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ベッドの上で✗✗です…!

「…なくるちゃん、お願い!」



部屋着姿のわたしに向かって顔の前で手を合わせるのは、姉のあいくちゃん。



「どうしても行かないとだめ…?」


「うん!急遽、1人これなくなって…!インフルだって〜…」


「暖かくなってきたけど、最近また流行ってるってニュースで言ってたもんね」


「だから、お願い〜!なくるちゃんしかいないの〜!」



わたしに泣きつくあいくちゃん。


姉の威厳ゼロだ。




わたしの名前は、日南(ひなみ)なくる。


榮林(えいりん)高校に通う、高校2年生。



とはいえ、今は春休み。


この春休みが明けたら、高校3年生だ。



そして、わたしにせがんで離れないあいくちゃんは、わたしの3つ年上で現役女子大生。



2年前から、あいくちゃんと実家で2人で暮らしている。


両親は、今地方に住んでいる。



お父さんが仕事で転勤することになり、家事がなにもできないお父さんのために、お母さんがいっしょについて行ったのだ。



わたしとあいくちゃんはある程度家事はできるし、転校もしたくなかったから2人で実家に残ることに決めた。



もともと仲のいい姉妹だったから、2人で暮らしていてもそれほど困ったことはない。


だけどたまに、あいくちゃんがこうして甘えてくるのだ。



わたしより3つも年上だというのに、たまに子どもみたいになるときがある。



そもそもわたしたち姉妹は、まったく似ていない。



あいくちゃんは、エアリー感のあるゆるふわのボブ。


服装は、花柄やパステルカラーのやわらかい雰囲気漂うスカートやワンピースを好む。



一方わたしは、黒髪ストレートのロングヘア。


服装も、スキニーパンツや動きやすいスポーティーな格好が好き。



それに、身長169センチのわたしに対して、あいくちゃんは160センチ。



そういう見た目の違いから、幼いころからわたしのほうがお姉ちゃんだと勘違いされることはよくあった。



そんな妹みたいなお姉ちゃんが、今わたしに駄々をこねている。



というのも、今日の夜の6時から同じ大学の女友達3人と食事をしにいくらしい。


だけど、それはただの食事会ではない。



順を追って説明すると、あれは今から半年ほど前――。


あいくちゃんは街で、カットモデルにならないかと声をかけられた。



声をかけてきたのは、金髪のウルフカットの若い男の人。


名前は理人(りひと)さん、22歳。



その瞬間、あいくちゃんは理人さんに一目惚れ。


カットモデルの話を受け、それが終わったあとも、理人さん指名でその美容院に通い続けている。



そしてこの前、ついに連絡先をゲットしたんだそう。


2人ともくっさいチーズが好きだという話で盛り上がり、それで今度、最近新しくできて話題になっているチーズ専門店のダイニングバーへ行こうと。



2人で行けばいいものの、それだと理人さんへの好意がバレてしまうと気にしたあいくちゃん。


そこで、それぞれ友達3人ずつを連れてきてみんなで食事をしようという話になったんだそう。



それはもはや、いわゆる『合コン』というやつだ。



そうして4対4で会うはずが、急遽あいくちゃんの友達がインフルエンザにかかって出席できないと、さっきドタキャンの連絡が届いた。



人数が揃わないと中止になるかもしれない。


だから、あと2時間ほどで支度して食事会に行ける人を探しているあいくちゃん。



あいくちゃんは、この2年近く彼氏がいない。



前の彼氏にはこっ酷く振られ、見ていられないほどに落ち込んでいる時期があった。


それで男性不信にまで陥って、しばらくの間は恋愛の楽しささえも忘れてしまっていたあいくちゃんだったけど――。



「なくるちゃん…どうしよう!好きな人ができたかもっ…!」



カットモデルから帰ってきたあいくちゃんの初々しいくらいに照れた顔は、今でも鮮明に覚えている。



今度は、いい恋ができたらいいな。


そう陰から応援しようと思った。



だから、せっかくの理人さんとの食事会は壊したくない。


できれば、わたしも力にはなりたいけど――。



「…でもあいくちゃんの友達ってことは、みんな大学生だよね?わたし…浮かない?」


