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デカルコマニー・ラヴァーズ  作者: 金剛ハヤト
許されざる彼女
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第14話 アウト・オブ・ワールド・Ⅱ

 ここ、台上美術館には時代やジャンルを問わない様々な作品が展示されている。どちらかと言えば無名の芸術家の作品が多く、中には制作者すら不明な作品も幾つかある。個性的な作品が多く、美術に関して知識が無い人でも楽しめることは誠とふたりで下見をしたときに確認した。


 考え方や価値観が芸術家のソレに通ずるところがある清音ならより楽しめるだろうと思い今回誘ってみたが、その予想は見事に正解だったと言える。初めて見る作品の数々に清音は特撮アニメを見ている男子のように目を輝かせていた。中でも清音が食いついたのは絵画だった。ひとつの作品の前で長ければ30分以上は立ち止まり、次の作品の前でまた長い間立ち止まり夢中になって考え込む。


 作品には申し訳ないのだが、俺は作品よりも清音の横顔に夢中になっていた。真剣な様子で絵画を見つめるその姿が映えていて、それこそ絵画のように美しかった。


「三葉くんはどう感じますか?」

「え、あぁ……」


 突然話を振られて、俺は慌てて視線を絵画に戻す。清音が絵画を見たままでよかった。もし俺の方を見ていたら、きっと目が合って俺が清音ばかり見ていたことがバレていたと思うから。


 それはさておき、目の前の絵画に意識を集中させる。キャンバスには緑色の大地が広がっており、その中心には四本の足を持つ茶色の動物らしき何かが眠っている。それ以外には特に情報もない、さらに言えば目立つ特徴が無い絵のように見える。


「……草原みたいな場所で寝てる、四足歩行の動物?」


 残念ながら俺にはそれ以外の感想が思いつかなかった。


「では、何の動物だと思いますか?」


 清音は俺の感想を深堀りしてさらに聞き返してくる。俺は迷った末、タイトルを見た。この絵画に付けられていたタイトルは『百獣』の二文字であった。


「ライオン、かな」

「ふふん、さてはタイトルを見ましたね」


 清音の追及に俺は頷いて肯定した。清音は「間違った見方ではないので安心してください」とフォローしてくれた。


「実のところ、この作品のタイトルはあくまで『百獣』であって『百獣の王』ではありません。つまりこの作品の中心に描かれている動物らしき存在はライオン以外の可能性もあるのです」

「その百獣の中にはライオンだって含まれていると思うけど?」

「その可能性も確かにあります。この不完全な定義によって生じる曖昧さこそがこの作品の肝であり醍醐味なのではないでしょうか?」


「あくまで私の主観ですが」と、清音は最後に付け足した。改めて"百獣"に目を向けると、さっきまでライオンに見えていた動物が、今は馬だったり犬だったり他の動物に見え始めていた。


 下見に行ったときはあくまで下見だったので作品を流し見する程度だった。誠にオススメされた作品だけはしっかり鑑賞したが、その幾つかの作品についても奇抜だなとか、頑張れば俺でも書けそうとか、程度の低い感想しか思い浮かばなかった。誠もしっかりと解説してくれたのだが、専門用語が多すぎて、なんとなく凄い作品なんだな、ということしか俺には理解できなかった。


「面白いな……ちょっと認識が変わるだけで見え方が一気に変わったよ」

 

 純粋な感想を俺が口にすると、清音は製作者でもないのに満足そうな顔で頷いていた。


「では、こちらの作品はどうでしょうか?」


 そういって清音に案内されたのは、シンプルの一言に尽きる絵画だった。青一色のキャンバスの真ん中に白い直線が縦に引かれている。ただそれだけで、あまりにも情報が少ない。タイトルも『無題』であり、シンプル過ぎて何を表現しようとしている作品なのかが逆に分からない。


