第3話:轢音、栄光の尖塔、そして交差する思惑
重い樫の車輪が、早春の解けかけた泥濘むれた荒野の道を軋みながら進む。「ギシリ…ギシリ…」という単調で重苦しい音は、まるで大地が苦しみ呻いているようだった。まだら模様の毛並みの駕馬かばが二頭、白く濁った息を荒く吐きながら、密閉された車体を懸命に引いていた。肌を刺す寒風の中、遠くの地平線上に徐々にその巨大でぼんやりとした輪郭を現しつつあるもの――王都オーレオン――へと向かっての長い旅路だ。
窓の外は、見渡す限りの荒れ地。枯れた黄色い草の茎が寒風に倒れ、また跳ね上がる。それはまるでもがく波のようだった。点々と顔を出した新緑の若芽がおずおずと彩りを添え、この荒涼たるキャンバスにおける唯一の命の気配だった。遠くには、風化の激しい黒い岩丘が黙然とそびえ立ち、太古の巨獣の亡骸を思わせる。鉛色の雲が低く垂れ込み、その端を沈みゆく夕日が、疲れ切った、ほとんど濁ったオレンジ色に染めていた。空気には、湿った土の生臭さ、腐った草根の匂い、そしてかすかな、新芽のほろ苦い香りが混ざり合っていた。
車内は薄暗く、車壁に固定された小さな青銅のランプが、揺らめくかすかな黄色い光だけを提供していた。革、木、埃、そして鉄器や手入れ油の冷たい匂いが混ざり合い、眠気を誘うと同時に漠然とした不安を掻き立てる雰囲気を作り出していた。シオン・ブラックソーンは、王国の使者から支給された、そこそこ厚手の深灰色ウールのマントをしっかりと体に巻きつけ、馬車の揺れに合わせて体を揺らしていた。彼は片側の硬い木製の長椅子に座り、向かいには孤児院から彼を連れ出した男――王女の側近護衛、「開拓の竜尾」、ガーヴィン・ドラゴンスパインがいた。
ガーヴィンは背筋をピンと伸ばし、この揺れる車内にあっても、まるで投げ槍のように微動だにしなかった。濃紺の制式皮鎧が鍛え上げられた体の線を浮かび上がらせ、その上には少しくすんだ銀灰色のマントを羽織り、縁には簡素な竜尾の紋章が刺繍されていた。最も目を引いたのは、左目を覆う黒い革製の眼帯だった。その縁は擦り切れて光沢を帯び、覗く右目は冷たい鋼青色で、刃物のように鋭く、温もりを感じさせない。新雪のような銀髪はきっちりと後ろで束ねられ、浅い傷跡が刻まれた角張った顎のラインを露わにしていた。彼は黙り込んでいた。氷に閉ざされた岩のように。胸が呼吸に合わせてわずかに上下するだけだ。
車内の沈黙はほとんど窒息しそうだった。シオンは自分のやや早まった鼓動をはっきりと聞き取れた。彼はこっそりとガーヴィンの冷たく硬い横顔を一瞥し、すぐにうつむき、指で無意識に左手の甲にある、かすかな淡金色の勇者の紋章をこすった。
(最強の男と二人きりかよ…しかも話しかけたら即首飛びそうなオーラ全開じゃねえか。くそ、覚悟決めねえとな。メインクエストは進まなくても、好感度ゲージをほんの少しでも上げられれば御の字だ…)
この息苦しい沈黙を打ち破るため、シオンは深く息を吸い込み、勇気を振り絞って口を開いた。
「ガーヴィン…様?」 彼は探るように呼びかけた。
鋼青色の隻眼がじっと彼に向けられた。その視線は静かで波立つこともなく、わずかにうなずくだけだった。その目は皮肉を貫き、魂を覗き込むかのようだった。
(マジかよ、怖すぎる…)
「えっと…長旅、お疲れ様です」 シオンはぎこちなく社交辞令を試み、手のひらにうっすら汗をかいた。
「職務である」 ガーヴィンの答えは簡潔で力強く、声は低く落ち着いていて、金属のような質感があり、全く感情の揺れがなかった。
(おっ、好感度ほんのちょびっと上がったか? なら質問タイムだ。孤児院の連中は何も知らねえし、現代日本人のRPG常識も全く役立たず。このゲームのチュートリアル、クソすぎだろ…)