「大丈夫、大丈夫!だってなくるちゃんって、すごく大人っぽいし!ただでさえ高校生には見えないんだから、絶対に大丈夫だよ〜」


「それに、理人さんって…22歳だっけ?連れてくる理人さんの友達って人たちも、みんなそれくらいの年齢の人たちだよね?」


「うん。中学のときの同級生って聞いてるよ」


「だったら、余計に無理だよ…!そんな年上の男の人となんて…、なに話していいかわからないし」


「だから、大丈夫だって〜。なくるちゃんは、うんうんって相づちしておけばいいから」


「…と言われてもなぁ」



正直、どちらかというと男の人って苦手だったりする。


学校の男の子だって、くだらない話とかで馬鹿騒ぎしててよくわからないし。



「お願い〜、なくるちゃん!このとおり!」



わたしの前で、手を合わせるあいくちゃん。



…まあ、あいくちゃんがそこまで言うのなら。



それに、くっさいチーズとまではいかなくても、わたしも大のチーズ好き。



あいくちゃんが予約してくれている、今日の食事会の場であるチーズ専門店のダイニングバーには興味があった。



だから――。



「わかったよ。終わってすぐに帰ってもいいなら」



あいくちゃんのお願いを引き受けることにした。



「それはもちろん!なくるちゃん、まだ未成年だしね」


「もう明日で成人だよ」



明日の4月3日で、わたしは18歳。


つまり、成人の仲間入りだ。



「それじゃあ、今から準備するね」


「ありがとう〜、なくるちゃん!」



年上の男の人との食事会はあまり乗り気にはならないけど、あいくちゃんのこのほっとした顔を見たら仕方ないなと思っちゃう。


それに、『社会人経験』という名目として行ってみるのも悪くないのかもしれない。




* * *




待ち合わせのチーズ専門店のダイニングバーにあいくちゃんと向かう。



「あっ、あいく〜!」


「こっち、こっち〜!」



お店の前で、ぴょんぴょんと飛び跳ねる2人の女の子を見つける。



「お待たせ〜。みっちゃんインフルでこれないって連絡きたから、急遽あたしの妹のなくるちゃんを連れてきたのっ」


「はじめまして、日南なくるです。姉がいつもお世話になっております」



お辞儀して頭を上げると、なぜかあいくちゃんの友達2人はぽかんと口を開けていた。



「…えっ。あなたが…なくるちゃん?」


「大人っぽい妹がいるとは聞いてたけど、…本当に高校生!?」


「は…、はい。一応…」



あいくちゃんの友達が迫るようにぐっと顔を近づけてくるものだから、わたしは苦笑い。



あいくちゃんの友達2人ともあいくちゃんと同じくらいの背丈で、服も淡い色のゆったりとしたスタイル。


服の雰囲気もあいくちゃんと似ているから、気の合う友達同士なんだというのがわかる。



それに比べてわたしは、白のTシャツの上からライダースを羽織り、スキニーパンツにパンプスを合わせた細身スタイル。


学校のときもよりもしっかり目にメイクして、いつもはストレートの髪も巻いて、年下に見られないように大人っぽく仕上げてみた。



だけど、それが逆にこの3人といっしょに並ぶと余計に年上に見えて浮いて、しかも身長はわたしだけが飛び抜けていることによって、さらに目立ってしまっていた。




ひとまず、わたしたちは店内へ入る。


店員さんに、あいくちゃんが予約していてくれていた個室へと案内される。



「とりあえず、あいくは噂の理人さん狙いだっけ?」


「うん!」


「それにしても、理人さんの友達ってどんな人たちかな?」


「楽しみだよね〜。でも今日は、あいくと理人さんがいい感じになるようにってことが目的だからねっ」


「そうだね!私たち、フォローするから」


「ありがと〜!2人とも!」



そんな話をしていると、少しして個室のドアがノックされた。



「失礼いたします。お連れさまがお越しです」



その店員さんの言葉に、『キタ!』と言わんばかりにあいくちゃんたちは顔を見合わせる。



「ごめん、あいくちゃん。お待たせ」



先頭で入ってきたのは、金髪のウルフカット。


この人が理人さんだ。



「い…いえ!まだ、約束の時間になってないですし…!」



そう言うあいくちゃんの声が裏返っている。


理人さんを前にして、緊張してるあいくちゃん…かわいい。



