星の雨という名の少女
裕美はクラスメートでちょっと気になる子がいた。といっても男子ではなく、女子だった。気になっていたのは、その名前。柳澤星雨、星の雨、と書いて星雨という名前だった。
これは絶対、流星雨からつけたに違いない。
裕美はそう思っていたが、話す機会が無かった。星雨は無口な子で、ショートカットの黒髪がよく似合っている、密かに男子の間でも人気のある美少女だったが、友達も少ないようで、授業が終わるととっとと帰る帰宅部でもあった。
裕美の友達の正美だったら、
「ねえねえ、どうして星雨って名前なの?」
とか、なんの脈絡もなく直接本人に聞いただろうが、裕美はそれはちょっと失礼かと思っていた。
裕美は、読書部、という本を読んで時折読書感想を発表する、という部活に入っていたが、この部の部員のほとんどがいわゆる幽霊部員というやつで、名簿には載っているが部活に来ることがある人はほとんどいなかった。裕美は図書委員の和美に誘われて入ったので、放課後は図書館にいることが多かった。
その日は、図書館が暖房装置の不具合のメンテナンスとかで休館になったので、裕美は市立図書館へ行くことにした。部活のため、というよりは、借りていた本を返しに行くのが目的だった。
市立図書館は学校の前のバス停からバスに乗って十五分程行ったところにある。一旦家に帰ると逆方向になるので、学校から直接向かった方が早かった。
殆ど葉の落ちた街路樹を眺めながら暫くバスに揺られて、市立図書館前で降りた裕美は図書館で本を返却し、また気になった本を借りると外へ出た。直ぐに帰ろうかとも思ったが、近くの商店街にある本屋へ寄って行くことにした。
商店街を歩いていると、前から紺のジーンズに同じ色のデニムジャケットにキャスケットという姿の人がポケットに手を突っ込んで歩いてくる。特に気にせずにいると、その人が裕美の方に近付いて来た。
「城崎さん?」
急に話しかけられて、驚いてその人を見ると、クラスメートの柳澤星雨だった。
「え、柳澤さん?」
学校とはまったく違う雰囲気で、裕美はちょっと驚いた。
「同じ学校の制服だったから、だれかな、と思って」
星雨のほうは淡々と話す。学校でそう話をすることも無いので、裕美はちょっと返答に詰まった。
「市立図書館に寄ってきたの。あと本屋へ行こうかと思って、これから行くとこ」
「ふーん」
赤いハイネックのニットが似合っていて、ちょっとモデルみたい、と裕美は思った。
「天文雑誌の新刊が出てるはずだから買ってこようと思って……」
「城崎さん星が好きだよね」
――そうだ、名前のことを。
「うん。今月ね、しし座の流星群が見られるの。何十年かに一回は、星が雨みたいに流れることがあって、流星雨っていうんだけど、あ、そういえば、柳澤さんの名前って、星雨っていうんだよね。もしかして、流星雨から付けられたの?」
――ちょっと強引だったかな?
そう思ったが、聞きたいことは言えた。
「私の名前? んー、どうだったかな。山小屋でお父さんとお母さんが会った時の星が綺麗だったからとか聞いたことがあるけど。ちゃんと聞いてみるね」
「え? あ、うん」
その後並んで話しながら本屋まで向かい、星雨とはそこで別れた。
――なんだか普通に話はできたけど。聞いてみるねって、聞いて報告するってこと?
星雨と思いがけず出会って、妙な成り行きになったな、と裕美は思った。
翌日。星雨の方は何時もと特に変わることもなく、昼休みは頬杖をついて外を眺めている、という調子で裕美に話しかけることも無く、裕美の方も学校ではちょっと話しかけづらくて、そのまま放課後になってしまった。
「あんた、バスケ部でしょ。部活は?」
和美が正美に言う。
「今日は休みだよ。休みが多いんだよね。全国とか目指してる感じじゃないからねー」
裕美は友人の和美と、今日は正美も一緒に図書館に向かっていた。
「城崎さん」
後ろから話しかける声。裕美は星雨に呼び止められた。
「昨日のことだけど。ちょっと話すこと忘れてて。今いい?」
「え、うん。いいけど」
「え、何、何かあったの?」
正美が興味津々と言った様子で裕美を見る。
「あの、話は中でしない? 寒いし」
和美が先に立って、後ろの三人に言った。
「ふーん、柳澤さんの名前ね。前から気になってたんなら、直ぐに聞けばいいのに」
正美が言う。
図書館のカウンター横から入った部屋にある、丸テーブルを四人は囲んでいた。ここは読書部の部室でもあった。
「まあ、あんたならそうするわよね」
和美が頷きながら言う。
「その話って、私たちが聞いててもいいの? 裕美だけじゃなくて」
和美が星雨にたずねた。
「うん。別に隠すことでもないし」
※ ※ ※
星雨は、裕美と会った日に、母に名前の由来を聞いた。
父が母と出会ったのは山登りをしていて、急に天候が悪くなって立ち寄った山小屋だったそうだ。日が暮れるまで雨は止まず、そのままそこで一泊することにしたのだが、そこで一泊の予定で来ていた母と出会ったということだった。
夜に雨が上がって、外に出ると、綺麗な星空になっていた。外に出て、同じように星を見ていた母と話をして、話が合い、下山した後も連絡を取るようになったことが付き合うことになったきっかけだったそうだ。
その夜の、雨の後の星空が綺麗だったことから、子供の名前を星雨という名前にしたのだ、と言う話だった。星雨という名前自体は、母が提案したものらしい。星雨が父から聞いた話もたしかそんな話だったと記憶していた。
「そう、お父さんには言ってるんだけどね」
そこまで話して、星雨の母はそう言った。
「ん? 本当はそうじゃないってこと?」
「高校生の頃にね、沢山の流れ星を見たことがあるの……」
母が高校生の頃。しし座流星群が大出現すると予測されていた。星雨の母もクラスメートもそれほど興味を持っていたわけでは無かったが、社会科の臨時教員だった先生が星を見るのが好きな人で、校長に交渉して学校で観望会を行なうことになった。自由参加だったが、背も高くて、格好いいその教師に密かに憧れていた星雨の母は、当然のように参加することにした。
流星群が極大の日の夜。今まで見たことも無いような、数限りないというほどの流れ星が見えて、もう一生分以上の流れ星を見たような夜になった。本当に、星が雨のように流れる夜だった。
その夜のことは、ちょっとした恋心とも相まって、忘れられない記憶として残っていた。
「それで、星雨の名前を付けるときに、星にちなんだ名前が良いってお父さんが言うから、そのこと思い出して。お父さんは出会った時のことを言ってたんだと思うけど。つい、流星雨から、星雨とか良いね、って言ったら、お父さんも喜んじゃって……。理由は後付けで考えたの。お父さんには内緒にしててね?」
※ ※ ※
裕美の予想は、ぴったり的中してはいたのだが。星雨が話終わった後、部屋にはちょっと何とも言えない空気が漂った。
「えっと、このこと私たちが聞いてて良かった?」
和美が星雨の顔を伺う。
「ん? おとうさんに話さなければいいし」
別に問題ない、というように星雨が言う。
「この子もしかして天然?」
正美が裕美の耳元でささやく。
「えっ……」
裕美は返事に困った。流星雨という、美しくも珍しい現象が元になった名前を持つ少女は、美しくも、ちょっと変わった性格でもあったようだ。




