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デカルコマニー・ラヴァーズ  作者: 金剛ハヤト
許されざる彼女
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第16話 アウト・オブ・ワールド・Ⅳ

 弟以外の男は嫌いだ。誰もかれも、昔に酒で酔って殴ってきた父と同じ顔に見える。最初はただの男性恐怖症だった。ソレが恐怖を通り越して嫌悪になったのは中学から。そのときから私と三葉くんの名前は事故の遺族として学校中に広まっていたが、私を慰めるフリをして近寄ってくる男子が多すぎて多すぎて。もはや父とか関係なく、男というだけで生理的に無理になった。


 三葉くんだけ平気なのは、幼い頃の三葉くんが玲央にそっくりだったからだ。"神の視点"は人の過去も観測できる。そこに映る小さな三葉くんはいつも太陽さんの背中を追いかけていた。その太陽さんは『異能力者』だったので観測には映らなかったけど、彼が弟を溺愛していたことは三葉くんの懐き具合を見れば分かる。兄を呼ぶその姿が、私を呼ぶ玲央の顔と同じにしか見えなかった。


 だから本当は入学初日から話しかけたかった。だけど勇気が出なかった。今まで弟以外の男と仲良くなろうとしたことが無かったから、どう話しかければいいのかも分からず、ただ三葉くんのことを目で追いかける毎日だった。

 

 全ての事情が変わったのは、私が三葉くんの死の『結末』を観測したときからだ。三葉くんの命を守れば、ソレは玲央を守ったことになる。私はそんな自分勝手な考えで物語を書き換えることを決めた。

 

 しかし定められた死の『結末』を書き換えることは、人間が為すにはあまりにも大きすぎた。バグを悪用してゲームを破壊したプレイヤーがキックされるのと同じように、対象を見失った『結末』は物語を書き換えた張本人である私に適用されることになった。責任を取れ、ということだろう。


 2020年3月1日。その日が私の『結末』だ。私が死んでも三葉くんが悲しまないよう、その日が来る前に彼とは距離を置かなければならない。


 だというのに、


「あの、三葉くん……そろそろ離して……」

「いやだ」


 三葉くんが私のことを好きすぎる。私を抱きしめたまま離してくれない。今やふたりだけの秘密の場所になった旧校舎の空き教室。夏休みが明けてからは、放課後はここで彼に抱きしめられるのが習慣のようになってしまった。


 美術館デートを境にして三葉くんはただの甘えんボーイになってしまった。前々からツンデレの皮を被ったただの寂しがり屋なのは知っていたけど、ここまで悪化するとは私の目を以てしても見抜けなかった。


「あ、チャイム……ほら三葉くん、そろそろ帰らないと」

「もうちょっとだけ」


 ソレもう5回目。おかわりし過ぎ。私はわんこそばではない。


「……ごめん。もしかして嫌だった?」


 私が嫌がっていると思ったのか、三葉くんが不安そうな声で私にそう尋ねた。


「その……恥ずかしいです」

「嫌ってわけじゃないんだ?」

「…………はい」

 

 どうしてこんなことになったの?


 いえ言わなくても分かってますよ。私が最初に告白したのが悪いですよ。動物園で私が告白してなかったらこんなことにならなかったはずです。でもアレは私が傍で見守らないと万が一が起きたら対処できないから仕方なくやったことであって私が全部悪いわけじゃないです。『結末』の話も確かに三葉くんが死ぬことはないけど私が死ぬのは確定しているのであながち嘘じゃないです。というか万が一が起きて三葉くんが死んでしまう可能性を排除するために私が三葉くんの傍にいる必要があったわけでその中で最適解だったのが告白して恋人になることだったんですよ。いやまぁ確かに役得とか思ったことありますよ。えぇもう画面の前の貴方には全部見られてると思うのでこの際白状しますけどね。ツンツンしておきながら弱ったら甘えてくるの可愛いとか嘘下手すぎて可愛いとか毎日思ってますよ。仕方ないじゃないですかだって可愛いんですから。それくらい好きなのにどうしても玲央の幻影を追ってしまう私がいるから許せないんですよ。本当は今からでも前言撤回して告白受け入れたいしなんなら私から告白したいです。でもそれは本気で私のことを好いてくれている三葉くんに対して失礼だし私もそんな中途半端な感情じゃなくて100%の愛情でちゃんと三葉くんのことを好きになるべきで。でもそれをやってしまうと私が死んだときに三葉くんが悲しんでしまうから距離を置かないといけないんです。どうしてこんなことになったんですか?


「み、三葉くん……本当に、もう帰らないとお母さんに怒られてしまうので……」

「これから俺のこと普って呼んでくれるならいいよ」


 いや、ソレは不味い。これ以上距離が近くなったら本当に不味いことになる。断らないと。


「……あまね、くん」

「ヨシ」


 あぁ、なんで。どうしてこの気持ちを抑えられないの?


 名前を呼んだだけなのに胸がぽかぽかする。離れることを望んでいたはずなのに、私を抱きしめる彼の手が離れた途端に寂しさを感じてしまう。 離れる手に手を伸ばしてしまいそうになる。


「ま、また明日!」


 私は逃げ出した。これ以上一緒にいると、彼のことを本当に好きになってしまうから。このままでは私の決心まで揺らいでしまう。外を目指し、走る。秋の日暮れは矢のように早い。まだ午後の5時にもかかわらず、薄明は既に夜の色に蝕まれていた。


 気付けば、知らない道の中にいた。いや、知らないと言えば語弊がある。いつだったか"神の視点"であま……三葉くんを見ていたとき、彼が月谷というクラスメイトの男と一緒に歩いていたことがある道だ。とすると、ここは私の家とは反対の場所だ。


「……帰らないと」


 自分の矛盾した行動がおかしくて、一周回って冷静になる。早く家に帰ろう。そこにばかり意識が向いていた。だから振り返った瞬間、後ろから歩いてきていた人とぶつかってしまった。


「あ────」


 血の気が引いた。男とぶつかったかもしれない。そんな可能性が頭を過った瞬間に身体が動かなくなって、私はバランスを崩してしまった。

 

 地面が傾き、空が遠ざかっていく。否、私が倒れているのだ。背中に来るであろう衝撃が怖くて目を瞑ったそのとき、誰かが私の腕を掴み、倒れそうになった私の身体を軽々と引き寄せた。


「ん、アブナイところだったね」


 声が目の前から聞こえてきた。少し低いが、ソレは間違いなく女性の声だった。恐る恐る目を開けると、背の高い金髪の女性が私の顔をまっすぐ見つめていた。


「周りはちゃんと見なよ。ここ自転車も結構通るからさ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 安心と恐怖が同時に湧いた。安心は相手が女性だったことに、恐怖は今さっき全身で体験した彼女の尋常じゃない腕力にだ。


 何故か彼女は私の腕を掴んだまま離してくれなかった。謝った後もジッと私の目を覗き込むように顔を近づけてくる。目つきの悪さも相まって、さながら蛇に睨まれた蛙のような気分だった。


「ねぇ」

「な、なんでしょうか……?」


 緊張のあまり、声が上ずってしまった。


「その制服ってさ、台上中学校だよね?」

「それが、どうかしましたか?」


警戒する私の目を見つめながら、彼女は言った。


「ただの()だけどサ」


「アンタ」


「アマネくんの彼女でしょ」


 ────ソレが月谷華との遭遇だった。

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