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第2話:紋章、枯れ枝と旅立ちの前夜

早春の寒さが、黒茨くろいばら孤児院を取り巻く荒野に、頑固な薄氷のようにまだ残っていた。夕暮れの風は、真冬の刺すような冷たさは抜けているものの、まだ肌に突き刺さるような冷たさで、丘の斜面に点々と顔を出した、おずおずとした新緑の草の芽を揺らしていた。鉛色の雲の端が、沈みゆく太陽に疲れたオレンジ色に染められていた。空気には、湿った土と枯れ草、そして積もった落ち葉の匂い、それにほのかな、新芽のほろ苦い香りが混ざっている。

シオン・ブラックソーンは、孤児院の裏手にある見慣れた小高い丘の上に立っていた。日当たりの良い斜面では、数本の山桜が頑なに淡いピンクの蕾を開いていて、暮れなずむ空に小さな星火のように見えた。彼は、節くれだった枝に小さな黄緑色の新芽を付けている老いた樫の木にもたれかかり、長年使い込んでつるつるになった樫の枝を握りしめていた。今、彼は背丈ほどもある、黙って頑なな岩に向かって、切りつける動作を繰り返している。

フゥーッ、パン。フゥーッ、パン。

木の棒が冷たい空気を切り裂き、岩に当たって鈍く単調な反響音を立てる。期待した金切り音はなく、手のひらの親指の付け根に微かな痺れが走るだけだ。十五歳の体は、洗いざらされて色褪せ、少し大きめの粗末な麻の服に包まれ、動作に合わせて揺れた。こめかみににじんだ細かい汗が、冷たい風ですぐにひんやりとした。

まただ…進歩なし。

斜め切り、横薙ぎ、突き…頭の中には漫画で見たあのカッコいい技がはっきり浮かんでいるのに、体は錆びついた歯車みたいに動かない。

「全身全霊斬り」

でもなんの役にも立たない。

システム画面は、剥がれない背景みたいにそこにある:【職業:勇者 (Lv 1)】。

経験値ゲージ? 進み具合が遅すぎて、フリーズしてんじゃないかと疑いたくなる。

レベル上限なし? 聞こえはいいけど、こんな辺鄙な場所じゃ、空手形を抱えてる気分だ。

マーサおばさんは、王都オーレオンは魔力が濃いって言ってたし、あの栄光の尖塔は王国の栄光が集まる場所だとも…本当だといいんだけど。

明日…明日でここを出られる。

彼は動作を止め、息を整え、手を上げて冷たくなった額の汗をぬぐった。視線は左手の甲へ落ちる。そこには、複雑な線と微かな光で構成された刻印が、心臓の鼓動のように軽く脈打っていた——勇者の紋章。

あの時、まるで空中から焼き印を押されたみたいに、焼けつく痛みと共に突然現れたんだ。

湿った薪が腐った匂いを放ち、腕にずっしりと重かった。斜めに差し込む夕日の光が、汚れた中庭を非現実的な金色に染めていた。その時、手の甲に鋭い焼けつくような痛みが走った! まるで真っ赤に焼けた針で思いっきり刺されたみたいに!

「ちっ…!」 薪が手から離れ、バラバラと地面に転がった。

「シオン? どしたん?」 隣でを使って乾いた草を選り分けていたマーサおばさんが顔を上げた。濁った目に心配の色が浮かんでいる。

下を見る。手の甲の皮膚の下で、何かが光っている? 淡い金色の、見たことのない紋様が、生き物のように絡み合い、広がっていく…血でも汚れでもない。

ついに来た! 俺の異世界チートスキルが!

