第14話
そんな下工作を済ませた後、私は北条時政に大江広元、三浦義澄に和田義盛、比企能員らを集めて、改めて梶原景時を日本国外に事実上は追放することを告げた。
そして、合議制から一人欠けることになるので、源範頼を加えることにしたいとも相談した。
「ふむ。景時が日本国外に出ていく、というのならば、それは良い話ですな」
和田義盛が口火を切った。
「唯、南海等の探査を行うため、という名目を与えての事実上の追放処分というのが、どうにも儂の気に食いません。ここは明確に梶原景時に罰として与えるべきです」
和田義盛は、侍所の長官を梶原景時に奪われた恨みがある。
だから、ここまできついことを平然と言うのだ。
一方、私の祖父の北条時政は、何とも微妙な表情を浮かべて沈黙を保っている。
御家人の中で嫌われ者の梶原景時が日本からいなくなるのを、本音では喜びたいのだが、その代わりとして私の叔父の源範頼が加わるのが、どうも気に食わないようだ。
とはいえ、どう言えば周囲が納得するのか、言葉を選びかねているのだろう。
その一方で、大江広元は明らかに悩んでいる。
大江広元は吏僚であり、武力が無いといっても過言ではないので、筋論を言うのが精一杯だ。
梶原景時を源通親との縁等から庇いたいのだが、現状ではそれは困難だ。
そうしたことから。
「梶原景時殿が、それを受け入れればよろしいのですが」
と言葉を濁すようなことを言った。
そこに三浦義澄が口を開いた。
「梶原景時にも意地があるでしょう。この際、鎌倉殿の温情という形で、南海等の探査を行うためという形を採った方が穏便に行くのでは。のう、比企殿」
「三浦殿の仰られる通りかと」
私の下工作から、一時的に三浦義澄と比企能員は手を組むことにしたようだ。
だが、これは仮初めの平和だ。
何しろ、来年には公暁が生まれる一方で、既に一幡がいる以上、三浦氏と比企氏は何れは暗闘を始めるだろう。
自分としては、将軍、鎌倉殿の地位を有力御家人の連携で維持するものとしたいのだが、有力御家人同士の仲が余りよろしくない以上、時宜に応じた連携工作に常に気を遣わざるを得ない。
転生前の父の口癖を、私はふと思い出した。
「ヨットはな、風と浪とを巧みに常に読まないと航行できんのだ。それを常に忘れるな」
この頼家の身になって、半ば無理やり読まされた「貞観政要」にも似たようなことが書いてあった。
「君は船なり、人は水なり」
この場にいる自分は船で、目の前にいる御家人達は、暴風と大波浪の面々ばかりということか。
しかも、その船は文字通りのヨットで、補助航行用の機関どころか、櫓櫂も無いときている。
私は無事にこの先も生き残れるのだろうか。
更にはラスボスと言える母と叔父まで控えているのに。
そんなことを考えていると、比企能員と三浦義澄の連携工作は、何とか他の面々を納得させることに成功したようだ。
もっとも大江広元はともかく、和田義盛と北条時政は仏頂面になっている。
和田義盛にしてみれば、明確な罰として梶原景時を追放できないのが釈然としないし。
北条時政は結果的に目の上のたん瘤といえる源範頼が合議制に加わるのが、仕方ないとはいえ、どうにも納得しづらいのだろう。
だが、これで何とか主な面々の同意が取れた、と判断した私は、
「それでは梶原景時にこの処分を申し渡す」
と宣言し、この場の全員が肯いた。
そして、梶原景時は表面上は神妙に、内心では小躍りしてこの処分を受け入れたが。
北条時政と和田義盛の二人は、
「全く梶原が拒否してくれれば良かったのに」
「全くだ。そうすれば梶原一族を根絶やしにできたのに」
とこぼしあったらしい。
私はそれを聞き、改めて胃に穴が開く想いしかしなかった。
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