「これは一体何を表現しているんだ?」


 しばらく考えても分からなかったので清音に助けを求めると、清音は微笑みを深くしてこう答えた。


「さぁ? 一体何を表現しているんでしょうね?」

「……答えになってないじゃないか」


 俺が抗議しても清音は微笑みを崩さなかった。まるで何かに憑りつかれたように『無題』を一心に見ている。


「私がこの作品を見てイメージしたのは海に反射した太陽の光です」


 清音が口にしたイメージを頭の中で想像してみることにした。確かに、海面に反射した太陽の光が道のように見えるという光景は写真等で何度かみたことがあるが、目の前のソレが同じものをイメージしているのかと言われれば、やはり情報が少なすぎて頷きづらい。合致する要素が色しかない。そもそもこの作品自体に色と構図以外の情報が無いから、要素が合致したところで断定することが不可能だった。


「タイトルさえあれば分かるんだけどな……」

「いえ、この作品の場合はタイトルが無い方が正しいのでしょう」


 俺がそう呟くと、清音は首を振って僅かに答えた。


「なんでだ? タイトルがあった方が分かりやすいだろ」

「確かにタイトルがあれば分かりやすくなりますが、同時にこの作品の価値も消え失せることになりますよ」

「……? その言い方だと、この作品は何を表現しているのか分かりにくいから価値があるってことか?」


 清音は頷いた。


「正確には定義が存在しないことに意味があるのですよ」

「定義」


 返ってきた言葉の難しさに俺は思わずオウム返しをした。


「タイトル、名前とは非常に強力な『テクスチャー』です。形を持たない抽象的なものを問答無用で具体的にしてしまう」

「具体的になると何が悪いんだ?」

「さっきの『百獣』と同じですよ。アレは『百獣』という『名前タイトル』があるからこそ、中心に描かれている動物が何なのか自由に解釈することができました。ですが、もしも『ライオン』という『名前』が付けられていたとしたら、その時点で"ライオン"以外の解釈は全て消滅してしまいます」


 そこまで説明されてようやく、清音が言わんとしていることが俺にも少し理解できた。


「敢えてタイトルを付けないことで解釈を殺さないようにしてるわけか」

「恐らくはその通りかと。名付けによって解釈が制限されることが、製作者にとっては不都合だったのでしょうね」


 製作者という言葉を受けて、俺の視線は自然と『無題』の製作者の名前を探していた。しかし見つからない。作品を示すプレートにも推定制作年代が1800年であることとタイトルだけしか情報が載っていなかった。


「なぁ清音。なんでこの作品だけ製作者の名前が無いんだ?」

「あら? 本当ですね。パンフレットに何か説明がないか、少し調べてみますね」


 言いながら、彼女の手は既に持っていたパンフレットのページを捲っていた。


「ありました。どうやらプレートに記載がない作品は製作者が不明なものだそうです」

「そうなのか」


 清音がパンフレットを広げて俺に見せてくれた。


「残念でなりませんね。名前さえ残っていれば製作者も浮かばれたでしょうに」

「……逆に言えば、名前すら無くなるほど長い時間が経っても作品だけはこうして残ってる。自分が生み出したものが200年先の未来で自分の存在を証明してくれてるってのは、製作者にとっては嬉しいことなんじゃないか?」