巡回の役人、あのいつも仏頂面で、目つきがナイフみたいに人を削る男が、丁度名簿の確認に来ていた。その光を見て、彼は目を見開き、数歩駆け寄って俺の手首を掴んだ。その握力は驚くほど強かった。

彼は紋章をじっと見つめ、唇を無言で数度動かした。顔にはまず驚きが走り、次に…言葉にしがたい、貪欲に近い熱狂が浮かんだ。

あの日以来、全てが変わった。

再び木の棒を握りしめ、岩に向かって、より一層力を込めて振り下ろす。動作には負けん気が込められており、まるでこの一ヶ月間の鬱憤と期待を全てそこに叩きつけようとしているようだった。

そう、俺はずっと異世界で俺TUEEEになることを夢見てきたんだ。

今までの苦労は全部未成年のせいだ。だって、暴力的な戦場での殺戮も、ハーレムでの夜の饗宴も、元の世界じゃ全部18禁コンテンツだもんな(笑)。

ずっと我慢してきた。

だって生まれた時からそう思ってたから…

白い光…引き裂かれるような激痛…そして息が詰まるような暗闇。

再び目を開けると、低く、蜘蛛の巣だらけの天井が目に入った。

体の下は石のように硬い板のベッドで、カビ臭さと安い消毒液の混ざった、不快な匂いがしていた。

頭の中はごちゃ混ぜだった:知らない言葉、奇妙な知識(例えば「システム」とか)、そしてこの体の名前——シオン・ブラックソーン。

孤児院の日常は色あせた無声映画のようだった:朝は麦粒が数えられるほど薄いおかゆ、夕方は石のように硬い黒パン、時々しなびた黄色い野菜があれば御馳走だった。

マーサおばさんが食事を配る時は、いつも濃いなまりの声でつぶやいた。「唯一神の恵みに感謝せんとな…」

行動範囲? この中庭と周りの丘だけ。マーサは厳しく見張っていて、外には危険な魔物がいる、それ以上に危険な子供攫いもいると言っていた。

どうやらこの異世界はラノベの中身よりリアルらしい。

でも、前世で憧れた、いわゆる幼馴染を手に入れた…

陽だまりが、新芽を出したばかりの草地に暖かく降り注いでいた。

エリー・ブラックソーンがそばに座り、膝の上には表紙も見えないほどボロボロの絵本が広げられていた。

彼女の髪は陽の光で栄養失調気味の薄茶色に見え、ぼさぼさだったが、目はとても輝いていて、小川で洗われた黒曜石のようだった。

「シオン、見て!」 彼女がページの上に広がる濃い緑を指さした。「本に書いてあるよ、森ってこんなんなんだって! すごく大きくて、木はめっちゃ高くて、葉っぱは緑色なんだ! ここの枯れ草みたいじゃなくて…」

彼女は振り向き、キラキラした目で俺を見た。「シオンがすごい剣の技を覚えたら、本物の森に連れてってくれる? 一緒に探検しよう!」

そう言いながら、彼女はこっそり手の中で小さく裂いた、比較的柔らかいパンの端っこを俺に押し込んだ。指先には陽の温もりが残り、触れた感触はひんやりとしていた。

俺はうなずいた。心の中ではあのラノベの主人公たちを思い浮かべながら、初めて「力」という言葉に具体的な意味を見出した——彼女をあの緑の場所に連れて行くための力。

風がやや強くなり、早く散った桜の花びらを数枚巻き上げた。シオンの動作はゆっくりになり、視線は自然と孤児院の方向へと流れた。石造りの輪郭は暮れゆく空気の中でますます深い影を落とし、小さな窓がほんの数枚、ぼんやりとした油ランプの温かくもかすかな光を漏らしているだけだった。

しかし、王道の展開はやっぱり来るんだ。

あの日の寒さは今日よりも厳しく、空はもっと陰鬱だった。

ピシッとした黒い制服を着た数人の男たちが、薄暗い玄関ホールに、冷たい彫像のように立っていた。

彼らには独特の匂いがした。革と金属、それに…形容しがたい、消毒液みたいな冷たい匂いが混ざっている。院長は背を丸め、俺が今まで見たことのない、媚びへつらうような笑みを浮かべながら、小声で彼らと何かを話していた。

そして、エリーが呼び出された。彼女は洗いざらして色あせた古いワンピースを着て、小さな顔は少し青ざめていた。

彼女が振り返った。いつも輝いていたあの目に、今は当惑と…小動物のような恐怖が満ちていた。俺は前に出ようとしたが、足が鉛のように重かった。マーサおばさんのごつくて力強い手が、鉄の鉤のように俺の腕をぎゅっと掴み、爪が食い込んで痛かった。

