第7話
ともかくこうした経緯で、私は元服して妻を二人娶ることになったのだが。
どちらの妻を上位に置くか、ようするに正室にするかで更に揉めることにもなった。
幕府内の地位からすれば、比企氏が正室になるのが当然なのだが、余りにも私と比企氏との縁が強すぎることになるので、(ある程度、私も予期していたが)北条時政らが、
「賀茂(足助)氏は、尾張源氏の名門。それに頼家殿から娶りたいと言い出したと聞いております。ここは賀茂(足助)氏こそ正室にすべきです」
と言い出したのだ。
要するに北条時政らにしてみれば、比企氏の力が強くなりすぎるのが嫌なだけなのだが、仮にも私の母方祖父の言葉も入っている。
そして、その言葉を聞いた比企能員も、俺の娘は正室に相応しくないと言うのか、とへそを曲げだす。
私は、何で私の嫁取りで幕府内の御家人が睨み合いを始めたのだ、と自業自得ながら、内心で溜息しか出なかった。
(更にこんなことでは、史実の幕府内で内紛が相次いだのも尤もだ、と妙に納得することにもなった)
とはいえ、こんな状態を続ける訳にもいかない。
結局、私は比企能員を宥めることにした。
「色々と思うところはあるだろうが、賀茂(足助)氏を正室にしたい。我慢してくれ」
「何故ですか」
「それこそ源氏の相克を少しでも収めるための結婚なのだ。それこそ先年に叔父の義経が父に殺される等、親兄弟でも源氏は殺し合ってきた。賀茂(足助)氏との結婚は、保元の(乱の)際の相克を水に流すための結婚なのだから、正室で迎えないと礼を失する」
私は比企能員とそうやり取りをして、頭を下げた。
「そこまでされては仕方ない。ですが、男の子ができても賀茂(足助)氏には渡しませんぞ」
(兄弟の相克を少しでも防ぐために、正室の下で男の子を育てることが多い。
それに正室に男の子ができなかった場合、正室を養母にする必要もあった)
「それは構わん」
「ところで、女は若い方が良い、と言ったというのは本当ですか」
「そんなことは言っておらん」
「いえ、私の娘が年上なのが気に食わないのか、と思ったのですが、それならいいです」
私は、父の口が軽いことに腹立たしさを覚えつつ、比企能員に言い、比企能員もそれで矛を収めた。
だが、比企能員は完全に顔を私から背けている。
これはかなりのことをしないと、後がかなり不味そうだ。
私は少し横を向きながら言った。
「姉が義高殿のことを今でも引きずっておる。武蔵の浅草寺に寄進を行い、それで慰めようと考えるのだが、比企殿はそれに音頭を取ってくれぬか」
「おお、それは良きことですな」
「だが、それには費えがかなり掛かることでもある。三浦(義澄)殿に宋との貿易をさせて、それで費えの多くを賄おうと考えるのだが、比企殿も加わられぬか」
「おお、それは真に良きこと。是非とも協力しましょう」
比企能員は、かなり機嫌が直ったようだ。
さて、何でこのことで比企能員の機嫌が直るか、というと。
武蔵の浅草寺に寄進を行うということは、比企氏の地盤が武蔵にあることから、比企能員の懐を富ませることになるからなのだ。
そして、日宋貿易に三浦義澄と共に参加することで、更に懐を富ませることも比企能員はできる。
自分がそこまでの譲歩案を示したことで、比企能員としては名誉よりも実利を取ることにしたという次第になる。
だが、今度は私の祖父の北条時政が、比企能員がそんなに儲けるのか、とへそを曲げる事態が起きた。
私は伊豆の山林から産出される材木を宋に輸出する利権を、祖父に提示することで、祖父を何とか宥めたが。
それはそれで、関東武士の多くが日宋貿易等は儲かるのでは、加わらねば損になるかも、と考える事態が起きてしまった。
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