「存在の証明ですか」

「人に忘れられたときこそが本当の死だって、ジャンプでも言ってただろ?」

「あぁ、ふふ……その言葉を口にしたキャラクターは医者でしたね」

「あ、本当だ」


 気付いてから、俺たちは笑い合った。


「しっかし1800年かぁ。こういうシンプル過ぎる抽象画って現代アートとかに多いイメージがあるけど、1800年代にもあるんだな」

「そういう意味では200年も時代を先取りしていたとも解釈できますね。200年前の名前も分からない誰かが現代美術と同じことをしていた、と考えればロマンがあります」

「個人的には、タイムスリップした現代人が描いたっていう可能性も捨てがたいな」

「三葉くんって意外とオカルト系の話好きですよね」

「ソレ、ハト先生にも全く同じこと言われたよ」


「俺ってそんな堅物に見えるの?」と聞こうとして顔を見ると、清音は目を大きく見開いていた。


「ハト先生が……いつの間に……」

「清音?」


 それはほんの一瞬、瞬きをする間と同じくらいの短い時間だった。見間違いでなければ何かに驚いていたように見えた。俺が声を掛けると、清音の表情はすぐに戻った。


 彼女は何かを俺に隠している。たった今確信した。恐らくは俺が想像もつかない程大きな何かを、彼女は俺が知らないところで進めている。


 場合によっては、ハト先生からも話を聞く必要がありそうだ。


「そうですね。頭が良い人は論理的でお化けや妖怪の類を非科学的だと切り捨てそう、なんて偏見が昔からありますから、三葉くんもそう思われているのかもしれません」

「……はは、なんだそりゃ。いつの時代の偏見だよ」


 俺が言うと、清音は柔らかい笑みを浮かべた。いつもなら疑いすらしなかったその笑顔が、今の俺の目にはソレが精巧に作られた仮面のようにしか見えなかった。


「……悪い。ちょっと手洗い行ってくるわ」


 便所に行く振りをして美術館の長い廊下をひとり歩く。考える時間が欲しかった。だから俺は一瞬だけ、清音から距離を取ることにした。


「清音は俺に何を隠している? 俺に隠さなければならない理由は、いやそれ以前に、()()()()?」


 廊下を歩きながら独り言を言う。頭の中を整理するときはいつもこうする。僅かに活性化した脳味噌があらゆる記憶を掘り起こしていく。


「いつからアイツは俺に隠し事をしていた? 考えろ、思い出せ、今まで過ごした時間の中に手がかりがあるはずだ」


 2019年3月1日の旧校舎3階の空き教室、ファミレス。同年3月9日の台上動物園。梅雨入りの頃、風邪を引いて清音に看病された1日。華さんと出会い、俺にとって清音が清音になったあの雨の帰り道────。


「そういえばあの日、清音と出くわす直前に変な文章が思い浮かんできた……」


 あの日の夜、清音に声を掛けられて足を止めた瞬間に目の前をトラックが猛スピードで通り過ぎて行ったのを思い出した。今思えば、清音がいなかったら俺は確実に轢かれていた。変な文章が頭の中に浮かんできたのはそれと同じタイミングだった。不思議なことに、俺はその文章を一言一句違わず完璧に覚えていた。


「【2019年3月1日午後4時04分】」


 言葉にしかけて、自分が真実に近づいているという確信を得た。今口にしようしている文言こそが隠された全てを解き明かす鍵であると、誰かに囁かれた気がした。


 嫌な予感がする。


「【交差点で男子中学生がひかれ死亡。トラックが赤信号を無視か……台上市】」


 口にした瞬間頭の中に見覚えのない記憶が濁流のように流れ込んだ来た。パチパチとアスファルトを打つ雨音に混じる何かが砕けるような音、激痛。雨の日に車で轢かれた人間が味わうだろう感覚が一斉に襲い掛かってきた。


「なんだよコレ……!?」


 あまりの衝撃で、俺は人目も気にせずに大声で叫んだ。


「どういうことだ……事故ってなんだ、一体誰が死んだ!? 俺が行ったときは事故なんて起きてなかったぞ!?」


 兄貴が死んだのは19年じゃない18年だ。しかも時間だって俺が交差点に献花をしたのは午後6時10分だ。午後4時の時点では俺は旧校舎の3階に呼び出されて清音と話していた────……


「もしもあの日、清音から呼び出しを受けていなかったとしたら……?」


 いや……今更考えるまでもない。もう答えは分かっている。


 本来俺は死ぬはずだったんだ。2019年3月1日、三葉普という人間は台上交差点でトラックに轢かれて死ぬことになっていた。恐らくは物語によって定められていた死を改変したのは清音に他ならない。


 全ては、俺があの手紙を開く前から始まっていたんだ。


「清音……」


 どうやらハト先生より、清音に直接聞かなければいけないみたいだ。

皆さんも時間があれば是非美術館に行ってみてくださいね。

きっと感性が刺激されて人生が豊かになりますよ。

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