オマケ―2 海外編
火葬にも程がある、と言われそうですが。
実際、某巨大ネット掲示板の書き込みの信頼性は、そのなものだよね、と緩く見て下さい。
31,源頼家が海外に出た後の行動は、どこまで確かとされているの。
32,1226年春に日本を出発して、何か所かに寄港した上で、1年程掛けて、南米大陸にたどり着いたのは、少なくとも確からしい。唯、その途中で後鳥羽上皇や順徳上皇と逢ったというのは、嘘っぽい。遠回りになるし、お互いに気まずい関係だからね。
33,その航海の途中で、頼家と辻殿の間に末子の頼義が産まれたとされることが多いな。
34,辻殿って44歳だろう。ずっと子どもを産んでいなかったのに産めるのかな。
35,だから、辻殿以外の女性が産んだという説もあるし、頼義は養子だという説もある。
36,酷いのになると、南米大陸にいる源頼家の子孫の宗家の南家が、系図を仮冒するために作った架空人物説にまでなる訳だ。
37,南義家の実在は日本本土との文書のやり取りがあるので間違いないけど、南頼義の文書が無いのが確かに不思議だな。
38,唯、頼義は頼家より先に没しているからな。そして、日本本土と文書のやり取りとなると、どうしても頼家が窓口になるから、全く不自然とも言いづらい。
39,太平洋沿岸沿いに、結果的に日本の植民地を頼家は広げているな。これはやはり地形の問題?
40,何しろ南米大陸の太平洋沿岸は、すぐに山脈になるからな。仕方ないよ。
41,そして、中米にまで日本は手を広げて、大西洋を日本人は観望して、北ヨリイエ(史実のマゼラン)海峡を頼家は見つける訳か。
42,頼家が見つけたのは、南ヨリイエ(史実のドレーク)海峡では?
43,両方見つけたという説もあるな。頼家は何しろ世界周航を2回やったという説があるから。
44,南アフリカに、日本の拠点(史実のケープタウン)を作らせたのは、頼家だったような。
45.半伝説だがね。頼家が生きている時代に作られたのは確かだし、現地の口伝もそうなっているが、例によって文書資料では確認できない。
46,頼家が世界周航を2回やったって、本当かな。
47,それなりの船団で世界周航をしたという話と、夫婦二人で世界周航をしたという話と2つあることから、2回周航説がある。でもなあ、50歳代の夫婦二人で世界周航ってできるのかな。
48,そんなこと言いだしたら、現代のヨットマンが怒りだすぜ。単独無寄港で世界周航を果たす猛者まで実際にいるのだから。
49,実際問題として、頼家の船団が寄港したという話と、頼家夫婦で寄港したという話とが、世界各地に散在しているから、2回やったというのも、全く荒唐無稽とも言い難い話だな。
50,チムー王国やマヤ、アステカ辺りまで頼家が征服したというのは本当なのかな。
51,幾ら何でも無理がある気がするな。征服完了とされる頃、頼家は90歳は過ぎているから。
52,南家によれば、頼義が先頭に立って征服し、その頃には頼家はアンデスの麓で隠居生活を送ったとされているから、それが正しいだろうな。
53,唯、南家の記録というのが、正式に編纂されたのは15世紀になってからだから。
54.信頼性が落ちる訳か。
55,頼家って何歳で亡くなったの?
56,諸説あるけど、子どもに全て先立たれたというのは共通していて、満97歳説が最有力。尚、それを見送った2年後、辻殿は99歳で亡くなったというのが最有力。
57、共白髪どころか、共に100歳近くまで生きたのか。信じられない。
58,ともかくかなりの健康体だったのは確かだ。そうでないと世界周航何てできっこない。
59,ここまでの書き込みを読み返すと、頼家って本当に実在したのか、って気までしてくるな。
60.だからこそ、福田氏も美谷氏も頼家の海外編は書けないという訳だよ。本当におとぎ話の世界。
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