覚悟を決めた。好感度不足での即死ペナルティは勘弁だ。
「あの…この『システム』についてですが」 シオンは左手を上げ、手の甲の紋章がかすかな光の下でかすかに光った。「それと…レベルアップとかスキルとか…孤児院にいた時は…ぜんぜん…動きがなかったんです。経験値ゲージもほぼゼロのままで」 彼は不満というより、純粋な困惑のように聞こえるよう努めた。
ガーヴィンの視線がシオンの手の甲にしばらく留まった。「荒野は魔力希薄。師もいない」 彼は口を開き、声は相変わらず低かったが、ほんのわずか説明の気配が加わった。「戦いの経験なくして、体と魂は十分な力の精髄を吸収できぬ。王都は違う。特に栄光尖塔の下は、魔力が潮の如く集う。専用の訓練場もあり、実戦の圧を模す」 彼は間を置き、隻眼をシオンにまっすぐ向けた。「スキル…は空から降るものではない。明師の導きで関所を破り、あるいは生死の狭間で、本能として目覚めるものだ。熟達の道は、使い倒すのみ。剣で敵を斬り、火で物を焼け。回数が増せば威力は増し、体得は深まり、熟練は高まる。権能…天賦の力は、血脈や神器を介し、あるいは強力な装備によって授かる…後天の努力のみでは得難し」
(現実はクソだ…魔物も英才教育もない孤児院生活(チュートリアル保護期間)が諸悪の根源かよ。三歳から剣を振りまくって開幕から無双ドヤる夢、見事に打ち砕かれたわ…)
まあいい。俺が勇者なら、当然対になる魔王がいるはずだ。アドベンチャー魂に火がついたぜ。魔王がクールな御姐おねえさんだったらサイコーだけどな…。
「じゃあ…最終目標は、魔王の討伐ですよね?」 シオンが追い打ちをかけた。
「然り」 ガーヴィンの答えは断固として、鋼青色の隻眼に初めて揺るぎない炎が灯った。「魔王とその眷属は東方の枯死荒原に巣食い、付かず離れずの厄介者として、王国及び人類諸国の安寧を脅かしている。魔王を討ち、魔災を掃討し、王国の民を守ることこそが、勇者が背負う宿命であり、至高の誉れである!」 彼の口調には軍人特有の力強さと、信仰にも似た篤い思いが込められていた。
(魔王の性別は聞きづらいな…でも世界観は想像以上にデカい。探索エリアが広がればゲーム性も上がる。情報収集はマストだ。チュートリアル(孤児院)にマップすらないのはマジでお粗末すぎる…)
「人類諸国って…ヴェランディル以外にもあるんですか? その…関係は?」 シオンがチャンスとばかりに尋ねた。
ガーヴィンはわずかに間を置いた。言葉を選んでいるようだった。口に出せることと出せないことを計っているようにも見えた。「南方、精霊は新たな樹海に引きこもり、魔法の障壁を築き、世事に関わらぬ。南西、獣人の部族は首長国に治められ、気性荒く、時に国境を侵す」 彼の声はわずかに冷たくなった。「北方は」 「オデッセイアン帝国、唯一神正教を背き、異端の邪説を奉じる。人類が主とはいえ、獣人と密かに通じ、我らが南方の豊かさを虎視眈々と狙う。王国の心腹の患いだ! 東部戦線、アスカロン共和国は我が王国と隣接し、魔族を共に防ぐ。然しながら、その国力は衰えつつあり、防衛線は逼迫ひっぱくしている」 彼は言葉を変え、かすかに気づかれないほどの重苦しさを帯びた。「より西の砂漠や異邦…は遠すぎる。今の我々の急務ではない。王国…ヴェランディルは、この強敵に囲まれながら、開拓者の誉れと信仰を守り続けているのだ」 最後の言葉には、強い帰属意識が込められていた。
(なるほど、俺様勇者のやることは盛りだくさんだな。まず魔族をぶっ潰して魔王様(♀?)をハーレムメンバーに(♂なら即消去)。次に南方でエルフのお姉様をゲット。最後に西方で獣耳娘を仲間に。未来がパッと開けたぜ。前世でダラダラしてた俺が、異世界で明確な目標を得た瞬間だ!)
