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 痛みの中で深まっていた。座礁した意識は花の香りに最期のときを想いながら、地平線を眺めた。手足の感覚はぼやけている。鈍い瞼を持ち上げると、彩度が刺すように浮かび上がる。その景色の中には、私がひとり。俺が歩くと景色は変わる。目まぐるしく、捻るように。では、たった、それだけなのだろうか?

 記憶喪失を主張する者が居るとすれば、その者は何も語らえないものよりも自己の状態について理解しているものだ。僕は口をつぐみ、喉の奥に言葉を呑み込む。飢えを満たすには足りなかった。いっとき、またいっときと、塗り変わった色の束を貫いて、そして......吐き出した。

 何も見えず、何も聞こえない。塞ぐ必要すらも無かった。最初から。私は持っていなかったから。それでも僅かな波を重ねる事によって、知っている振りを続けて、痛みで編み上げた世界を作る事ができた。

 ここには誰もいない。だから、自由度は無限にあった。それをつまらない事で押し殺したのは俺自身であり、可能性を閉ざしたのはやはり俺自身だったのだ。

 硝子を叩くと、軋んだ音が聞こえた。お前が私に見せていたのは豊かな景色だっただろうに。嘘だったのか? 鏡の前で、美しいものを夢見る振りをした己を写して、まるで世界が呼応した様に思わせただけだったのだろうか。なあ、答えてくれよ。

 お前、とは、何だ?

 だから、俺は、何も分からないのだ。

 この痛みの上でしか私は生きられない。なのに僕は、痛みからの解放を願っていた。願っていた。ありもしない救済に、全てを。錆びた臭いに慣れた頃には、腐敗は止められなかった。視界がくり抜かれる。他でもない、俺の手によって。

 朽ちているのが時の所為なのだとしたら、此処にあったものは、一体何だったのだろうか。

 笑い声が聴こえる。俺は、今日もそれに応える。全てはもう、始まった後なのだから。

 遠く鏡の向こうでは、わたしたちが笑っていた。

2022/05/20

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