「エリー…」 声が喉に詰まった。

彼女は答えなかった。ただ、あの二人に…ほぼ腕を掴まれるようにして、外に連れ出された。門の外には、真っ黒な塗装で、窓が厚い布のカーテンでびっしり覆われた馬車が停まっていた。ドアが開き、底知れぬ口のようだった。彼女は押し込まれ、声を上げる暇さえなかった。ドアが「バン!」と閉まり、視界を遮った。

重い車輪が凍てついた地面を軋ませ、「ギシッ…ギシッ…」という単調で冷酷な音を立て、荒野の夕闇の彼方へと次第に消えていった。

院長は振り返り、無表情で言った。「お嬢様は、お幸せな生活を送るために、お偉いお方にお引き取りいただきました」

マーサの手はまだ俺をしっかり掴んでいて、彼女が微かに震えているのが感じられた。

玄関ホールには、あの冷たい革と金属の混ざった見知らぬ匂いと、死のような沈黙だけが残った。あの森の約束は、風前の灯のように、パッと消えてしまった。

大丈夫だ。ストーリー通りなら必ず助け出せる、絶対に。

自分に必要なのは、力を蓄えることだけだ。

冷たい空気を深く吸い込み、木の棒を握りしめる。

剣を振る。ひたすら振る。どんどん速く。

九頭龍閃くずりゅうせん!」

疲労が筋肉を引き裂く。

俺は一体何やってんだ、マジでダッセェ。

勇者…明日が新しい始まりだ。エリー、待ってろ。お前がどこにいても、必ず見つけ出す。

緑の森…見せる。必ず。

エルフのお姉さんや、獣耳娘は…まあ、いいや。一途な騎士ってのも悪くない。

力、まずは力を手に入れねば。

彼は全身の力を一点に集中させ、その黙した岩に向かって、何かを宣言するかのように低く唸るような声を上げた。

木の棒が風を切って落ちる!

「パキッ!」

乾いた割れる音が、静かな荒野に鋭く響き渡った。

手にした樫の枝が音を立てて真っ二つになり、上半分がくるくると回りながら飛んでいき、斜面の下の草むらに消えた。

シオン:「……」

彼はその場に呆然と立ち、手にしたギザギザの切断面と、岩の上に一つも傷さえついていない衝突点を見比べた。冷たい風が吹き抜け、ピンクの桜の花びらと枯れ草の葉を数枚巻き上げ、サラサラと音を立てた。力んだためにほてっていた頬の赤みはすぐに引っ込み、早春の夕暮れの微かな冷たさだけが残った。気まずさと諦めが込み上げてきた。

………折れたか。まあ、いいさ。古いもんが去らなきゃ新しいもんは来ねえ。明日…明日には本物のやつが手に入る。

そう自分を慰めようとしたが、荒野の夕闇は静かに迫っていた。丘の下から、風の音を突き抜けて、マーサおばさんのあの聞き慣れた、焦りを帯びた呼び声が聞こえてきた。

「シオン——! シオン・ブラックソーン——! もう暗くなりよるで! 早よ帰らんと、夕飯のおかゆがぐずぐず固まっちまうわ! 夜風で凍りついて氷になりたいんか? それとも魔物のオヤツになりたいんか?!」

マーサのずんぐりした影が孤児院の裏口の明かりの中に現れた。そのほの暗い光の輪が、深まる夕闇の中でひときわ温かく見えた。

シオンはハッと我に返り、使い物にならなくなった半分の木の棒を投げ捨てた。無意識に、かすかだが確かに点滅し続ける手の甲の紋章の光をもう一度見た。

「はーい! マーサおばさん!」 彼は少年らしい澄んだ声で応え、丘の下の温かな明かりへ向かって、小走りに駆け下りていった。

荒野の風が新芽の草と山桜の蕾をなでた。丘の上では、老いた樫の木の新芽が薄明かりの中でそっと揺れていた。あの無言の岩のそばには、半分に折れた木の棒だけが、深まる影の中にひっそりと横たわっていた。それはまるで、忘れられた終止符のように、荒野の孤児、シオン・ブラックソーンがこの荒野で過ごした最後の夕暮れを告げていた。

明日、未知なる運命へと向かう車輪が、動き出す。

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