ちょうどその時、馬車はより平らで堅い道に乗り移ったようで、揺れがずっと少なくなった。ガーヴィンは黒い革手袋をはめた手を上げ、人差し指でシオンの側の車窓のカーテンをほんの少しだけそっとめくった。
「見ろ。オーレオンだ。そして…栄光の尖塔が。」
......
王都オーレオン、王宮深奥、謁見の間の隣にある小会議室。
分厚い樫の扉が閉ざされ、外の物音を一切遮断していた。室内の照明は意図的に落とされ、巨大な石造りの暖炉には高価な無煙松薪まつまきが燃え、パチパチと音を立て、跳ねる炎が磨き上げられた黒曜石の会議卓に揺らめく影を落としていた。天井から吊り下げられた枝付き魔法水晶シャンデリアは、冷たい白い、温もりのない光を放ち、暖炉の温かな光と交錯して、冷たさと熱気が共存する不気味な雰囲気を作り出していた。空気には松の香り、古びた羊皮紙のカビ臭さ、高級な薫香の匂い、そして目に見えない、息詰まるような緊張感が漂っていた。
長卓の一方の主位は空席だった。左側、レオナ王女を筆頭に、華やかな衣装をまとい、表情は控えめか傲慢な王党派の中心メンバーが端座していた。レオナ王女は今日、完璧なシルエットの月白色ビロードのロングドレスを纏い、襟元と袖口には星屑のような小さなサファイアが散りばめられ、金髪は滝のように垂れ、碧眼は透き通り、口元には無垢で無邪気な、ほのかに憂いを帯びた微笑みを浮かべていた。まるで神殿の壁画から飛び出した聖女のようだ。彼女の後ろ半歩、完璧な背景のように、質素な濃灰色のメイド服を着た少女――セリーナ・シャドウウィーブ(エリー・ブラックソーン)が控えていた。彼女はうつむき加減で、長い黒髪が顔の大半を隠し、両手を前に組み、恭順というよりは硬直した姿勢で、息遣いさえほとんど感じられず、命のない石像のようだった。会議の間中、彼女は微動だにせず、一切の音を立てなかった。
右側は、護民官マルクス・フレイヴィアスが筆頭だった。フレイヴィアスは小太りで、「民生」と「公正」を象徴する深紫色の金糸で麦穂と天秤を刺繍したベルベットのローブを着ていた。顔には世慣れた、永遠に変わらないような微笑みを湛えている。金縁眼鏡の奥の目は鷲のように鋭く、冷静に場内を見渡していた。彼のそばには、同じく上質な服を着て、表情は抜け目なさげか陰険な役人たちが座り、護民官派の幹部たちだ。
会議はすでにしばらく続いており、鉛のように重い空気が流れていた。議題の核心は、間もなく謁見する七人の勇者とその資源配分、そしてより深層では、この新たな力の掌握権を巡る争いだった。
「王女殿下の慈悲深きお心、神に選ばれし勇者お一人お一人を想いやられる、まことに王国の幸いでございます」 フレイヴィアスが再び口を開いた。声は滑らかで心地よく、上質な絹が撫でるようだが、疑いを許さぬ貫禄があった。「しかし、国のかかる大事、祭祀さいしと軍備にあり、さらに『慎重』にこそありましょう。ケイン・ブライトブレード様、ご家門は由緒正しく、ご天資卓抜、『白獅隊』による手厚いご養育、資源も豊富、当然の措置でございます。ブリジット・アンヴィル様、武門のご令嬢、勇猛剛毅ごうき、わが『鉄甲団』が提供する、その御風格に最も適した厳しい訓練と実戦での鍛錬こそが、その潜在能力を最速で引き出し、国にお役に立てる道でございましょう。レックス・スライフォックス様、機知に富み謀略に長け、御尊父は商会の領袖、王国財政に多大なご尽力を賜っております。その御子息の才を、情報連絡、兵站へいたん統括に充てれば、必ずや大いにご活躍され、労少なくして功多きを得られること必定」
