氷の公爵は前例に倣う
復讐の時が近づいてきた。
ふつふつと沸くものは悦びか、恨みか。
ただ分かることは。
早く奴等を処刑台へと送りたい。
「婚約者候補を侍女に……ですか」
「ええ。リゼル王子は多感な時期ですし、何よりこうも決まらない王太子妃候補です。ここは多く選定した上で、王子ご自身に決めて頂くのがよろしいかと」
レイナルドは各諸侯に配布した資料を元に説明を終えたところだった。
王太子妃候補を巡る問題の解決策として、王宮内の侍女として婚約者候補を招待するということを。
「候補者は様々です。人数は最大で二十名を予定しております。勿論、侍女として勤めることに抵抗ある方には正式な方法をとってリゼル王子との面会機会を設けさせて頂きますが」
「まあ……無理だろうなぁ」
一人の大臣が唸る。
リゼル王子にはここ数年かけて、何度となく自身の婚約者となる者との時間を設けてきたが、全て不発に終わっている。
事情は様々だが、この場で原因は追求しない。
何故なら、その原因を突き詰めると我が国の王と王妃を貶す行為に値するからだ。
「ええ……畏まった場での対話に関しリゼル殿下の意思は低いです。更に言わせて頂くと、既に候補として上がる婚約者候補のご令嬢達とは既に顔合わせを済ませている以上、そう何度と時間を設けることこそ……時間の無駄でしょう」
レイナルドのはっきりとした発言に対し、一部の家臣達は眉を顰めた。が、言葉にはしない。
ただ、心の中で悪態を吐く。
レイナルド・ローズ公爵への罵詈雑言を。
「ここ二年の間に婚約者候補であった方々は随分と減りました。その結果、リゼル殿下の御心にも傷として残っておいででしょう。ですので、ここは前例にもあります通り、侍女として側仕えをしていく中で親交を深めて頂こうと考えたのです」
前例。
即ちそれは、現国王グレイと国王妃ティアのことである。
ティアは元々グレイの侍女として仕えていた令嬢だった。結果、大恋愛に展開した後結婚にまで至っている。
その後がどうであれ……その過去は覆せない。
更には現国王に倣い、という言葉に誰一人として反論が出来ないのだ。
それが、悪策であろうとも。
「それでは……よろしいでしょうか?」
レイナルドは微笑む。
氷と称される笑みで、周囲の唇を凍らせたのだった。
リゼル・ディレシアス王太子が十五となった頃から、彼の婚約者となる人物の選定は行われていった。
しかし、候補が現れれば現れるほど事態は困難と化した。
それにはいくつか理由がある。
一つは、現在政権の派閥が揺らぎつつあること。
古くから王国に仕える侯爵家が次代こそは一族から婚約者を選んで欲しいと訴える。
しかし、元王妃の一族であるダンゼス伯爵家が政権の偏りに苦言を申し出る。
それでは過去三代は王家と婚姻を結んでいない伯爵家ではどうか、と縁談を持ちかける。
一度顔合わせをして事は進みそうになったが、令嬢の醜聞が露見し事態は白紙となった。
そうしている間に一年が経った。
十六歳となるリゼル王子にいよいよ婚約者を決めなくてはと躍起になっていたが、それでも決まらず一年が経過した。
その頃には女性に対し嫌悪感を抱きだしたリゼル王子を慮り、婚約者騒動は一時収束させた。これ以上事を荒立てて進めてしまえば、リゼル王子自身が結婚をしないとまで言い出すのではないかと心配したのだ。
気鬱になりかけた王子の心身回復を待っている間に年は十九歳となった。
流石にもう待てはしないだろうと穏やかに、しかし性急な気持ちで婚約者決めを相談している時。
レイナルド・ローズが提案した。
『婚約者候補を侍女として傍に置き、リゼル王子自ら選ばれてはどうか』と。
結局頭を悩ませていた家臣達は。
藁にも縋る思いでその提案を受け入れたのだった。
「まさか本当に通るなんて……」
「皆、阿呆だろう?」
王城に用意された執務室で、婚約者候補の選定資料を纏めているレイナルドの隣で書類を眺めていたアルベルトが茫然とした様子でぼやいた。
今回の話を事前に聞いていたアルベルトとしては「まさか」という感想しかなかった。
よもや実現するなど考えもしていなかったが、実際に可決されたのだから恐ろしいものだ。
「前例に倣えば誰も口は挟めないのさ」
「前例か……」
聞こえは良いがレイナルドが遠回しにグレイ王と王妃を非難している。
侍女に手を出す節操のない国王であると馬鹿にしているのだ。
姉という正式な婚約者を無碍にし、浮ついた感情であっさりと侍女だったティアに陥落された男であると。
そしてその国王を尊重するように見せかけながら、無鉄砲にも思える策を講じているあたり執念深さが窺える。
「令嬢達はいつ頃王城に?」
「遅くても来月までには。国の招集だ、断る家も少ないだろう」
「……随分幅広く集めたものだ」
アルベルトが確認した限り名門家の令嬢もいれば、全く名前も知らない辺境の令嬢の名前まであった。爵位も様々だが、特に男爵家から子爵家までが多いかもしれない。
「気位高いお嬢様がたには侍女という役目が屈辱らしい……」
「だが、その方が貴方にとっても好都合なのでしょう? 仮にリゼル王子が誰かを選んだとして、貴方はその女性を使い何をなさるのか」
「さあねぇ」
答えをはぐらかすレイナルドの態度にアルベルトが小さく溜息を吐いた。
アルベルトは生真面目すぎるため、こういった人心を操るような戦術は不得手である。
「……王宮が騒がしくなるな」
「そうだね。暫くは今いる侍女達には別の地で働くよう手配をしている」
「騎士団には?」
「うん?」
「騎士団に侍女が少なくて団員が困っている」
「うーん……」
そんな話は聞いていないとレイナルドは頭を掻く。
「まあ、この中から何名かそちらに異動させようかね。良さそうな子もいると思うよ」
「いいのか?」
「本人達が望むならいいんじゃないか? 恐らく王宮侍女を辞めたがる者も出てくるだろうし」
「…………何が起きるのやら」
アルベルトは心底うんざりした。
金髪の美しい男は悪魔のように。
優雅にそして狡猾に物事を進めていく。
暫く王宮に平穏は訪れない。
それはつまり。
復讐の時が近いことも指し示しているのだった。
数日後。
エディグマ男爵が治めるエディグマ領に一通の手紙が送られる。
手に取り中の文章を読んだ女性は。
「最悪だわ」
とだけ、呟いた。
その女性、マリー・エディグマこそ。
ローズマリー・ユベールの生まれ変わりである。
本編より引き続き読んで下さった方ありがとうございます!
次から王城編として別章にさせて頂きました。
引き続き楽しんで頂けると嬉しいです。




