第42話
かくして、日本を二分する大戦、(この世界の)承久の変は始まった。
それにしても、と私は考えざるを得なかった。
(この世界の)実の弟、源実朝と殺し合いをする羽目になるとは。
更に私の母の政子が、それを躊躇うな、と言うとは。
あの会議が終わった後、私は母と二人きりで顔を合わせた。
「あの言葉で宿老衆が一時に引き締まりました。ありがとうございます」
私は母に頭を下げたが、母の顔は険しいままだ。
何が母の癇に障っているのか、私が考えていると、母は口を開いた。
「実朝が追討使に任命されたというのは本当ですか」
「信じ難いですが、そうらしいです」
私は渋々答えた。
本音としては違うと私は信じたかったが、京からの相次ぐ情報がそれを肯定している。
こうなっては、そうであると母に私は告げざるを得ない。
それに対する母の反応は激越なものだった。
「分かりました。実朝は私の息子ではありません。容赦なく殺しなさい」
「えっ」
「幸いなことに実朝に子どもはいません。禍根を断つのです」
余りの母の言葉に、私はどうにも口が開けなかったが、母は私の想いを無視して言葉を継いだ。
「まさか実朝が、貴方や鞠子、更には鞠子の夫や子どもにまで弓矢を向けるとは。本当に人間の所業ではありません。貴方の弟と思って、情けを掛けてはなりません。容赦なく殺しなさい」
「分かりました」
余りの言葉等、母を諫めては、自分が却って殺されるような気配を、母はまとっていた。
これがこの時代の現実なのか、私としては背中に極寒の風が吹きつけられた想いがしたが。
母の本音は違っていたようだ。
「本当に何故にこのようなことになったのか。実朝が京守護になった際に分かっていれば、京に向かわせなかったものを。貴方の子ども達が母が違っていても仲が良いのに、と考えるとどうにもつらくてなりませぬ。ですが、こうなっては、下手に情けを掛けては、御家人達に示しがつきません。実朝は殺すしかありません」
私と二人きりとなったことから、張り詰めていた心が緩んだのか。
母は大粒の涙を零しながら、そう言ったのだ。
確かにそうだ。
例えば、三浦義村にしても、弟の三浦胤義が朝廷側に付いているし、大江広元にしても、息子の大江親広が朝廷側に付いている。
このように宿老衆の中でさえ、肉親同士が敵味方に分かれる事例が起きており、他の御家人達にも何人も出ているだろう。
そうした中で朝廷側の追討使になっている弟の実朝に情けを掛けるのではないか、と私が思われていては、特に身内が敵味方に分かれている御家人達の間に動揺を来すだろうし、御家人の戦意も余り上がらないだろう。
だから、敵味方に分かれた以上、実朝は容赦なく殺すと私は叫ばざるを得ない。
そして、母としては、夫の遺した幕府を護ることを第一に考えれば、実子の実朝を斬り捨てざるをえないという訳か。
そう言った考えから、母は私の背中を押すために言ったのだろう。
考えてみれば、30年余りというよりも40年近く、自分は母を間近で見て過ごしてきた。
転生前の記憶がよみがえった当初は、母のことを心底怖れるしかなかった。
だが、歳月の流れの中で、母を見てきた限り、激情のままに動くところはあるが、夫を愛し、自分達を愛し、又、夫が遺した幕府を重んじる母だったのは間違いない。
史実で私(?)が殺されたのは、結局のところ、母にしてみれば究極の選択を迫られ、幕府を取らざるを得なかったということなのかもしれない。
そして、この世界では、幕府を重んじる以上は、息子の実朝を殺さざるを得ない、と母は苦渋の決断をしたということなのかも。
私は、それ以上は口を開かずに涙を零す母を見ながら、自分も無言のままそう考えた。
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