彼は言葉を変え、笑みはそのままに、眼鏡の奥の視線を鋭く相手に向けた:「残るお三方の令嬢――御大商人ご令嬢のリアナ・ソフトフェザー様、武門ご分家のフェリス・フレイムハート様、学者貴族のシルラ・スティルウォーター様、いずれも一長一短、具体的なご配慮は追ってご協議申し上げます。しかしながら」 彼はわずかに言葉を引き延ばし、視線をレオナ王女の背後にある空間へと流した。「かの黒茨孤児院出身のシオン・ブラックソーンについては…僭越ながら申し上げます。その出自は卑賎、能力は…未だ顕現せず、システム画面も死せるが如し。王国の資源は有限、特に『栄光尖塔』中核部の訓練スペースは、魔力濃度が桁違い、開拓者先達の意志の刻印を宿す、まことに貴重なる宝地! かかる場所を、潜在能力未知数、いや『勇者の涙』の召喚機構そのものに『異常』(彼はこの言葉をそっと吐いた)が存在するが故の不安定さすら疑われる個体に充てることは…いささか軽率ではございませんか? 古の残巻には、『異常召喚体』が災禍をもたらしたとの仄めかしも記されております」 彼は場内を見渡し、口調に重みを込めた。「魔王軍は東部荒原に虎視眈々、アスカロン共和国の防衛線は風前の灯! 王国の財政も民心も張り詰めた弦の如し! この時、いかなる内なる不必要な『リスク』も、駱駝らくだの背を折る最後の藁いわになりかねませぬ! 王国の大局を鑑み、彼を外部観察区に置き、その価値を証明せしめるまで、ご処遇は猶予されるべきと、謹んで申し上げる次第でございます」 彼は巧みに「リスク」を「王国存亡」「財政逼迫」と結びつけ、再び「古の記録」を煙幕として撒いた。
(当然だ、我々は王女一派より先にシオン・ブラックソーンの行方を掴み、手を打ってある。我が派への勧誘は容易い。王女にシオンを諦めさせさえすれば、彼を影の切り札の一つとしやすくなるのだ…)
護民官派を支持する一人の役人が即座に同調した:「護民官閣下のご高慮、まことに周到! 東部戦線は逼迫、共和国は必死に耐え、魔王軍の攻勢は日に日に激化! 我が国の勇士がアスカロンで血を流すこの時、後方の資源はより一層の算段を以て、刃にこそ使われるべき! 孤児など…確かに観察が必要です!」
レオナ王女の無垢な微笑みは微塵も揺るがなかった。彼女は優雅に面前の銀のカップを取り、花茶を一口含み、碧眼を流してフレイヴィアスを見た。そこにはちょうどよい程度の困惑と慈愛が浮かんでいる。
「フレイヴィアス卿の憂国憂民、その篤いお志、わらわ深く感じ入っております」 彼女の声は清泉が玉を打つようで、耳に心地よい。「されど、『勇者の涙』は唯一神の御下賜、七人の勇者は皆神意を奉じて降臨し、世を救う重責を担う。神意は海の如く、深く測り難し。凡俗の眼をもって推し量るべきでしょうか? シオン・ブラックソーン、その出自は…慎ましきもの」 彼女はわずかに眉をひそめ、もっと傷つける言葉を口にするのを忍ぶかのように。「ではございますが、宝珠が選びし者には、必ずや深き意味あり。彼を栄光尖塔の中核に置き、最純粋な魔力の潮流を浴びせ、開拓者先達の英霊の意志を感じさせこそが、神託に従い、その神授の潜在能力を引き出す唯一の正道! これは浪費にあらず、王国の未来に対する最も深き責務の遂行でございます!」 彼女は再び「神意」と「開拓者正統」を強調し、道徳的・法理的優位に立ち、フレイヴィアスの「リスク論」を「神託違背」と「短慮」と定義した。
(フレイヴィアス:ちっ、己も差別しておきながらしつこく拘るとはな…)
王党派の老貴族が興奮して机を叩いた(礼を失しない程度の力加減で):「王女殿下の仰せ、まことにご尤も! 勇者は国の盾矛たてほこ、いわんや出自を以て廃せんや! 栄光尖塔は開拓者の誉れの集う地、魔力の源、まさに勇者が育つ聖域! シオンを中核に置くこそ、王国の神託への篤信を示すもの! フレイヴィアス卿の申す『リスク』など、杞憂きゆうに過ぎぬ! 宝珠の神威を疑うとは何事ぞ!」
......
