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デカルコマニー・ラヴァーズ  作者: 金剛ハヤト
アナザー・ロスト・ラヴァー
13/23

第12話 羽化

心の支えを確かめる

酒とタバコと缶コーヒー

まだ辛うじて生徒

 7月も終わりに近づくと、日中の蝉時雨は最早止むことがなくなった。いつもなら騒がしくして仕方がないと感じる鳴き声だが、廊下に張り出された学期末考査の順位表を見て騒ぐ生徒たちの声に比べれば些細なものだった。


「ありがとな三葉! お前が助けてくれなかったら絶対赤点だったわマジで!」

「お礼なんかいいって。俺は大したことしてないから」

「いいや、大したことあったね! お前の教え方マジ先生よりわかりやすかったもん! なぁお前ら?」


 大きな声で周りに同意を求めたのは同じクラスの吉岡だ。サッカー部所属のイケイケ男子で、いわゆるカースト一軍。今回の学期末考査で赤点を取ったら部活に参加させないぞと顧問に脅されたらしく、今まで話したことが無い俺に助けを求めてきた。


「いやぁホント助かったよ! お前がこんなにいい奴だって知ってたらオレもっと早く話しかけてたのになぁ~」

「勉強教えたくらいで大げさだろ」

「ソレは頭良いヤツが言う言葉なんだよなぁ。つーかお前今回何位だったの?」

「さっき言ったからもう知ってるだろ……」

「まぁまぁそういわずに! 皆にも教えてやれって! な!」

「……1位だよ……ほら、あそこ」


 俺が言った瞬間、吉岡とその取り巻きたちが「おぉ」と声を上げた。


「うわよく見たら500点満点!? 全教科100点取ったのかお前!? なんでそんな平然としてるんだよ!」

「ちゃんと勉強すれば100点なんて誰でも取れるよ」

「うわ出た! ナチュラルな天才発言! やっぱ"本物"は言うコトが違うねぇ~!」


 わざとらしく大げさな声で吉岡が言う。取り巻きたちがげらげらと笑いだす。自分のことを面白い人間であると証明するための道具として吉岡に利用されている気がして、俺は居心地が悪かった。


「なぁ質問! 三葉は水永のことどう思ってんの?」


 愛想笑いでなんとなく誤魔化していると、吉岡の取り巻きのひとりからそんなことを尋ねられた。


「なんでそこで水永が出てくるんだよ?」

「テストで毎回500点満点取ってるのお前らふたりだけじゃん? ぶっちゃけ意識してるだろ?」

「……まぁ、クラスメイトとして尊敬はしてるよ。日頃からしっかり勉強してるんだなって思う」

「うわっ激アツ! これは脈ありですねぇ~」


 あぁ、本当に……気分が悪くなる嫌な空気だ。決して吉岡に罪はないが、吉岡に助け舟を出してしまった過去の自分が憎い。


 別に吉岡だって、悪気があるとは限らない。吉岡に道具として利用されてるというのは俺の主観でしかないし、周りの奴らについても俺に悪意を持って接している、なんて決めつけるつもりはない。ただ単純に波長が合わないんだ。吉岡とその周りにいる人間たちの価値観や思考が、俺にとって相性が悪い。だから話しているだけでため息が出そうになる。


「オレも頭良かったら水永に()()()()()()()のかなぁ」

「……え」


 吉岡がおもむろに呟いた発言に思わず食いついてしまう。それ自体はよくある話だ。清音は男子から人気が高い。告白されたという話は本人から何度も聞いたことがある。そのうえで俺は清音に告白した相手のコトなんて今まで一度も考えたことなんてなかった。


()()に告白したことがあるのか?」

「おう。まぁけっこう前の話だけどな」


 俺が聞くと、吉岡は頷いて肯定する。目の前の相手がそうだと分かった瞬間、俺は意識せざるを得なかった。


「去年の秋ぐらいだっけ? 気持ちいいぐらいに一刀両断されてたよな」

「シンプルに「無理です」って切り捨てられてた! 言っちゃ悪いけど笑ったわアレ」

「うるせぇうるせぇ! これから勉強しまくって水永を振り向かせるからいいんだよ!」


 取り巻きたちに茶化されてムキになった吉岡が、この俺の前でそんなことを宣言する。コイツはまだ、諦めていない。なら俺はここでどうするべきか。俺が判断に迷っている間に反応を見せたのは取り巻きたちの方だった。


「いやぁ無理でしょ。だって水永だぜ?」

「えー! なんでそんなこと言うんだよ!」


 吉岡の宣言に難色を示す。ソレは俺にとっても、そして吉岡にとっても予想していなかった反応だった。

 

「だってアイツ、男にめっちゃ冷たいじゃん」

「それな。顔は文句なしにいいんだけどさぁ。性格がブスだわ」

「アレと仲良くできる女子も俺には理解できねぇわ。よく仲良くしようって思えるよな」

「お、おい。流石に言い過ぎだろ」


 次々に陰口を叩き出す連中に吉岡も気を悪くしたのか、顔を顰めて止めに入った。


 俺としては、清音のことを悪く言う男子たちの気持ちが分からなくもない。清音は俺には好意的だが、他の男子に対しては異様に態度が悪い。表情は常に無表情、男子に話しかけられても無視するのはいつものことで、ひどいときは「話しかけないでください」と、本人に面と向かって言い放つこともある。


