第8話
さて、そんなゴタゴタをやって、自分が比企氏の娘と賀茂(足助)氏の娘との二人との正式な結婚を間近に控えた頃、私は母の北条政子と向かい合う羽目になっていた。
「義理の兄になる筈だった源義高殿の追善供養をしたい、というのは分かりますが、何故に武蔵の浅草寺を選んだのですか。鎌倉に新たな寺を造る等してもよかったのでは。比企家がそんなに大事ですか」
母は冷たい口調で、私に詰問してきた。
私の乳母は複数いるが、その筆頭の乳母夫が比企能員であることは論を待たない。
だから、母としては私が比企家に取り込まれて、実家の北条家をないがしろにしつつあるのでは、と疑いを持ち出しているのだろう。
自分としては、単に少しでも自分の生存確率を上げたいだけなのだが。
これは下手な返答をしたら、私の食事に母は冷酷に毒を盛って殺しにくる気さえする。
「武蔵の浅草寺の位置を、母上はご存知でしょう。利根川(水系)とつながり、坂東の内陸水路と内海(現在で言うところの東京湾)をつなぐ要の土地になります。更に言えば、この鎌倉の鬼門の方角にある名刹にも浅草寺は当たります」
「確かにその通りね」
私と母は、表面上は落ち着いたやり取りをまずはした。
「そして、坂東の内陸水路とつながっているということは、小山や千葉、足利といった坂東の有力な武士達の協力を得やすいということにもつながります。彼らにしても、姉(の大姫)を慰めたい、と考えているのです。もっと言えば、浅草寺を大きくすることは、それこそ京の都が鬼門を封じる比叡山によって護られているのと同様に、鎌倉を護ることにもつながります」
「そう言われれば、その通りね」
私の言葉は、徐々に母の胸に届きだした。
「それに、比企(能員)殿が、姉を慰めたいと言ってやっていることを咎めたてできますか。それこそ比企殿が実は武士を集めて、何らかの行動に移そうとしている気配があるのならともかく、そんな気配があるのでしょうか」
「そんな気配はないし、その通りで咎めだてできない話だと思うけど」
私の舌鋒は、徐々に母を防戦するしかない気配に追い込みつつあるようだ。
取り敢えずはここまでだな、と私は考えた。
余り母を追い込むようなことを言うと、逆ギレされて自分は殺されるだろう。
「ともかく私はそれとなく比企殿を見張って、万が一の不測の事態に備えるつもりです。母上もそんなに心配ならば、比企殿を見張られては如何でしょうか」
「弟の義時と話し合って、そうさせてもらうわ」
私の言葉をこれ幸いと受け取ったのだろう。
母はそう言って、私の下を去った。
私は母を見送って、母の姿が見えなくなった後、(気づかれないように内心で密かに)溜息を吐いた。
何とか母は誤魔化せたが、叔父の義時までも敵に回した気がする。
義時を騙しとおすことが、自分にできるだろうか。
ともかく、そんな母とのゴタゴタがあった後、私は元服し、正式に二人の妻を娶った。
公式には賀茂(足助)氏の娘が私の正室だが、比企氏の娘もそれこそ諸般の事情から私は重んじざるを得ない状況にある。
更に言えば、二人と同居しての夢のハーレム生活等、そんなことをしたら、逆に私の胃に穴が開きそうな圧力を二人共に加えてくるのだ。
こうしたことから、一日とか五日、十日といった要の日は賀茂(足助)氏と寝つつ、それ以外の日は比企氏と多く寝ることにして、最終的には月々のほぼ半々を双方のところで、私は過ごすことにした。
勿論、二人が住む家は完全に別にしていて、お互いが顔を合わさないで済むようにしたが。
比企氏にしてみれば、どうにも不満のようで、召人らしき女人を側仕えさせてまでも、私の気を引こうとする状況になってしまった。
最後の辺りが分かりにくいので、少し補足すると。
本宅に賀茂(足助)氏の娘が住んでいて、別宅に比企氏の娘が住んでおり、主人公はほぼ交互に泊っていると読んでください。
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