カーテンが開かれ、視界が突然広がった。
異常に幅広く、巨大な青石板で舗装された中央大通りが真っ直ぐ遠くへと伸びていた。道の両脇には、ぎっしりと並んだ石造りの建物が立ち並び、その様式は荒々しく重厚で、ほとんどが灰白色か深褐色だった。店の看板が風に揺れ、酒場の喧噪、鍛冶屋のカンカンという打撃音、行商人の甲高い呼び声、車輪が石畳を軋ませる轟音…様々な音が一つの活気に満ちた、しかし騒がしい奔流となって押し寄せてきた。空気には焼きたてパンの焦げた香り、熱いスープの湯気、馬の獣臭、人混みの汗の匂い、そして…巨大な都市特有の、埃と金属が混ざり合った複雑な匂いが漂っていた。
人の流れは織物のようだ。華やかな衣装の貴族が家紋をあしらった馬車で慌ただしく通り過ぎる。皮鎧や布服を着た傭兵、職人、行商人が人混みを縫う。擦り切れたマントをまとった庶民が籠を提げる。ぼろをまとった乞食が路地にうずくまり、虚ろな目で通行人の足元を追う。巡邏じゅんらの兵士たちが整然とした足取りで通り過ぎ、冑かぶとや鎧が薄暗くなりゆく空の下で冷たい光を反射している――ガーヴィンのような深紺に銀の縁取り、胸当てに咆哮ほうこうする獅子の首が刻まれた者(白獅隊)もいれば、暗赤色に黒い縁取りの鎧を着て、表情はより冷たく、眼光は鷲のように鋭い者(鉄甲団)もいた。二種類の兵士が時折すれ違うが、その雰囲気は明らかに無言の緊張を帯びていた。
しかし、この喧噪と複雑さの全てが、馬車の前方にそびえ立ち、まるで天を支えているかのような巨躯の前では、小さく取るに足らないものに思えた。
栄光尖塔!
それは人の手による建造物とは思えなかった。大地の深淵から生え出て、蒼穹そうきゅうを貫く、魔幻の奇観そのものだった!
その基部は、窒息しそうなほど巨大で、深く、濁った、何千年もの血と炎が凝結したかのような焦げた黒色を呈していた。それは滑らかな表面ではなく、無数の巨大で歪んだ、溶岩が冷え固まったかのような恐ろしい溝や深い孔が刻まれていた。いくつかの孔の奥深くには、かすかに暗赤色の、炉の残り火のような光が脈打ち、不安を掻き立てる熱気と硫黄の微かな臭気を放っていた。無数の太い、大蛇のような焦げた根(あるいは焼け爛ただれた脈管?)が基部の底から絡み合い、大地深くへと食い込み、まるで地脈の力を吸い取っているかのようだった。さらに心臓を締めつけるのは、この巨大な黒い基部全体の表面を覆う、極めて複雑な、幽青色の光を放つ巨大な魔法のルーン文字だった! それらは生き物のようにゆっくりと流転し、明滅を繰り返し、強大な魔力の波動を放ち、肉眼でも見える半透明のエネルギーの結界を形成し、基部をがっちりと包み込んでいた。結界の表面は時折微細な波紋を立て、基部の内部から来る目に見えない圧力の衝撃に耐えているかのようだった。
この巨大で、暗く、不吉な魔力と太古の威圧感を放つ基部の上から、ようやく真っ白な魔法の白石と輝くミスリルで構築された、輝かしくそびえ立つ塔身が突き出ていた! 塔身は上へ行くほど細く鋭くなり、雲を突き抜け、夕暮れ迫る空を背景に、その塔頂は星々の間に刺さっているかのようだった。無数の小さな、柔らかな白光を放つ魔法のルーン文字が星のように真っ白な塔壁に散りばめられ、ゆっくりと流れ、美しい光の帯を形成していた。塔身の中程には、巨大な環状のプラットフォームが外に張り出し、その上には純粋な水晶で構築された尖塔が幾つもそびえていた。尖塔の頂点からは幾筋もの太い、純白の光柱が空へと噴き上がり、上空の雲をも照らし出し、まるで天地を貫く光の巨剣のようだった! これらの光柱は照明を提供するだけでなく、強力で安定した魔力の波動を放ち、潮の満ち干のように王都全体へと拡散していった。塔身と黒い基部の接合部には、無数の太い、ミスリルとオーキュリーで構築されたエネルギーダクトが見え、血管のように下部の基部結界内で濾過・変換された膨大な魔力を、上にある白い塔身と光柱へと絶え間なく送り込んでいた。
