第4話
「伊豆の国衙から持って帰った書類の中身の一部ですが。大叔父の字が汚い上に、当て字とかも酷くて、読み解くのに苦労しましたが。というか、大叔父なりに知恵を絞って秘密にしていた気もしますが」
そう前置きを言って、私は伊豆の国衙を訪れてから1月余り経った後で、父の源頼朝を騙す工作に取り掛かった。
とはいえ、相手が相手だ。
富士の巻狩りに赴く直前の10代前半の自分が、父を騙せるだろうか。
だが、やるしかないのだ。
「何が書いてあったのだ。はっきり言え」
「どうやら密かに宋の貿易等を大叔父は企てており、そのための器具等をどこからか入手、調達していたようなのです」
「何」
「実際に琉球辺りまでも、自ら赴いていたやもしれませぬ」
「幾ら何でもありえぬだろう」
「父上、大叔父の渾名をご存知でしょう。鎮西八郎為朝ですよ。大叔父が西海に赴いた際に、宋人等と大叔父が密かに交流して、そういった器具等を入手していた可能性はあるのでは」
「うむ。言われてみれば」
私の言葉に、父は思い当たる節があるのか、考え込みだした。
よし、この際だ、畳みかけてしまおう。
「本当にできるのか、三浦義澄殿に協力をお願いしたいのですが、いかぬでしょうか」
「三浦にか」
「ええ。私の曽祖父の伊東祐親の娘を三浦義澄殿は娶って、義村殿らを儲けております。つまり、北条家と三浦家には強い縁があります。更に言えば、三浦家は房総ともつながりを持ち、船や航海のことに詳しいと聞き及びます。如何なものでしょうか」
「うむ。三浦家ならば問題ないだろう。よし、試してみよ」
何とかなった。
私はホッと一安心した。
「これを大叔父の源為朝殿が」
「ええ、密かに作らせていたようです」
「何に使うのです」
「何も見えない海上でも星の位置から、自分の船がどこにいるのか等が分かる機械のようです」
「そんなことできる筈が」
私は三浦義澄と話をしていた。
「本当にそう考えられますか」
私は六分儀を片手に微笑みながら言った。
「少なくとも目的地よりも北にいるのか、南にいるのかはすぐに分かります」
「何故に」
「北の大星(北極星)をご存知ですか」
「勿論」
「あの星は北に行く程、天高く上り、南に行く程、低くなるのです」
「それは聞いたことがあります」
「この機械の使い方に熟練すれば、今、いる所の北極星の高さが分かり、更には」
「成程」
「取り敢えず、使ってみませんか」
私は前世の記憶から、六分儀を使っての天測航法を指導し、その効力を三浦義澄に示すことにした。
取り敢えずは、六分儀と天測航法の効力を周囲に示さないと。
「ふーむ。八丈島まで往復してみましたが、確かに仰られる通りのようですな。北の大星は、仰られる通りに動いていました。他の件でも同様のように考えられます」
私の言葉がそれなりに三浦義澄に響いた結果、三浦義澄は六分儀の使用法に習熟して、更にその効力に得心してくれた。
「それでは、周囲の者にこの六分儀の使い方を広めてもらえますか」
「実際に航海に役立つ以上、広めない理由はありませんぞ」
三浦義澄は前向きな返答をしてくれた。
それから暫く経った後。
「変わった形の帆ですな」
「この大きさの船だとこれが最善で、更に大きな船になると別の帆の型が良くなるそうです」
自分はクラブクロウセイルやジャンク帆についての知識、情報を三浦義澄に伝えた。
尚、三浦義澄が実際に目にしているのは、クラブクロウセイルである。
更には。
「本当に風上にかなり航行できるとは」
「大叔父は素晴らしい知識の持ち主だったようです」
「全く怖ろしい武者ですな。馬上どころか船上でも才能を発揮されていたとは」
クラブクロウセイルは実際に効力を発揮し、三浦義澄を驚嘆させていた。
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