『ここから3キロ先で戦闘です』暴走ナビと共に行く異世界トラック旅
この作品には、一部暴力的な描写が含まれています
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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深夜一時すぎ。
俺は、中型トラックで田舎道を急いでいた。
配送先の工場から荷を下ろし、空荷のまま会社へ戻る途中だった。
会社は、山々を超えた先にある。流通の要の高速道路があるからだが、運ぶ側にとって山道は地獄だ。
(渋滞さえなけりゃ、もっと早く帰れたのに)
左右にくねっている真っ暗な山道には、一般車どころかトラックも通らない。
当然人もいない。
灯りもなく、前方ヘッドライトだけが頼りだ。
(ガードレールの向こうに女が立ってたりしたら嫌だなぁ)
昨日心霊動画を観てしまった俺は、嫌な想像をした。
大きな身体をしているが、実はとっても臆病なのである。
「前方に動物注意エリアです。速度を控えめに、安全運転をお願いいたします」
「ひっ」
カーナビの声にも、ドッキリしてしまう。
最近社長が全てのトラックに装備したこの高性能カーナビには、AI機能もついていて、普段通らないこの近道を教えてくれたわけだが……
見渡す限り何もいない道路では、スピードを出しがちだ。
(安全運転! 動物を異世界に送ってしまわないようにな)
なんて思っていると、突然――
──バッ!
「っうぉおっ!?」
ライトの中にヒラリと舞ったのは、潤んだ目をした子鹿だ。
反射的にハンドルを切る。タイヤが地面を滑る音。ヘッドライトに照らされるガードレール。
(あ、死んだなコレ……)
ガードレールを突き破って、トラックの車体が宙を舞った。
空荷でよかった、と謎の冷静さがよぎる。あとは真っ逆さま。
戸浦大輝、二十五歳、独身、長距離ドライバー、何者にもなれないまま、ここに死す。
気掛かりなのは、アパートに遺してきた母親の骨壺だけだ。
(ごめんね、母さん。お墓を建ててあげようと思ったけれど、果たせないや……)
──ゴンッ!
……着地の衝撃は、思ったより柔らかかった。
「……あれ?」
まだ生きている。
(生きてるわけないな。夢かな)
どこも痛くない。
不思議に思って目を開けると、辺りは薄暗かった。
トラックは激しく揺れながら走っている。
山の斜面を滑っているのかと思ったが、車体は真っ直ぐだ。
……どこかの道を、勝手に進んでいる?!
ヘッドライトに照らし出されているのは、粗雑だが、確かに人の手で作られた道のように見えた。
木々が道を囲い、空には月だけれど月じゃない何かが見える。見慣れたウサギさんの模様じゃない?!
(アクセルを踏んでないのに、勝手に走ってる! 怖い!)
「ブレーキが利かねえ!?」
ブレーキとアクセルを間違えていないか、何度も確認する。
(これは夢だ。夢に違いない……)
──ピンポン♪
『ルートを再検索します』
びくっと身体を震わせてから、ナビの声だと気づいた
「えっ……ナビ、動いてんの? ……助かった」
液晶を見るが、暗転したままだ。
『目的地の戦闘エリアまで、あと3キロメートルです』
「戦闘エリア!? 何言ってんの?」
『前方に火事です』
「えっ……最近のナビには、煙感知器まで付いているの?」
森を抜けた開けた場所で、火の手が見えた。
燃えているのは馬車だ。
叫び声。剣戟の音。
「姫を守れ!」
ひときわ大きな絶叫。
馬車の周りに、剣と斧を持った集団がいた。
「馬車……? 令和の時代に?!」
俺は現状を認めたくなくて、抵抗を続けた。
ここは日本。俺は令和に生きている。
断じて……異世界になど来てはいない!
『戦闘エリアまであと10メートル』
「……行くなバカトラック止まれ止まれ!」
『……バカとはなんですか、バカとは』
「は? AIのくせに言い返すなよ」
異世界に来て、シンギュラリティが始まったか……違うぞ! 断じてここは異世界ではなくて!
