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デカルコマニー・ラヴァーズ  作者: 金剛ハヤト
アナザー・ロスト・ラヴァー
10/19

第10話 貴方は倒景の彼方

千切っても千切っても

ページの破片がペンにならない

「タイヨウはね、未来が見ることができる不思議な力を持ったんだ」


 華さんから告げられた言葉に俺はただ驚愕する。だが、それよりも先にこの胸に去来した感情は「納得」だった。


 ハト先生から教えられた事実、兄貴は死んで世界から忘れられることを怖がっていたと言っていた。普通の中学生が抱く悩みにしては壮大過ぎる悩みだ。いつ訪れるか分からないものを何故怖がるのかと疑問に思っていたけど、未来が見えるなら話は別だ。


 ────兄貴は、最初から自分が死ぬことを知っていたんだ。


「意外と冷静だね。普通だったら「はぁ?」とか「何をバカなことを」みたいなリアクションすると思うけど」

「え? あ、いや……これでも驚いてますよ」


 考え込んでいるとまた華さんが顔を覗き込んでくる。瞳の奥を探られているような感覚がして、思わず身を引いて距離を取った。距離をとってもなお、華さんはジッと俺の目に視線を固定していた。


「えっと、兄貴の未来が見える力────分かりやすく"未来視"とでも言いましょうか。それが生まれ付きなのか後天性なのかは分かりますか?」

「アタシもそこまでは分かんない。そこらへんは多分アンタの親の方が詳しいと思うよ?」

「……そうですか」


 とはいえ、兄貴の"未来視"が水永の"神の視点"と"多世界解釈(仮)"のように後天的に発現した能力だった場合、人に弱みを見せたがらない兄貴の性格を考えると母さんにすら言っていない可能性がある。

 

 俺にも隠していた理由は……ハト先生が言っていたように、家族オレに心配を掛けたくなかったからだろう。未来が見えるからと言って、その未来が必ずしも明るいものだとは限らない。水永が"神の視点"で観測したという未来も、俺か水永が死ぬなんていうクソみたいな『結末』だった。


 それとも……俺が『異能力者』じゃなかったから、だろうか?


「ねぇ、アマネくん」

「っ、はい────」


 思考に意識を割いていたせいで一瞬反応が遅れる。


「これまた私の勘なんだけどさ、アンタ、身近にタイヨウと似たような力持ってる人がいるんじゃない?」


 華さんの瞳がまた俺の目を覗いている。

 

「目の前にいますよ。異能染みた勘の良さを持ってる人ならね」

「アタシのは『異能』じゃなくて才能ね。相手の目線とか表情の変化を分析してるだけ」

「素晴らしい才能だ。きっと素敵な心理カウンセラーになれますよ」

「アタシがなれるわけないでしょ」


 褒め言葉のつもりだった。俺のような特別な力を持たない凡骨にとっては、その才能が宝石のように輝いて見えたのだ。「何かコツがあるんですか?」と軽い気持ちで聞こうとした。


 しかしできなかった。羨望と尊敬を込めた俺の言葉を受けた華さんの表情が真っ黒に染まった。眉間にしわを寄せ、こちらを睨みつける。思わず震えあがるような怒りの眼差しを受けて、俺は触れてはならない彼女の領域に足を踏み入れたということを理解した。


「アタシは所詮『社会不適合者』に過ぎないの。街灯に群がる蛾と同じ。『三葉太陽』っていう光に寄生してただけのクズよ」


 深い息と共に吐き出された言葉は懺悔だった。


「────誰よりアイツのことが好きだった」


 執拗なほど俺の目を凝視していた目が、今は虚空を彷徨っていた。彼女の瞳には今過去の景色が映っているのだろう。


「ホントは臆病なくせに無理して強がるダサいところが好きだった。アタシ以外の女にも優しくするのが嫌いだけど好き。アタシの髪を優しく梳いてくれる手も好き。唇もちょっと可愛くて、見かけによらず舌の使い方が巧いところも全部、大好き。だけど、全部アイツに言えなかった」


 目を潤ませた華さんはぎゅっと口を結んだ。


「ホントは大好きだったのに、生きてる間に好きって言えなかった。アイツは何回も好きって言ってくれたのに。タイヨウが死にたいくらい苦しんでることにも最初から気付いてたのにッ、いっぱい嫌なコト言っちゃった……!」