「お前らも入ってこいよ」



理人さんが手招きすると、続々と男の人たちが入ってきた。



「こんばんは〜」



銀髪マッシュヘアの男の人。



「今日はよろしくっ」



スパイラルパーマのあたった茶髪短髪の男の人。



「…どうも」



そして最後に入ってきたのは、ナチュラルセンターパートの黒髪の男の人。



端からわたし、あいくちゃん、友達、友達と並んで座っていたから、わたしの前には銀髪マッシュヘアの人、あいくちゃんの前には理人さん。


そして、あいくちゃんの友達の前に、スパイラルパーマの茶髪の人と黒髪の男の人が座った。



理人さんが連れてきた男友達は、全員180センチは優に超える高身長のイケメンばかり。


今日の食事会の目的は、あいくちゃんと理人さんをいい感じするってさっき話していたけど、すでにあいくちゃんの友達は目の前のイケメンたちに見惚れている様子。



たしかに、みんなかっこいい。


それに、わたしよりも5つも年上ということだから、どこか大人の落ち着いた雰囲気も漂っている。



「じゃあ、先に注文しようか。1杯目は、みんなビールでいいかな?」


「あたしたちもビールで大丈夫です!でも、なくるちゃんは…」



とつぶやきながら、隣に座るわたしに視線を移すあいくちゃん。



「なくるちゃんは下戸なので、ソフトドリンクでもいいですか?」


「いいよ、いいよ!好きなもの飲んだらいいから」


「ありがとうございます!」



あいくちゃんは理人さんにお礼を言うと、ドリンクメニューをわたしに渡してくれた。



わたしはまだお酒が飲める年齢ではないから、お酒に弱い“下戸”ということにして、ソフトドリンクでやり過ごそうという話は予めあいくちゃんとしていた。



「…じゃあ、ウーロン茶で」


「ウーロン茶ね。オッケー!」



理人さんはわたしからメニューを受け取ると、店員さんを呼んだ。



頼んだ料理とそれぞれのドリンクがテーブルに並び――。



「「カンパーイ!」」



わたしたちはグラスを持ってカチンと合わせた。



「そういえば、みんなは大学生だっけ?」


「はい!次で3年生です」



という話から、それぞれの自己紹介になった。



理人さんは知ってのとおり、美容師。


わたしの向かいに座る銀髪マッシュヘアの人は、バーテンダー。



2人とも専門学校卒業後、今の店で働き出した社会人。



そして、スパイラルパーマの茶髪の人は、ついこの間までは大学生。


ずっとインストラクターとしてアルバイトしていたジムで、この春からは正社員として働くことになったとか。



「バイトから正社員に採用されるなんて、すごいですね!信頼されてるんですね」


「いやいや、おれは全然だよ〜。こいつのほうがもっとすごいから」



そう言って茶髪の人は、隣に座るナチュラルセンターパートの黒髪の男の人の肩を組んだ。



「ほら、太一(たいち)!お前も自己紹介!」



理人さんに促され、わたしの対角線上に座る黒髪の人は持っていたビールのグラスをテーブルに置いた。



「…鳥羽(とば)太一です」



それだけ言って、視線をそらしてまたビールを飲み出す鳥羽さん。



一瞬、その場に沈黙が流れた。


鳥羽さん以外のだれもが、『え?それだけ?』と思ったことだろう。



「ごめんね、みんな。こいつ、昔から変わったやつでさ〜」


「そうそう。今どき、スマホ持ち歩いてないんだよ。ずっと家に置きっぱなしで」


「え〜!連絡とかどうするんですか?今日の集まりとか」


「昔から時間にはきっちりしてるから、遅れることはないんだけど。それに、太一が勤務する職場も時間には厳しいだろうしな」



「でも、急な変更のときとかは困るよな。太一、スマホ持ってねーじゃんっていっつもなるし!」



みんなは、鳥羽さんの話で盛り上がる。


そんな様子をわたしはウーロン茶を飲みながら静かに眺めていた。



「そういえば、鳥羽さんはなんのお仕事されるんですか?」


「太一もおれと同じ大学をこの間卒業したところなんだけど、こいつは“お硬い仕事”を選んだから」


「「…“お硬い仕事”?」」



わたし以外の女性陣の声が重なる。



「そう、“公務員”だよ。いや〜、すげーわ。おれにはそんな規則が厳しいところは無理だわ」


「公務員ってことは、市役所勤めとかですか?」


