家族からの贈り物
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山間に覆われたディレシアスから北部にあるローズ領に、数ヶ月ぶりに訪れた。
私の肩に羽織った厚手のコートはレイナルドの物で、大きく私を包み込んでいる。
長い時間乗っていた馬車をレイナルドにエスコートされながら降り、私は古城を見上げた。
そろそろ雪もちらつく季節らしい。ディレシアス国に比べてローズ領は標高高い地形に街があり、冬の訪れが早いのだという。
寒々としたローズ領は一見冷たい印象を抱かせるけれども、暫くの間暮らしていた私はその印象が全く違うことを知っている。
少しして古城から懐かしい顔が姿を表した。
執事長であるリーバー様が君主を出迎えるだけではなく、モルディさんや料理長のダンガスさんも出迎えてくれた光景に私の頬は緩む。
帰ってきたのだと思えるほどに。
ローズ領は私によって故郷のような場所になっていたのだ。
「随分と戻るのに時間が掛かってしまった。すまない」
「いえいえ。王都でのことは領民にも知れ渡っておりますが皆領主であるレイナルド様を讃えておられましたよ。せっかくですので宰相就任を祝う祭事でも開きましょうか」
温かな紅茶をレイナルドに渡すリーバー様は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
私が手伝おうかと躊躇する前に、私にも紅茶を用意してくださった。ちなみに私はレイナルドの隣に席を用意され座っている。
既にレイナルドとのことを、リーバー様を並びに他の方々はご存知のようで。
私は少しばかり恥ずかしい気持ちで祝福の言葉を受け止めた。
「祭事をするならマリーとの婚約を祝うものにしようか」
「それは素晴らしい! この時期は祭り事が少ない民にも楽しみが増えますな」
口を挟む間もなく進んでいく。
「挙式の日取りはいつになさる予定で?」
モルディさんが確認するように背後で聞いてくる。
本来、家臣が口を挟むといったことはされないものだけれど、リーバー様やモルディさん、ダンガスさんといった古く付き合いのある方々は別であることはローズ領侍女の頃から知っていた。
「春だ」
「早いですわ」
モルディさんがはっきりと告げる。
「衣装の支度や披露宴の準備も考えると早くて夏前でしょう」
「いや、春だ。花の咲く時期がいい。花が開花した庭園を歩く花嫁の姿は美しいだろう?」
にっこりと微笑むレイナルドの様子に、その場に居たリーバー様とモルディさんが固まった。
「まさかレイナルド様から詩人のようなお言葉が出るとは思いませんでした。かしこまりました。春には間に合わせましょう」
それからしばらくは王都でのことやローズ領で変わったことがないかなどの話が始まり、昼食が始まってからレイナルドは執務を、私はモルディさんに呼ばれて式や催事についての話し合いをすることになった。
「マリーを見た時から、この子だったらレイナルド様も心を開いてくれるかもしれないと期待していたんだけど……本当に叶えてくれるなんて」
ポツリと、衣装のための採寸を調べている間にモルディさんがそんな風に言葉を漏らす。
「ありがとう、マリー」
レイナルドのいる前ではもう、私を敬称で呼ぶモルディさんがこの場で私を以前のように呼び捨てにして呼んでくれた。
私とモルディさんで芽生えた絆があるからこそ、私達はその事を自然に受け止めた。
これはきっと、彼女が私に対して見せる最後の上司としての姿。
私こそ、彼女やリーバー様達に感謝を贈りたい。
ローズマリーが亡くなってから、レイナルドを支えてくれたのは紛れもなく彼女達なのだから。
「こちらこそ……ありがとうございます」
そう思うと、涙が溢れずにはいられなかった。
モルディさんは何も言わず、私を優しく抱き締めてくれた。
「マリー」
夕食の時間までテラスで景色を眺めていた私を呼ぶレイナルドの声。
聞こえた先はテラスの下だった。
「ここまで来てくれるかな」
レイナルドの手に持つ花束を見て、私は無言で頷きテラスを離れた。
レイナルドの元に行くと、着いてきて欲しい場所があると言われた。私は素直に従い、レイナルドの隣を歩いた。
古城から少し離れた、森林に囲まれた場所はローズ領侍女の頃から見覚えのある場所だった。
私は、レイナルドが花束を持っていることから予感はしていた。
以前、私はリーバー様に頼まれ花束をレイナルドに渡したことがあるからだ。
その時も「もしかしたら」と思っていた百合の白い花。
ローズマリーへの献花だ。
レイナルドは建物の扉に掛かった施錠を解くと私の手を取り中へと導いてくれた。
扉の先は静かで灯もない。入口付近に置かれた燭台に火を灯し、その先にある地下へ続く階段を進んでいった。
薄暗い地下の下はとても冷えていた。
陽に当たらない場所の奥に、ひっそりと像が見えた。
僅かな灯りによって見えた銅像が女性であることが分かった。
そして、その像が見守るように置かれた棺。
そこには生前の私が眠っているのだ。
「…………貴女という人が此処に居ても、私にとっての姉様は変わらない。不思議な感じですね。どう、表せばよいのか分からない」
「それは私も同じです。だって、私だった人がここに眠っているんですから」
それもそうかと、レイナルドは小さく笑った。
「…………この場所で、こんな風に心安らかに過ごせる日が来るなんて思いもしなかった」
手に抱いていた花束を棺の上に置き、レイナルドはその場に膝をついた。
「…………姉様」
レイナルドの声は、私ではなく眠るローズマリーに向けられていた。
きっと彼は今までもこうしてローズマリーに語りかけていたのだ。
「ずっと……姉様の復讐だけが、私の生きる支えだった。姉様の前で復讐を果たすことだけを報告してきた。けどね、きっと姉様が復讐など望まないかもしれないと、時々考えてもいたんだ。姉様はお優しい方だから、私が血に染まるような事を望まれはしないだろうと」
棺についた少ない埃を手袋をはめた手でそっと撫でて拭う。まるで、姉の髪に汚れがついているのを取ってあげるような優しい手つきだった。
「それでも止めることはできなかった。私の生きる目的を今更止めることも出来なかった。私は姉様を生きる理由にしていたに……過ぎなかったのかもしれません。姉様を喪って一人で生きていくことを、幼い私は受け入れられなかった」
レイナルドの独白を私は黙って聞いていた。
けれど、彼の言葉が止まった。
私は膝をついたレイナルドの様子を見て理由が分かり、彼の背中に優しく手を置いて撫でた。
泣いていたのだ。
静かに、嗚咽をあげることもなく。
一筋の涙の跡が彼の頬に跡となって残っていた。
「マリーが私の元に現れたこと……私は姉様が最後に与えてくださった贈り物だと……そう、思ってもよろしいですか?」
答えなどあるはずもない。
生まれ変わりである私にだって分からない。
私が分かることは、ローズマリーの生まれ変わりであり。レイナルドという弟でもあった彼が、ただひたすらに愛おしいという想いだけだった。
それでも、もしローズマリーと私が同じ気持ちだとしたら。
きっと彼女は、レイナルドの言葉に優しく頷くだろう。
レイナルドは、ローズマリーにとってもただ一人の。
愛した家族なのだから。




