第3話
とはいえ、自分が船を建造するのも一苦労だ。
そもそも何故に船を建造するのか、と言えば、自分が日本国外に逃亡するためなのだ。
そんな理由を実際に口に出せば、母と叔父に即座に殺されるだろう。
だから、別の理由を作らないといけない。
では、その理由をどうするか。
自分は散々に悩んだ末、大叔父の源為朝の半伝説を頼ることにした。
源為朝は伊豆大島に流された後、琉球にまで赴いたという半伝説がある。
(何故に半伝説かというと、明確な史実とは言い難いのだが、初代琉球王朝の始祖とされる舜天王は源為朝の御落胤だとされる等、それなりの伝説が遺されているからだ)
父の源頼朝に以仁王の令旨を受けて挙兵した際の話等を、それに参加した武士達から聞いてみたい、とまず自分はお願いして、母方祖父の北条時政を始めとして、伊豆の武士の面々から色々と懐旧談を聞くことにした。
そして、将来の将軍候補に気に入られる絶好機として、何人もの武士が自分を訪ねて話をしに来た。
(更に要らぬことを言えば、皆、自分に気に入られようと、話を盛りたがるので、凄い話が山盛りになって増えていった。
そして、その中で一番、話を盛っていたのが、我が母方祖父の北条時政だったのは何とも言えない)
尚、その中で私が一番に話を聞きたかったのが誰かというと。
「狩野宗茂と申します」
「あの狩野(工藤)茂光殿の御子息ですか。石橋山の戦いでは、茂光殿は見事な御最期だったとか」
「父もそれを聞いたら、草葉の陰で喜ぶでしょう」
それを機に色々と話を聞いて回り。
「そういえば、大叔父の源為朝殿が伊豆大島で暴れた際に、狩野茂光殿が祖父の北条時政らと共に討伐されたとか」
「よくご存じですな」
「いや、ここだけの話ですが、その際に祖父が一番に矢を放ったと胸を張って言われたので」
「それは酷い嘘ですぞ。ここだけの話ですが、一番に矢を放ったのは私の父です」
「でしょうな。我が祖父ながら、話の盛りが本当に酷いので、そうだろうと思っていました」
「おっと、先程の話は無かったことにしますぞ」
と話を進めて。
「源為朝殿を討たれた際に、色々と伊豆大島の統治等のための書類とかは無かったのですか」
「伊豆の国衙に納められた筈です」
「では、伊豆の国衙に行けば読むことができますか」
「うーん、在庁官人が管理している筈ですが。ああいうのは、意外と管理が杜撰ですし、新しいのを作れば照合の後は廃棄しますから、残っているかどうか」
「成程」
私はそれを記憶に止めた後、父に頼んで、伊豆の国衙を訪れた。
理由は言うまでもなく、源為朝討伐の際に確保された書類の閲覧である。
何か大叔父の源為朝の事績が分かるやも、その書類を見たい、と父に自分は言って、父は自分のために労を取ってくれたのだ。
だが、本当の目的は別にある。
「正直に言って、まともな統治とは言い難く、書類すら酷いモノでしたので、源為朝時代の書類を当てにせずに書類のほとんどを作り直しました。源為朝時代の書類は、この書庫のこの辺りにありますが、整理すら困難なので、ほとんどそのまま置きっぱなしです。何でしたら、持って帰ってもいいですよ。どうせ不要ですし。でも、希望に沿うのはありませんよ」
私を案内してくれた在庁官人は、そんなことを言った。
予想以上だ、と私はほくそ笑んだ。
伊豆の武士達の話を聞く程、大叔父の源為朝がまともな統治体制を作れていたとは思えなかったのだ。
統治するにはそれなりの官僚が必要不可欠だが、大叔父の周囲にそんな官僚はいないようだった。
だから、統治の書類は酷いものだろう、と考えていたのだが。
「それでも良いです、持ち帰って読ませてください」
私はそう言って、書類を持ち帰った。
少し補足説明します。
主人公がいきなり天測航法等を思いついたと言っても、誰も信じてくれる訳がありません。
(何しろ主人公は約10歳なのです)
そうしたことから、大叔父の源為朝が遺した書類に記されていたという嘘で誤魔化すことに。
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