「華さん」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい────」


 話し続けるうちに俺のことを兄貴だと錯覚したのか、精神が不安定になった華さんは狂ったように泣き出した。ひたすら謝るその姿が断頭台で許しを乞う罪人のように見えた。


 三葉太陽は死んだのだ。俺たちがどれだけ謝ったところで、涙を流したところで、帰ってくることはもう無い。天はもはや涙も枯れた俺と母さんの分まで、大粒の涙を流して悲しんでいた。

 

 異変を察知した誠が駆け付けてくるまで、涙が止むことは無かった。



 帰る頃になっても天気は回復しなかった。時刻は既に午後7時を過ぎており、もうすっかり夜だ。


「今日は情けないトコ見せちゃったね」


 店頭まで見送りに来てくれた華さんがぎこちない笑みを浮かべる。


「……ごめんね。恋人の癖に、アタシはアイツのことを支えてあげられなかった」

「それは俺も同じです。俺は兄貴のことを……死んでも、知ろうとしなかったので」


 今になって、後悔が押し寄せてくる。今からでも、全てやり直すことはできないのだろうか。握りしめた拳からじんわりとした未練が広がって、消えることは無かった。


「ひとりで背負うのはダメだよ」


 今日一番のハッキリとした声で華さんが言った。


「そんなトコまでタイヨウに似なくていい。アンタが感じてる罪の意識を否定するつもりはないけど、ひとりで苦しいの全部抱え込んで自滅したのはタイヨウだよ」

「……自滅」

「ホント、ムカつくよね。弱いくせにプライドだけいっちょ前なんだから。自分の未来に絶望したのかどうか知らないけどサ。なんでアタシを頼らないんだよ馬鹿野郎……って感じ」


 まるで鏡の中の自分が喋っているような気分だった。それほどまでに、俺は華さんが零した不満に共感することができた。


「でももう同じ轍は踏まない。アンタの罪はアタシが勝手に背負うから」


「そもそもアタシも同罪だけどね」と、華さんは付け足して自嘲気味に笑う。


「死ぬまで一緒に苦しもうね。アイツの分も。夜が明けないこの世界で」

「だったら、タバコやめてくださいね。できるだけ長く苦しまないと償いになりませんから」

「そーだね。ん、今日でやめるよ」


 そう言って華さんは、俺が帰った後で吸おうとしていたのか、手に持っていたシガレットケースを躊躇いなく握り潰す。銀色の如何にも硬そうな小箱はメキメキと音を立てながら変形していき、最後には中に入っていた煙草共々破片となった。


「これでヨシ」

「……凄い力ですね。────まるで『()()』みたいだ」

「アハハ、もしかしたらそうかもね」


 腹の底から、今まで感じたことのない黒いなにかが湧いてくるのを感じた。


「……失礼します。今日はありがとうございました」

「またねアマネくん。私はいつでもここにいるから。待ってるよ」


 華さんの言葉を無視してルナガーデンに背を向ける。急いで傘をさして、俺はその場を離れた。

 

 この黒いものが己の身勝手な感情であることは分かっている。ただの僻み、ただの無い物ねだりであることは。俺が一番よく分かっている。


「妬ましいなんて、思うなよ」


 独り言を言う。思考で絡まった頭を整理するときはいつもこうする。


 兄貴は水永と同じ、未来が見える『異能力者』だった。自分の未来を見て絶望してたんだろう。だから異能染みた勘の良さを持つ華さんに惹かれた。そこには多分、自分と同じ『異能力者』であれば自分の苦しみを理解してくれるという希望があったんだ。華さん自身は否定していたけど、彼女の勘の良さと怪力は『異能』の領域に片足を突っ込んでいると言っていい。


 俺はどうだ? 何がある? 未来を観測できる力があるか? 現実を改変できる力は? 化物染みた勘の良さは? 金属の箱を片手で握りつぶせるような怪力は?


 ……なにもない。


「葬儀の時、俺、兄貴に嘘吐いたけど……最初から全部知ってたんだ」


 俺が優しさだと思っていたものは全部、子どもみたいな俺の自己満足でしかなかったんだ。


【2019年 3月1日 午後4時04分】


 日々がかげっていく。幸せだったはずの思い出が雨音に全てかき消されていく。黒い水たまりの中に消えていく。


【交差点で男子中学生がひかれ死亡 トラックが赤信号を無視か 台上市】


「────三葉くん」


 声を掛けられて立ち止まる。目の前をトラックが猛スピードで通り過ぎて行った。


「……水永?」


 雨が降る夜の交差点で、異能力者(みずながきよね)が俺を待ち構えていた。

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