第9話
転生者なら源頼朝の没年位は当然に知っているだろう、とツッコミの嵐が起きそうですが。
そんなに歴史に詳しくない人の方が当たり前ではないでしょうか。
そして、私が結婚してすぐの頃、私の姉の大姫は気鬱の病が治らないまま、亡くなってしまった。
当然のことながら、私を始めとして両親以下の家族全員が喪に服し、その死を悼むことになった。
更に姉の大姫の代わりとして、私の妹の三幡が入内することになったのだが、それが正式に決まった頃から私の父の源頼朝の病状は悪化しだした。
勿論、私に前世の知識があるとはいえ、それは主に航海術や船に関する知識が主であり、病に関してはほぼ素人としか言いようがない。
だから、父の病状を見ても、間違いなくこの病気ということはできないのだが。
何となく悪い糖尿病に父はり患したのでは、と私は疑わざるを得なかった。
何かというと、喉が渇いたといって水を飲みたがるように、父はなったからだ。
更にどうも目が見えなくなった、怪我をした時の治りも悪いようだ、とも言い出した。
これらは糖尿病の症状の一つで、更に目にまで影響が出たということは、かなり悪い筈だ。
しかも側仕えの医師の診立てによると、消渇という病(現代の糖尿病)だとも言い出した。
これは、かなり悪い状況なのでは、と私が疑っていると。
父は相模川橋供養の帰途、馬に乗っている際に、急に意識を失って落馬してしまったのだ。
この辺り、素人の私からすれば、極めて悪い例えだが鶏が先か卵が先か、さっぱり分からないが。
糖尿病から脳血管障害を起こして落馬したのか、低血糖から意識障害を起こして落馬した際に頭部を強打して脳血管障害を起こしたのかが分からないのだが。
ともかく周囲の介護によって、何とか意識を取り戻した父は、恐らくは脳血管障害を起こしているために、話す言葉の呂律が完全には回らず、更に食事もまともには食べられなくなっており、これは間もなく父は亡くなるのでは、と私を含む周囲は考えるようになった。
私にしてみれば、父の病気が徐々に悪くなったとはいえ、外国へ逃げ出すのに、後1,2年はあると錯覚していただけに、飛んだ大誤算だ。
将軍になったら、絶対に籠の鳥になって、逃げられなくなってしまう。
更に難儀なことに、結婚して父が倒れるまでの間に、比企氏の娘は男児を出産してしまっており、それに賀茂(足助)氏の娘も対抗するかのように懸命に夜のことを頑張るようになっている。
最悪の場合、子どもを見捨ててでも、と考えてはいたが、そうは言っても子どもまでも見捨てるのは、流石に人倫に反するとして、自分が悩んでいる間に、こんな事態になるとは。
最大の頼みの綱の三浦義澄は、まずは1本マストのそれなりの船を建造して交易に乗り出しており、その経験や利益を生かして、2本マストのジャンク船形式の船を建造中だった。
そして、(航行性能の問題等から)自分は2本マストの船ができ次第、日本から逃げ出そうと考えていたのだが、もう間に合いそうにない状況になっている。
私が表面上は泰然としつつも、内心ではオロオロしている間に、父は覚悟を固めた。
「儂の後継者は、従前から決めていたが、息子の頼家にする。まだまだ若くて未熟だが、どうか頼家を支えて欲しい。本当によろしく頼む」
(実際には呂律が回らず、そう言っているのだろう、と私を含む周囲が判断したのだが)父はそう言って周囲を見回して、母の北条政子の支えの下で、頭を下げた。
「お言葉に従いますぞ。頼家殿を鎌倉殿として支えまする」
北条時政がそう涙ながらに言い、和田義盛や大江広元を始めとする宿老の面々も、父の言葉に肯いた。
勘弁して下さい、弟の実朝がいるではありませんか、私は日本国外に逃亡します等、口が裂けても言えない雰囲気だ。
「父の期待に沿いまする」
私は父や周囲の凄まじい圧力にそう言うしかなかった。
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