神聖? 輝かしい? そうだ! しかし、焦げた基部から発せられる、深く重苦しい魔力の脈動、流れる幽青のルーン結界、巨獣の呼吸のような硫黄の臭気は、上空の純粋な光、神聖なルーン、天地を貫く光柱と、比類なきほど強烈で、魂を震わせる対比を成していた! それは力の灯台であると同時に、ある恐るべき存在の封印でもあり、文明の記念碑であると同時に、破壊された歴史の残骸でもあった。魔法がここに具現化され、圧倒的な幻想感と異世界感を持って、初めてそれを目にする者の感覚を衝撃で満たした。
シオンは口を開けたまま、息を忘れ、心臓が胸の中で狂ったように鼓動した。衝撃? そうだ! しかしそれと同時に、本能からくる、言い表せない恐怖と小ささも感じた。その焦げた基部は、眠れる悪魔の眼のようであり、天地を貫く光柱は、悪魔の心臓に突き刺さった聖なる槍のようだった。
(カッコイイ…! 俺の異世界魂、覚醒しそうだぜ! これこそが異世界だ!)
ガーヴィンがカーテンを下ろし、車内は再びほの暗い光に包まれた。彼はシオンに向き直った。鋼青色の隻眼が影の中でいっそう深遠に見え、相変わらず表情はなかったが、シオンはほんのわずか…「理解」に似た感情の揺れを捉えた気がした? 気のせいかもしれない。
「衝撃か? 私も初めて見た時はそうだった」 ガーヴィンの声は相変わらず低かったが、以前の絶対的な冷たさはほんの少し薄れていたようだ。「基部は、太古の世界樹『ユグドラシル』の残骸たる主幹である。開拓者たちは精霊の巣窟を焼き払い、ここで森の守護者の暴政を終わらせた」 彼の口調には疑いの余地のない崇敬が込められていた。「彼らはこの勝利の礎を、王国を守る力の源へと改造したのだ! 塔身の輝きは、開拓者の意志の継承であり、王国が屹立きりつする象徴である!」 彼は言葉を変え、かすかに気づかれないほどの陰鬱さを帯びた。「しかし、この輝きの下に、暗き影が蠢う。護民官フレイヴィアスの如き輩は、口々に『民のため』と唱えながら、実は徒党を組み私腹を肥やしている! 彼らは王国の法を無視し、ましてや…北方帝国の背信の異端どもと密かに通じている!」 彼の声には隠そうともしない憎悪が満ち、膝の上で拳を無意識に握りしめた。「彼ら貪欲な目は、すでに『勇者』の力に注がれ、それを権力争いの私物に変えようと企んでいるのだ!」
彼は少し間を置き、感情を落ち着かせているようだった。視線を再びシオンに集中させると、詮索するような目つきは薄れ、代わりにぎこちないほどの率直さがほんのわずかに加わった。「王女殿下は…違う」 この言葉は、彼のイメージに似つかわしくない、奇妙な柔らかさを伴って口を突いた。「私も…あの頃は、お前と同じだった。泥濘ぬかるみの中でもがき、明日も見えず。殿下が…わらわを王都の最も汚れた穴から引きずり出し、剣を与え、道を示してくださった」 彼の隻眼はシオンをじっと見つめた。その冷たい視線の奥に、かすかな炎が灯ったようだった。「殿下に忠誠を誓い、この得難き開拓者の誉れを守ることこそが、我らが存在の意義だ! シオン・ブラックソーン、お前は荒野の出身だが、宝珠が選んだ。それが運命を変える機会だ。フレイヴィアスの甘言に惑わされるな。栄光尖塔の下で己の剣を磨け! 力をもって己の価値を示せ! 殿下のため、王国のため、前路の茨を斬り開け! それこそが…お前の誉れの道だ!」 彼の言葉は相変わらず軍人の直截さと力を帯びていたが、その期待は、過去に触れたためか、ほのかな温もりを帯びているように思えた。
(マジでNPCの決め台詞だな…キャラ造形もできてるしストーリーの方向性も明らかになってて、聞いててちょっとテンション上がるぜ。護民官って王国の勢力なのかよ…王女? この設定、思ったより複雑そうだな。とりあえず言うことを聞いて魔王倒してハーレムメンバー連れて隠居するだけなら政局なんて知らなくていいか…RPGやってるときは、いろんな勢力が暗躍して壮大な陰謀劇が展開されて、部屋で叫ぶほど熱くなりたいもんだ。でも現実は一発勝負。地雷は踏めない。まあ、王女がいるなら王女ルートを攻略する選択肢もあるか…そっちもアリだな…)
......