 なぜ清音がそうなのか、理由は俺にも分からない。しかしやられた側は清音に対して文句のひとつやふたつ言いたくなって当然だろう。


 同じ場にいるだけで気が悪くなる。そこに間違いない。

 でも、コイツらが色々言いたくなる気持ちも少しだけ分かる。

 だから俺も、何も言わずに聞き流すつもりだった。次の瞬間までは。


「アイツ、事故で家族死んだからって調子乗ってるよな」

 

 取り巻きのひとりが言った瞬間、ソイツ以外の全員の表情が凍り付いた。なかなか大きな声だったので周囲にいた人間にも聞こえていたらしく、静寂は波紋の如く廊下全体に広がっていった。


「バカッ、お前!」

「なんだよ」

「なんだよじゃねぇよ! 知らねぇのかお前!」


 吉岡含め、さっきまで人の悪口で盛り上がっていた連中が掌を返したように態度を変える。ささやくように声は小さく、まるで犯人を糾弾するように。自分は関係ない、と言っているようだった。


「べ、別にいいだろ、事実なんだし……。三葉もそう思うよな?」

 

 ────よりにもよって、とは思った。しかし意外にも、それ以上俺の感情が動くことは無かった。


「な、なんだよ! なんで全員急に黙るんだよ!」

「おい」


 いつの間にか来ていたハト先生が、いつになく真剣な顔をしながらソイツの肩に手を置いた。

 

「聞いてたぞ、全部。ちょっと面貸せや全員」

「あ……」


 自分の状況をやっと理解したのか、ソイツの顔はみるみるうちに青くなっていった。


「吉岡も一応来てくれ、状況説明係。三葉はいらん、今日はもう帰れ」

「わ、分かりました……三葉、ごめんな」


 これは後からハト先生に聞いた話だが、清音のことを「調子に乗ってる」と侮辱した生徒は、俺も同じ事故で家族を失くしたことを忘れていたと主張したそうだ。


 その話を聞いたときは衝撃を受けた。俺にとっても清音にとっても、あの事故はこの先一生忘れないと断言できるような出来事だ。ソレを忘れていたなんて。だが考えてみればこれは不思議なコトではない。なにせ事故が起きてからもう1年半になるのだから。


 交通事故などいくらでも起きる。悲しい話だが。当事者でない人間からすれば所詮その程度の出来事なのだ。いつかは事故で死んだ人間や家族を失った人間がいたことなんて忘れられて、最後には【事故があった】というたった一行の事実すら歴史のページから消滅するのだろう。


 翌日、色々と思うところがあった俺は、三葉家の家族墓がある市外の霊園に足を運んだ。俺ひとりだ。清音はいない。霊園に向かう前に『ルナガーデン』で向日葵の花束を買い、華さんと軽く談笑してから電車を利用して来た。


「兄貴、久しぶり。父さんも」


 木桶に貯めた水を墓に掛ける。柄杓を使い丁寧に、貯めておいた水が無くなるまでソレを繰り返す。その後の合掌の中で、俺はこの1年半の間に起きた全てのことを兄貴に報告した。


 母さんと喧嘩して仲が悪くなってしまったこと。

 兄貴の苦しみを知ったこと。

 葬儀で嘘を吐いてしまったこと、その謝罪。

 華さんに会ったこと、兄貴が『異能力者』だった事実を知ったこと。

 そして、こんな俺にも彼女ができたこと。


 報告が終わった頃には、合わせた手の隙間から漏れた汗が手首の血管をなぞるようにして流れていた。


「大丈夫、俺は忘れたりなんかしない。ちゃんと最期まで覚えてるからね」


 照りつける太陽に俺はそう誓った。


 その後、木桶と柄杓を元の場所に戻してから、俺は真夏の日差しに熱された体を冷やすためにガラス張りの休憩所に入ることにした。冷房が効いた室内はとても快適で、しかも自動ドアのすぐ近くには自販機まである。喉が渇いていた俺は迷わず自販機に足を進めた。はたから見れば、きっと光に誘われる虫のように見えていただろう。それだけ外が暑かったのだ。


 130円を投入口に入れて水を買おうとしたとき、その隣に缶コーヒーがあるのを見つけた。それは以前ハト先生から一口貰った缶コーヒーと同じものだった。俺は少し悩んでから、20円を追加で投入して缶コーヒーを買った。


「……苦い」

 

 そのとき、地面から蝉の断末魔が聞こえてきた。反射的に目を向けると、窓1枚を隔てたすぐそばで、地面に落ちてひっくり返った蝉がジタバタともがいている姿が見えた。誰かが捨てた煙草の吸殻が死に掛けの蝉を取り囲むように数本転がっている。


 自分はここにいる。忘れないでくれ。もがく蝉はそんなことを叫んでいるような気がした。


 鳴かない蝉は存在しないのと同義だ。蝉は鳴くことで初めて世界から認知される生き物。死んで鳴けなくなった蝉は、その時点で世界から認識されなくなる。今は力強いこの蝉時雨でさえも、秋になる頃にはぱったり消える。


 死んで世界から忘れられることが怖い。兄貴がそう言っていたと、ハト先生に聞いてから3カ月。ようやく兄貴の気持ちが解り始めた。それはまるで、背中に翼が生えたような気分だった。

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