第40話
こうして、私は比企の新尼に(土御門上皇の)院宣を給わる工作を裏で依頼することになった。
そして、このことは完全な密事の筈だったのだが、どうしても密事は漏れるものだった。
「比企の新尼が上洛するのは、それなりの裏があるというのは本当ですか」
私の正室の辻殿(賀茂氏の娘)が、私と比企の新尼が逢った数日後に私に問いただしてきた。
尚、辻殿の目は(いわゆる)三角状態で、激怒しているのが私に丸わかりだった。
辻殿の目を見るまではとぼけようか、と考えていたが、これはある程度の裏を明かさないとエライことになる、とすぐに私は観念することになった。
「実はな」
私は朝廷との間に緊張が高まりつつある現実を述べた。
私が話すうちに、辻殿の怒りは更に高まってしまった。
「私の愛娘の鞠子が産んだ子を親王にして欲しい、というのにそのような無理難題を言うとは」
辻殿の声が完全に怒りに震え出した。
これはいかんな、と私は諦念を覚えた。
鞠子は物心つく前に実母の比企の新尼と引き離されてしまった。
そうしたことから、鞠子にしてみれば、辻殿が実母と言ってよい存在になっている。
だから、辻殿が怒るのはある程度、私も予期していたが、ここまで怒るとは。
(尚、比企の新尼がある程度出家生活に落ち着いた後、私が仲介して鞠子に真実を明かし、辻殿は嫡母で比企の新尼が生母というのを、鞠子も承知している。
とはいえ、土御門上皇さえ誤解したように、鞠子は嫡母の下で育った気の毒な存在と見る者が多く、辻殿にしてみれば酷い誤解という想いから、尚更に鞠子を大事に想うようになっていた)
「それ故に比企の新尼に娘夫婦に逢ってもらい、朝幕関係の亀裂を宥めるように動いて欲しい、と直に頼んで来て欲しい、と依頼したのだ。比企の新尼は出家の身、それ故に身分を離れて娘夫婦に逢うことができるが、そなたではできまい」
(尚、辻殿自身は無位無官であり、どうしてもとなれば夫(主人公)が従二位であることを理由に上皇や鞠子と逢うことになる)
私の言葉に、辻殿は横を向いた。
「分かりました」
暫く経って、私の下を辻殿は去った。
だが、その後は地元の出身地である尾張周辺の親族等に、辻殿は大量の手紙を書くようになった。
もっとも読まずとも、何となくその中身を私は推測できる。
自分の血筋、源満政や源義家、源為朝の血を引くという清和源氏の貴種であり、現将軍の正妻、御台所である立場を利用して、いざという際に幕府に味方するように辻殿は手紙を書いているのだ。
別に悪いことではないので、私は知らぬ顔をすることにしたが。
内心ではつくづく私は考えてしまった。
母と言い、正妻と言い、気の強い女性が私の周囲には多すぎる気がしてしょうがない。
それはともかく、そうこうしていると比企の新尼は、京に赴き土御門上皇と鞠子に逢って、話をしてくれた。
更にはいざという際には、自分の身を護れという院宣を出す、との土御門上皇からの約束を比企の新尼は取り付けてくれた。
土御門上皇も昨今の情勢から、自分と鞠子の身を案じるようになっていたのだ。
これで良い、私は安堵した。
以仁王の令旨と同様に名目的なモノに過ぎないかもしれないが、土御門上皇の院宣があれば、幕府は賊軍にならずに済む。
院宣に応じた土御門上皇の身辺警護という名目で、幕府は公然と京に向けて軍勢を動かせるのだ。
更には京在住の御家人達に動揺を与えることもできる。
万が一の準備、承久の変(?)に備えた準備が進んでいることに私は安堵して、和戦両様の構えを続けることにしたが、こういった動きが後鳥羽上皇に漏れることが、私の考えには抜けていた。
後鳥羽上皇側は、この動きを掴んで更に動くことになった。
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