第13話
私はその足で三浦義澄邸を訪れた。
その理由は言うまでもなく、梶原景時との約束を果たすためだ。
私は景時にああは言ったが、三浦義澄に対して航海術の技術者等の事前相談はしていない。
何しろ事は秘密を要するからだ。
だから、泥縄式に自らが動いて、全てをやろうと努める羽目になった。
「実はな」
私は義澄に面会してすぐ、景時を日本国外に追放すること、景時はそれを受け入れたことを話した。
義澄は、まさかそんな事が起きるとは、と驚愕している。
私は義澄の驚愕から、今こそ好機と畳みかけることにした。
「だが、そうなると航海術の技術者等を梶原景時に提供せざるを得ない。流石にそれをしないと、それこそ死罪と変わらぬ事態が起きる。景時にしても助命されると分かったから受け入れたのだからな」
「確かにそうですな」
「それに船を始めとする援助を、景時に全くしない訳にも行かないだろう。何でそこまで、と言われるかもしれぬが、鎌倉党を始めとする梶原景時一派を武力討伐するよりはマシだろう。そちらの方が、それこそ下手をすると全国に戦乱が波及して費え等がバカにならぬ事態になる。それに」
私は敢えて、そこで言葉を切って義澄を見据えた後で言った。
「朝廷への聞こえもある」
義澄は目を見開き、無言で考え込んだ。
私は暫く、義澄がどう考えるかに任せた。
義澄が納得しないなら、更に自分が説得するが、こういったことは自分で考えさせるべきだ。
それに義澄が自分で納得してくれた方が、他の者への説得の際にも役立つだろう。
暫く私が無言で義澄を見ていると、ようやく自分の考えから覚めた義澄が声を潜めて言った。
「まさか景時が朝廷と密かに通じている可能性があると」
「景時は先日、内大臣に就任した源通親と仲が良い。更に源通親と後鳥羽上皇の関係からすれば、密かに景時が院宣を給わる可能性も無きにあらずだ。そして、大江広元は源通親と昵懇で、広元の息子の親広は通親の猶子にまでなっている。又、景時の武力は強力な鎌倉党を中心にして、全国に散在している。これら全てが悪い方向に転がったら、どのような事態が起きると考える」
私が義澄に合わせて、声を潜めて答えると。
義澄は目を見開き、自分の考えをまとめるためか、無言で首を回しだした。
これは私に義澄は同心するな、そう考えていると、義澄は私の考え通りの事を言い出した。
「確かに大江広元は怪しいですな。更に全てが悪い方向に転がっては堪りません。景時は日本国外に追い出すべきでしょう。それに景時がその処分を受け入れるつもりならば尚更だ」
「三浦殿、よくぞ決断してくれた」
私は義澄を称賛し、義澄は私の言葉に気を良くした。
「それから」
と私はさりげなく言った。
「今、私の正室が身籠っているのだが、男児ならば、三浦一族から嫁を取りたい。気が早いと言われそうだが、何しろ私の次の将軍になる身だ。こういうのは早く決めておきたい。勿論、乳母は三浦一族から出してほしい」
「おお、そうなれば真にめでたい話。我が三浦一族は、正室の御子を全力で支援しますぞ」
義澄は自らの胸を叩いた。
これで良し。
史実で賀茂氏の娘が産んだ公暁が、自分の後継者として名が上がらなかったのは、賀茂氏の娘の父が既に亡くなっていたし、賀茂氏の地盤が三河なので力が余り無かったからだ。
だが、これで三浦一族が公暁の後見人になったといえる。
梶原景時率いる鎌倉党の主な面々が日本から出ていく方向になった今、相模の最大の武力は三浦一族がほぼ独占することにもなる。
義澄にしてみれば、私はお前を頼みにしていると暗に言ってくれて、次期将軍の外戚までほぼ約束してくれたのだ。
私は力を持った三浦一族の取り込みに成功した。
ご都合主義と言われそうですが。
実は梶原景時と源通親、更に大江広元のつながりは、史実でもあったことで、そうしたことから大江広元は梶原景時に対する告発を最初は握りつぶそうとし、更に梶原景時が上京しようとして討ち取られています。
この話の裏には、そういった背景があるのです。
又、賀茂氏の娘と主人公の息子が、出生前に公暁と呼ばれるのはおかしいのですが、読者への分かりやすさ優先ということで平にお願いします。
(この辺りをリアルにやろうとすると、例えば、登場人物は官職名等で呼び合うことになるので、私も苦労するし、読者もこの人は誰なのだ、ということが多発します)
ご感想等をお待ちしています。




