第17話 アウト・オブ・ワールド・Ⅴ
その人は月谷華と名を名乗った。ルナガーデンという花屋の娘で、三葉くんの友達である月谷誠の実の姉だった。社交辞令的に私も名を名乗ると、そのまま立ち話をする流れになっていた。
「なに飲む? 先輩が奢ったゲル」
「では、缶コーヒーをお願いします」
「渋いねー」
華さんは笑う。財布から500円硬貨を取り出して少し乱暴な手つきで投入口に入れると、缶コーヒーと十六茶を購入した。若者らしくないという意味で渋いのはそっちの方じゃないかと思いつつ、私はお礼を言ってから手渡された缶コーヒーを受け取った。
「ホントにビックリしたよ。まさかこんな場所で同類と出くわすなんて思わないじゃん」
自販機を挟んで向こう側、華さんは言ってからペットボトルのキャップを開けた。
「私もです。こんな形でもうひとりの仲間と出会うだなんて、思ってもみなかった」
「まぁアタシのは異能なのか微妙だけどね」
この町にもうひとり『異能力者』がいることは前々から知っていた。ソレが月谷誠の家で暮らしている誰かだということも。"神の視点"に映らないからこそ分かっていた。
「アタシらみたいなのって案外珍しくないのかな。アンタ以外の『異能力者』にも会ったことあるんだけどさ」
「相当珍しいはずですが……最近は遭遇する機会が妙に多いですね」
「私もそうだし、アンタも太陽もそうだし。ここまでくると逆にアマネくんが違うのが不思議だよね」
私は頷いた。実際、三葉くんの周りには『異能力者』が多すぎる。
太陽さんは勿論、"メッセンジャー"に私に、この中に華さんも含めると、彼は4人の『異能力者』と接点がある。私が知っている中で三葉くんと繋がりが無いのは玲央だけだろう。世間が狭いだけのか、それともそういう星の下に生まれてきたからなのか、私の目を以てしても分からない。
「三葉くんとはどこで知り合ったのですか?」
「太陽の件で1回会ったことがあるだけだよ。アイツとは仲良かったからね」
その言葉を受けて私は三葉くんが言っていたことを思い出した。
なるほど、この人が太陽さんの彼女だった人。『異能力者』同士、惹かれ合うものでもあったのだろうか?
「それでアンタは? 彼女なんでしょ? アマネくんのどこに惚れたの?」
「黙秘します」
「えーなんでさ。イイじゃん、別に減るもんじゃないんだから」
ノーと言っても、華さんはニヤニヤしながら追及してくる。
気に入らない。ぽっと出の癖に三葉くんのことを下の名前で呼ぶなんて。いや、太陽さんと区別するためにそう呼んでいるだけなのは分かっているが、何故か負けた気がする。
「まぁ言わなくても分かるよ、イイ男だからねアマネくんは。多分社会人になったらメッチャモテると思う」
「随分三葉くんのことを気に掛けているんですね。1回会っただけなのに」
辛抱ならず、つい気持ちが言葉に漏れてしまった。華さんも予想外だったみたいで私の言葉に一瞬目を丸くする。しかし華さんは私に腹を立てるようなことはせず、代わりに首を少し傾けると意味深な笑みを浮かべながら私を見た。
「嫉妬?」
ショットガンのような一言だった。言い返す言葉が見つからなかった私は、ソレがバレないよう無言で華さんを見つめ返す。
「もしかしてアタシに取られると思った?」
「勝手な推測は止めてください。不愉快です」
「ふーん。じゃ、アタシが取ってもイイんだ」
「不健全な人ですね。三葉くんが略奪愛になびくとでも?」
気に入らない、気に入らない、気に入らない。
さっきから気に障るような言葉ばかり。
「なんて、冗談。だからそんな顔しないでよ」
「怖い怖い」と、華さんは肩をすくめながら言った。その軽薄な態度が鼻につく。
「でもこれだけ聞かせて。アマネくんのことはスキ?」
「なんですか急に」
「好きなの? 好きじゃないの? どっち?」
最適も最善もそこにはなく、私に残されていた選択肢は沈黙だけだった。
「スッゴイ頑固だね。好きって言えない理由でもあるの?」
「勝手な推測はやめろと言いましたよ。根拠もなく適当なことを言わないでください」