会議室内、議論はなお続いていた。
フレイヴィアスの顔の笑みは変わらぬまま、瞳の奥には一瞬冷たい光が走った。彼は眼鏡を押し上げ、ゆっくりと応じた。「王女殿下と伯爵閣下の神託への篤信、まことに明らかでございます。下僚、宝珠の神威を疑うなど恐れ多くもございます。ただ」 彼は言葉を急に変え、低く重々しい口調になった。「神威は浩瀚こうかん、凡躯は耐え難し! 古書に記された『異常』は、宝珠の過ちにあらずとも、その器たる者自身が…神恩との間に『隔たり』を有するが故かもしれません? 加えまして」 彼は体をわずかに前に乗り出し、在座一同を見渡し、重い圧力を帯びた声で続けた。「魔王が復活せんとする今、魔物は異常に凶暴化し、アスカロン共和国は必死に耐え、魔族の主力を消費し、我が国に貴重な息をつく機会を与えてくれている! これぞ天与の好機! 我が国はこの溢れ出る魔族と魔王軍主力が東部戦線に釘付けにされている隙に、勇者育成に全力を注ぎ、軍備を整えるべきです! 勇者が育ち、新軍が練成され、魔王軍も共和国との消耗で疲弊したその時…」 彼はわざと間を置き、未だ言い尽くされざる殺意を漂わせた。「我が国が勇者の威と新軍の鋭さをもって東進し、魔窟を掃討し、魔災を根絶やしにできる! いや…長期の戦争で疲弊衰弱したアスカロンさえも、王国の保護と秩序の下に組み入れられるかもしれぬ! これぞ千載一遇の機、王国が窮地を脱し、雄風を再び振るう道! たかが…不確かな孤児一人のために、貴重な資源を分散させ、かくも国運に関わる戦略を遅滞させるなど、言語道断ではございませんか?!」
会議室内は一瞬にして水を打ったように静まり返った。暖炉の薪の弾ける音が異様に耳に刺さる。王党派の面々は顔色を変え、フレイヴィアスの大胆な戦略が予想を超えていたのは明らかだった。レオナ王女の無垢な笑みさえ一瞬硬くなり、碧眼に一瞬、速すぎて捉えがたい冷たい光が走った。
「フレイヴィアス卿!」 比較的中立的な貴族が思わず口を開いた。声には驚きと疑念がにじむ。「この戦略…あまりにも…過激では? アスカロンは名目上我らの盟友! 況んや魔王の強さは…」
「盟友?」 フレイヴィアスは嘲笑したように鼻で笑い、それを遮った。笑みには残酷な皮肉が浮かんでいる。「剣が喉元に突きつけられ、餓死者が路傍に溢れる時、虚名に何の意味がある? 況んや魔王…その強大さゆえこそ、他人の手を借りて弱体化させるのだ! 力衰えた時こそ、我が勇者と新軍の功を立てる時! これぞ現実を見据えた策! 諸侯は、魔王軍がアスカロンを蹂躙じゅうりんし、その矛先を我がヴェランディルの奥地へ向けるのを、座して待ちたいとおっしゃるのか?!」 彼は再び「無為」の結果を恐ろしく描き出した。
レオナ王女は素早く悲天憫人ひてんびんじんの表情を取り戻した。彼女はかすかにため息をつき、声には胸を締めつけられるような憂いが込められていた。「フレイヴィアス卿の深慮遠謀、王国のためとあらば、まことに心打たれます。しかし、盟友の疲弊につけ込むなど、仁君の道とは申せぬでは? 天下の人心を失い、唯一神の仁愛の御旨にも背くこととなりましょう」
