以降はあくまで俺の意志を尊重してくれていたし、俺が思うような悪い人間ではないのだろう。特殊な能力を持っている。そして変人であることも間違いはない。しかし前提として彼女も俺と同じ家族を亡くしたひとりの子どもだ。強引な手段で俺に接触してきたのも、その悲しみを共有したかったからなのかもしれない。


 そう考えると自分の対応はひどく冷徹だった。本当に自分勝手だったのは俺の方だったかもしれない。肌を刺す北風の冷たさに体を震わせながら自らの自分勝手さを反省した。


 ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出して時刻を確認すると、丁度午後の6時だった。それからすぐに帰り道を遠回りして信号を渡る。大通りを抜けた先には大きな交差点があった。


 台上交差点だ。1年前のこの場所で事故が起きて、兄貴と水永の弟が死んだ。事故が起きてからこの場所に来たのは今日が初めてだ。周囲を少し確認してみると、歩行者用の信号機の足元に花束がひとつだけ置かれていた。


 多分、水永が置いて行った花束だろう。花束の中で存在感を放つ季節外れのヒマワリを見てそう思った。奇妙な偶然があるものだと思いながら、俺は持ってきていた1輪のヒマワリを花束の隣に添えた。バッグの中にしまっていたせいで、少しだけ萎れてしまっているのが残念だ。


 学校に行く前に買っておいてよかった。いつもなら学校終わりに花屋に寄って買うのだが、今日に限ってなぜか朝の方がいいと感じた。そして今日俺は水永と出会った。ただの偶然とは思えなかった。


 考え事をしている間に時刻は6時10分に到達していた。目を閉じて合掌すると、往来の喧騒が一気に遠くなったような感覚を覚える。


  ────我々は物語には逆らえない。


 最中、水永の言葉が頭を過った。人の人生は世界という物語によって定められたシナリオに過ぎない。彼女はそう言っていた。


 三葉太陽。そして、水永玲央。もしもふたりが死ぬために生まれてきたと言うならば、死んだ彼らはどこに行くのだろう。死んで輪廻の輪に戻って、またシナリオに殺されるために生まれてくるのだろうか。


 もしもそうだとするならば、俺たちが生きる意味なんて本当にあるのだろうか?

 

 不意にポケットから振動を感じた。沈んだ思考を打ち切り、ポケットの中にあるスマホを取り出すと、インストールした覚えのないトークアプリから通知が来ていた。


[連絡手段が無いのは不便ですので、勝手ながらこちらで用意させていただきました。これからよろしくお願いいたします]


 メッセージはいつの間にかフレンドに追加されていた水永からのものだった。ご丁寧にお気に入り登録までされている。


[気味の悪いことするんじゃねぇ]

[よろしく]


 それだけ返して、俺は水永をお気に入りから外した。

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