『……ルート上に賊を確認。蹴散らします』
「止まれって言ってんだろぉぉぉぉ!!!」
トラックは馬車を襲っている集団に突入した。
ぞっとするような鈍い音。
叫び声と共に、何人かは跳ね飛ばされて空を舞った。
トラックは、馬車から離れている集団の前で、絶妙なドリフトを見せた。
男たちが悲鳴を上げながら森に向かって逃げだす。
あとに残されたのは一人の少女と、その前に立ちはだかる騎士の格好をした男が二人。
彼らの前で、トラックはようやく止まったのだった。
「た、助かった……?」
また暴走を始めないうちにと、俺は慌ててトラックから降りた。
金髪に白いドレス、ティアラを付けた美少女が俺を見上げる。
「貴方は……鉄の魔獣を操る、神の使いですか……?」
「えっ、あ、いや……これはトラック……です……」
「トラック様! 私の祈りが神に通じたのですね!」
姫がキラキラした目で俺を……いや、トラックを見つめる。トラック教でも始まりそうな雰囲気だ。
騎士二人が、俺の前に膝を突いた。
「助けてくださって感謝いたします」
「ありがとう! 鉄の騎獣に乗る謎の騎士!」
姫の後ろに倒れていた騎士がもう三人、よろめきながら集まってくる。
「鉄の騎獣様!」
「おおお、なんと神々しい!」
車体にキスを降らせている騎士までいる。
「……うわぁ! 血だらけじゃん!」
彼らの怪我を見て、俺は悲鳴を上げた。
慌てて、ダッシュボードの救急箱を取り出そうと振り返った時。
『目的を達成しました。報酬を受け取ってください』
ナビの声が響くと同時に、助手席のダッシュボードが開いた。
中から、膨らんだ袋がコロン、と転がり出てくる。
妙に重そうだ。中を確かめたら、金貨が入っていた。
「なんなのいったい……こういう時は、怪我がたちまち治るポーションとか出してよ。気が利かねぇな」
袋は座席の下に置いて、とりあえず俺は救急箱を取り出す。
『……善処します』
ションボリとした声と共にダッシュボードから転がり出て来たのは、大量の包帯と消毒薬。ポーションは無茶ぶりだったかと、俺は反省する。
「これで充分だ。ありがとう」
そう言うと、カーナビの液晶画面がチカチカした。
さっきから普通に会話が成り立っているが、高機能AIだからなのか。
そんなわけあるか。
──と思いながら、俺は消毒薬と包帯を駆使して、騎士たちを手当してやった。
幸い、チェーンメイルを着ていたせいか、致命傷を負っている者は一人もいない。
「姫に怪我がなくて本当に良かった」
と、騎士の一人が男泣きしている。
俺ももらい泣きしそう。
なんなのこの状況。
「あなたがたのおかげです」
と、少女が恭しく頭を下げた。
「もう少し遅かったら、騎士たちも私も、無事ではいられなかったでしょう。トラック様、ありがとうございます」
トラックがパッシングし始めた。
どこかはしゃいでいるように、嬉しそうに見えるのは、絶対に俺の勘違いだ……。
「やめろ調子に乗るなバカ」
なかなかパッシングが止まないので、思わず俺はそう言った。
まるで意思があるかのように、トラックは俺の言葉に従った。
姫は、落ちた城から逃げているところだった。
隣国が突然戦争をしかけてきて、味方の軍勢は総倒れ状態だという。
──ピンポン♪
その音を聞いて、俺は嫌な予感に見舞われる。
『新たな目的地を設定しました』
「まて。ちょっと待て――」
俺は扉を開けて、AIに言う。
「聞いていたか? 戦争だぞ? 相手は一国の軍勢だぞ? 無謀だとは思わないのか?」
トラックのエンジンが勝手に始動する。
『目的地の城まで、22キロメートルです』
「待て待て待て待て!」
『待てません。こうしている間にも、命は失われている』
「おお、ありがたい」
などと言って、騎士たちが荷台に乗り込む。
え、順応するの早過ぎない?
「このきゅうきゅうばこ、というものは、ここに入れておけば良いのですね?」
姫が助手席に乗って、ダッシュボードを開けている。
『シートベルトをおしめください』
「しーとべるととは? どうすればよろしいのでしょうか、トラック様」
『こちらの動画をごらんください』
「動画。……わかりましたわトラック様、こうするのですね?」
あ、これはやばい。
このままだと置いていかれる。
俺は慌てて運転席に乗り込む。
「無謀だ。こんな、トラック一台で戦争に勝てるわけがない」
俺はそう呟く。
……本当なら今頃は、仏壇の水を替えて、今日も一日無事に過ごせたよと、母さんの骨壺に報告して、布団に入っているはずだったのに。
「大丈夫ですわ。さっきみたいに敵軍に向かって、ちょっっと体当たりしてくださるだけでよろしいのですよ」
姫は微笑んでそう言う。その潤んだ目が、さっき見た子鹿を思い出させた。
──こうして俺はこの日から、よくわからないこの異世界を、謎のAIナビに支配されたトラックで突っ走ることになったのだった。
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