(フレイヴィアス:ふん、慈悲を装い、わしを悪役に仕立てようとは…)
「宝珠が七人の勇者を降されたは、神が我ら人族を共に難関を渡らしめ給うしるし! 勇者を育成するは、出身を問わず、力を惜しみなく注ぐべき! シオン・ブラックソーン、神に選ばれし者ならば、栄光尖塔の中核にて、他の六人の勇者と共に、最も正統なる開拓者の継承を受けさせねば! これこそが七勇の力を速やかに結集し、魔王に抗しうる真の剣を形成する道! 決して…資源を分散させ、あの…国格を損なう危険な手を打つべきではない。ただし、もし護民官閣下が申されるように、シオン・ブラックソーンが無用の存在であるならば…」
王女は間を置いた。
「勇者の力を宝珠へ還元することも可能です」
周囲が沸き立った。
「な、なんですと!」
「それが本当におできになるのですか?」
「唯一神と勇者の涙への冒涜ぼうとくでは!」
貴族たちの喧騒が濁った空気を掻き乱した。ただ暖炉の炎だけが音もなく燃えていた。セリーナ・シャドウウィーブは相変わらずうつむき、完璧な影のように控えていたが、彼女がごくわずかに姿勢を調整した時、組まれた指が…ほんの一瞬、ほとんど気づかれないほど…縮こまったように見えた。
......
馬車はオーレオンの巨大な、威厳あるグリフォンと交差した剣盾の紋章が刻まれたアーチ型の城門をくぐった。喧騒の波と複雑な匂いが一気に車内に流れ込み、閉じられた車扉で大半が遮られた。車輪は王都の内城のより平坦だが、それでも歳月の痕跡を帯びた石畳を軛くびき、鈍い反響音を立てた。カーテンの隙間から、シオンはさらに多くの華麗な建物、厳重に警備された検問所、そして遠くの宮殿群が夕闇に落とす巨大な影を見ることができた。
ついに、馬車はゆっくりと威風堂々とした宮殿の翼廊のアーチ門前に停まった。門の上枠には、巨大なヴェランディル王国の紋章が、両側で燃え盛る松明たいまつの明かりに照らされ、冷たい金属光沢を反射していた。石段は厳めしく、柱は高く聳え、衛兵が彫像のように立ち並び、鎧と槍が炎の光に冷たい輝きを放っていた。
車扉が外から開かれ、冷たい夜風が石材、薫香、そしてかすかな鉄錆の匂いを伴って流れ込んだ。ガーヴィンが真っ先に立ち上がり、その動作は豹ひょうのように素早く、銀髪が炎の光の中を冷たい弧を描いた。彼は車の脇に寄り添うように立ち、鋼青色の隻眼がシオンを見据え、わずかにうなずいた。
「着いた。謁見の準備だ」
シオンは深く息を吸った。空気中の複雑な匂いが少しめまいを感じさせた。彼は最後に、かすかだが粘り強く点滅する左手の甲の勇者の紋章を見つめ、マントをしっかりと握りしめ、一歩を踏み出して馬車を降りた。
足元は冷たく硬い、磨き上げられた宮殿の石板だった。眼前には聳え立つ厳めしい宮壁、沈黙の柱、そして衛兵たちの無感情で詮索する視線があった。栄光尖塔の巨大で歪んだ基部の影が、まるで間近にあるかのように、この宮殿を、そして彼の心を、音もなく覆っていた。
王都オーレオン、着いた。
栄光尖塔、見えた。
誉れと闇、希望と陰謀が絡み合う運命の渦中が、彼を完全に飲み込んだ。