「いや、こいつは――」


「まあ、そんなところ」



鳥羽さんは、茶髪の人の言葉を遮ってそう答えた。



そして、隣に座る茶髪の人のことを軽く睨みつけている。



まるで、『なに勝手に人のことペラペラ話してんだ』と言いたげな顔だ。



そうこうしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。




「あっ、なくるちゃんここにいた〜!」



わたしがお手洗いから出ようとすると、メイクポーチを持ったあいくちゃんが入ってきた。


ちょうど会ったことだし、わたしはあいくちゃんのメイク直しが終わるまで待つことにした。



「それにしてもあいくちゃんと理人さん、いい感じになってきたよね」


「そっ、そうかな〜…!?」


「そうだよ。見た目はちょっとチャラそうと思ったけど、話してみたらいい人そうだし」


「うれしいっ。なくるちゃんは?いい人見つけた?」


「えっ、…わたし!?べつにわたしは、そういうつもりはまったくないから」


「でもなくるちゃん、付き合うなら年上の男の人がいいなって前々から言ってたじゃん」



…たしかに言っていた。



同い年の男の子は友達としてはいいんだけど、基本的に精神年齢が低いから恋愛対象としてはまったく見れなくて。


これまで何度か告白はされたことはあるけど、すべて断ってきている。



だから、もし付き合うなら年上の人がいいなとは思っていたけど、高校生のわたしが年上の男の人と知り合う機会なんてほとんどない。



そのため、わたしは今までだれとも付き合ったことがない。



「なくるちゃんの前の、あの銀髪の人は?」


「バーテンダーの人?年上だけど、それにしてはちょっと幼くない…?」


「あれで幼いの〜?…じゃあ、あの黒髪の人は?鳥羽さんだっけ?」



――鳥羽さん。


口数が少なく、よく話す他の3人と違って一番ミステリアスな人。



「一度も話してないからよくわからないよ。それに、わたしのことはどうでもいいから〜」



わたしは、数合わせで参加しただけ。


ここに出会いを求めにきたわけではない。



「そうだっ。このあと、そのバーテンダーの人のお店に飲みに行こうって話になってるんだけど…」


「わたしのことは気にしないで!高校生のわたしが行くわけにもいかないでしょ?」


「ごめんね…!なんか追い返すみたいで…」


「なに妹に気をつかってるの。たまってるドラマも見たかったし、わたしは帰るね。もともとその予定だったし。あいくちゃんは楽しんできて」


「ありがとう、なくるちゃん〜!」



わたしに抱きつくあいくちゃん。


そのあいくちゃんの頭をぽんぽんとなでる。



もう、これだからどっちがお姉ちゃんだかわからない。



そうしてお手洗いから戻ると、ラストオーダーでわたしが注文したオレンジジュースが置いてあった。



それを飲み、時間になったのでひとまずこの場はお開きに。




「じゃあ、オレたちはこのあとこいつの店に行くけど、本当になくるちゃんは帰っちゃうの?」


「…はい!明日、朝から予定があって」



ということにしておく。



「でも、1人で大丈夫?」


「大丈夫です!まだ8時過ぎですし」



わたしは、理人さんににこりと笑ってみせる。



「それじゃあ、今日はごちそうさまでした。みなさん、楽しんできてください!」



わたしはその場で手を振って見送った。


わたし以外のお酒を飲んでいたみんなはほろ酔い気分。



お酒って、飲んだらあんなに楽しい感じになるのだろうか。


わたしが飲めるのは、まだあと2年も先だけど。



わたしは、早く帰ってお風呂に浸かろう。


そのあとは、ドラマを一気見しながらあいくちゃんの帰りを待とうかな。



そんなことを考えながら、わたしは1人駅までの夜道を歩いていた。



――すると。



「…やっぱり送ってく」



すぐそばでそんな声が聞こえて振り返ると――。


そこにいたのは、ナチュラルセンターパートの黒髪の男の人。



たしか…、鳥羽さんだ。



「えっ、…でも鳥羽さん。みなさんといっしょに行ったほうがいいんじゃ…」


「もともと、そんな長くいるつもりなかったし。それにこれから就く職業柄、夜道を女の子1人で帰らせるわけにはいかねぇから」



…職業柄?


