第49話
私の決断で軍議が一度は終わりかけたが、比企朝時から送られてきた使者は、更に言いたいことがあるようだった。
「まだ何か伝えたいことがあるのか」
私が問いただすと、使者は腹を括ったようで、口を開いた。
「北陸道を進んだ我らの軍勢の進軍を、白山や平泉寺の衆徒が阻もうとしたので、逆に打ち破ったのですが、その際に捕まえた多くの僧兵達が聞捨てならぬことを言いました」
(註、この当時の白山(神社)や平泉寺は、共に比叡山延暦寺の下にある)
「何を言った」
「はっ、朝敵調伏ということで、(土御門)上皇や鞠子様、邦仁王を呪殺すべし、と叡山を始めとする南都北嶺のほとんどの寺社で全僧侶を挙げての祈祷を行っているとか。お前らは速やかに朝廷に降れ、そうしないと神仏の罰が下って全員が呪殺されると、その者らは申しております。真偽をどうにも確かめられないので、伝えるべきか否かを迷いました」
「何だと」
私は血相を変えて叫んだ。
更には、私の多くの御家人達も同様に叫び声を挙げた。
「断じて許さぬ。比叡山延暦寺を全山焼き討ちにして、その祈祷をした全ての僧侶の首を刎ねる。更に同様の祈祷を行った寺社も同様だ」
怒りの余りに私がそう言うと、私の息子の源頼貞以下、多くの御家人も似たようなことを叫んだ。
「その叡山焼き討ちの役目、喜んで某がまずは果たしまする。どうせ老い先短い身、神仏の罰等は怖れることではありませぬ。叡山の僧侶は全て殺しましょう」
まずは和田義盛が叫んだ。
「東大寺や興福寺まで、そのような祈祷を行っているとは許し難し。我が祖父(源頼朝)が、東大寺再建等に努めた恩義を忘れたのか。再度、東大寺や興福寺を焼き討ちして、今度は僧兵から僧侶まで皆殺しにしてくれる」
源頼貞が続けて叫んだ。
更にはそれに触発されて、源範頼や畠山重忠や山田重忠らまで似たようなことを叫び出した。
ただでさえ、思うように戦が進まずに鬱屈した想いを、この場にいた御家人のほとんどが覚えていたところに、南都北嶺といった多くの寺院が全山を挙げて、土御門上皇や鞠子、邦仁王を呪殺しようとしているとの爆弾情報が飛び込んできたのだ。
私どころか、御家人達のほとんどが激怒する事態だった。
とはいえ、怒りの余りに真っ先に私が叫んでしまったことだが、他の御家人達の怒りに任せた発言を聞いている内に、私の怒りも冷めてきた。
私は、少し御家人達を宥めることにした。
「白山や平泉寺の僧兵が言っているのが、全て真実とは限らぬ。ここは真偽を確認すべきだろう。南都北嶺等の寺社だが、我らに味方せず、あくまでも朝廷に味方していて、そのような祈祷等をしている寺社に付いては焼き討ちにして、そこの僧侶、僧兵については全て首を刎ねることにしよう」
「応、その通りですな」
源範頼が、私の言葉に同意する声を挙げ、それに他の御家人も同意して、一旦は終わった。
だが、この出来事は野火のように噂として広まった。
実際のところはどうだったのか、真実が私には分かりかねるが。
ともかく南都北嶺等の寺社の多く、更にそこにいる僧侶や僧兵達は朝廷方を勝たせねば、そうしないと自分の命は無い、と必死になってしまった。
そのために本当に呪殺の祈祷を本格的に行いだしたところまであったようだ。
更には叡山を始めとする僧兵が不破関を固めようと急行する事態まで起きてしまった。
そして、後述するが、戦場で我々と激突することになった。
こうなっては、噂が真実になってしまう。
全てが終わった後、私は心の底から後悔したし、更には御家人達の多くも、そこまですることは無かったと反省して後悔したが。
ともかく全てが手遅れとしか言いようがない事態が起きてしまったのだ。
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