「根拠はあるよ。アンタ、太陽と同じだもん」
華さんが言ったとき、目の前で自動車信号が黄色になった。ソレは私にとっては赤信号と変わりないものだった。
「話し方って言うのかな。ちょっと言葉にするのが難しいんだけど、秘密を隠してる人みたいな感じがする。追及の避け方も太陽ソックリ」
「他人の空似でしょう」
「太陽はちゃんと好きって言ってくれたよ。アンタはなんで言えないの?」
赤信号を無視して、華さんは言葉を続けた。
「重い病気にでもかかってたりするの?」
────天敵だ。私にとって、この人は。
理屈や技じゃない。それこそ異能染みた勘の良さ。隠しても隠しても、息をするように暴いてくる。
出会ってまだ1時間しか経っていないけど、私はもうこの人が嫌いになりそうだった。
「そう、と言ったら?」
「んー、あんまりこういうこと言いたくないんだケド」
そこで区切ってから、華さんは僅かにこう答えた。
「ソレってアンタの独りよがりでしょ」
「仰る意味が分かりませんね。何が言いたいのでしょうか?」
眉間にしわが寄ったのが自分でも分かった。その変化をしっかりと見ていたはずなのに、華さんは話を止めなかった。
「アンタが後悔する分にはイイよ? どうでもいいし。でもアマネくんを傷つけるようなことしたらアタシが許さないから」
元々睨んでいるように見えていた華さんの目が明確に、初めて私を睨みつけた。目は口程に物を言うとはこのことだ。怒気にあてられて表面化したのは、彼女の恐るべき殺傷能力。首元にナイフを突きつけられたような気分だった。
「……私はただ、三葉くんを悲しませたくないだけですよ」
「やっと本音っぽいのが出たね」
華さんは私の言葉に微笑んでから、
「でもさ、ホントにそれでイイの?」
すぐに深刻そうな顔をしてそう言った。
「好きなんでしょ? アマネくんのこと」
「……もう、決めたことですから」
「そうやって意地張ってたら、アンタ絶対に後悔するよ」
私は沈黙を選択した。今回はソレが最適解だった。
「辛いよ? 好きって言われても好きって言えないのは」
「アンタが意地張ってる間に他の子がアマネくんを好きになるかもしれない」
「本当にソレでイイの? 取られちゃってもイイの?」
私はひたすらに無言を貫いた。答えてしまったら、言葉が真実となって染みこんでしまうから。
「アンタ、ホントに頑固ね。雑草みたい」
「褒め言葉として受け取ります」
我慢比べの軍配は私に上がったようだった。華さんはため息を吐いて、残っていた十六茶を一気に飲み干した。
「このまま帰るのは負けを認めるみたいでムカつくなぁ。どうしよう?」
「いや知りませんよそんなの。知らない間に知らない戦いで負けたとか言われても反応に困ります」
「仕方ない、ここはひとつ予言でもしてみよっかな」
私は首を傾げる。華さんはその場で空になったペットボトルを持ち直すと、私に向かって、バットでホームラン予告でもするみたいに突きつけた。
「10月26日の誕生日、アンタの人生は大きく変わることになるよ」
「……なぜ貴方が私の誕生日を知っているんですか」
「答え合わせは誕生日までお預けだよ。まぁ、アンタはもう答えを知ってると思うけどね」
そう言って彼女はペットボトルを片手で圧縮する。音を立てて潰れていくその様子が、私には他人事ではないように感じられた。
「信じるか信じないかは任せるよ。ただ、これでもアンタを気遣ってアドバイスしたつもりだからさ。受け取ってくれたら嬉しいな」
長かった赤信号がようやく青になると、華さんは動き出した車たちと一緒に去っていった。言いたいことだけ一方的に言って、満足したらさっさと帰っていく。あまりの自由奔放さに、ひとり残された私はしばらくの間動けなかった。
予言。華さんは確かにそう言った。あろうことか"神の視点"を持つ私に向かってだ。偶然ではないだろう。あの常軌を逸脱した勘の良さを考えれば。私の誕生日、私の人生を大きく変える出来事とは一体何なのか。
心当たりは……ある。
「全く、余計なお世話ですよ」
独り言をつぶやいてから、私は缶コーヒーのタブを開けた。