そういえば、この春から公務員だっけ?



警察官とかなのかな?



「なにで帰るつもり?電車?」


「はい。一駅なんですけど」


「そっか。じゃあ、駅まで送っていく」


「ありがとうございます」



ということで、鳥羽さんと駅までいっしょに歩くことになった。



駅前までは人通りの多い道だし、それほど危なくもないと思うけど――。


それでも、こうして短い距離でも送ろうとしてくれる鳥羽さんって…やさしいな。



わたしは、鳥羽さんの横顔を見上げながら思った。



――ただ。


話すことがまったくといっていいほど…ないっ。



もともと席も一番遠かったし、話してないからどんな人かもわからないし…。



鳥羽さんも鳥羽さんで口数が少ないから、自ら話題を振るような人にも思えない。


それにたぶん、わたしと会話のない気まずい空気でもそれほど気にしていなさそう。



そのせいでわたしは、なんだか…駅までの道が遠く感じる。



…どうしよう。


なにか適当に理由をつけて、1人で帰ろうかな。



「あの鳥羽さん、わたし――」



『やっぱりタクシーで帰るので、ここで大丈夫です』



そう言おうとしたのだけれど――。



…あれ?


なんだか…、体が…おかしい。



目の前にいる鳥羽さんの姿がぐにゃりと曲がって…。


足もおぼつかなくなってきて……。



まるで、…自分の体が自分じゃないみたい。



「…おい!大丈夫か…!?」


「は…はいっ、大丈夫でしゅ…」



“でしゅ”…?



…どうして?


舌もうまく回らない。



「…おい!おい!」


「あのっ…、本当に大丈夫でしゅから――」



そこでわたしは意識を失った。




* * *




ふんわりと香る柔軟剤の香り。


心地いい布団の感触。


カーテンの隙間から差し込む暖かい陽の光。



それらの気持ちよさを感じながら、わたしはゆっくりと目を覚ました。



「ふぁ〜…」



大あくびをしながら、わたしは布団の中で伸びをする。



さて、もうひと眠り――。


と思った瞬間、なにか違和感を感じてパチッと目を開けた。



見知らぬダークグレーの色をした布団。


見知らぬ黒色のカーテン。


見知らぬ天井。



――ここは、…どこ?



驚いて、ベッドから飛び起きる。



見渡してみるけど、…やっぱり知らない部屋だ。



…あれ?


もしかして、まだ夢の中?



なにがどうなってるの…?



「…ん〜……」



そのとき、すぐ隣から変な声が聞こえて、わたしの体がビクッと跳ねる。


掛け布団の中で、なにかがもそもそと動いている。



わたしは、おそるおそるその布団をめくってみると――。



「…ひっ…!!」



思わず、小さな悲鳴がもれた。



それもそのはず。


わたしの隣では、男の人が眠っていたのだ…!



しかも、…上半身裸で!



すぐに掛け布団をかけて隠してみたけど、まったく今の状況が理解できていない。



「…どういうこと、…どういうこと、…どういうこと…!?」



小さくつぶやきながら、腕を組んだ。


すると、そこにも違和感を感じた。



ゆっくりと自分の体に目を向けると、なんとわたしはバスローブ姿だった…!



「なっ…、なんでわたし…こんな格好で…!?」



パニック状態のわたしは、そのままベッドから転げ落ちてしまった。


その音に目を覚ましたのか、掛け布団で隠していた男の人がむくっと起き上がる。



「…なんだ、起きてたのか」



髪をわしゃわしゃとかきむしる上半身裸の男の人を見て、わたしは「あっ」と声がもれた。



寝起きで髪は乱れているけど、ナチュラルセンターパートのこの黒髪は――。



「…鳥羽さん!?」



そう。


昨日の食事会でいっしょだった、あの鳥羽さんだ…!



「あっ…あの、この部屋は…」


「ここ?俺の部屋」


「鳥羽さんの…!?」



ますますわけがわからない!



どうしてわたしは、バスローブ姿で鳥羽さんの部屋にいるの…!?


そして、どうして鳥羽さんは上半身裸でわたしと同じベッドにいたの…!?

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