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(閑話)我が父、我が罪、我が償い

 リゼル・ディレシアスが下した前国王グレイ・ディレシアスへの罪状は生涯幽閉であった。

 幽閉とは伝えたが、劣悪な環境下にあるような牢獄ではなく、質素なこじんまりとした家屋に閉じ込める形での幽閉となった。

 逃げ出さないよう見張りは常についていたが、脱走する意思がないグレイに対し警備の目は厳しくない。

 そう、脱走する意思がないのだ。

 

 その日、様子を確認するためリゼルは父が過ごす蟄居している家屋に足を運んだ。

 民衆や貴族らにもグレイがどこで過ごしているかは公表していない。伝えれば悪意ある者に抹殺あるいは利用されることを危惧したため、場所を知るのはリゼルの他にレイナルドだけである。

 仮にレイナルドが復讐に目覚め、父を手に殺めようとするならばそれも致し方ないとまで思っていた。

 リゼルは父の命に残酷ではあったが諦めを抱いていた。それほどの罪を、国王たる身分でありながら務めを果たさなかった父に非があるのだと、新国王は受け入れていた。

 

 家の入り口に立つと門兵が頭を下げながら扉を開いた。

 中に入ると明かりが灯されていない部屋の中は薄暗い。

 薄暗い部屋の奥、一脚の椅子でぼんやりと腰掛けている男の姿が見えた。

 父であるグレイだ。

 リゼルと同じサファイア色の瞳は空を見つめ、口はだらしなく開き、訪れたリゼルに気付きもしなかった。

 父は牢獄で拷問にかけられた際、気を狂わせてしまった。

 味わったこともない苦痛と死への恐怖から、理性を封じ込めてしまったというのが医師による見解だった。

 誰もが哀れにグレイを見ていたが、リゼルはそうではない。

 父は、逃げることで王の責務から解き放たれたのだ。

 それはある意味父にとって幸いだったのかもしれない。

 何故なら、以前は眉間に皺を寄せ怒鳴ってばかりだった父が、この家に閉じ込められてから怒ることもなく穏やかな日々を過ごしているのだ。


 リゼルは黙ってグレイの傍に寄り、ずり落ちていた膝掛けを拾い彼の膝に掛け直した。

 拷問により斬られた脚は治療が遅く、グレイ自身が治すことに意欲がなかったために満足に歩くこともかなわない。せいぜい杖をついて建物の中を歩くか、誰かの助力で生活するので精一杯だった。

 

「父上」


 声をかける。

 ぼんやりとした瞳がリゼルをとらえた。


「お変わりありませんか?」


 答えてくれるとは思っていないが、リゼルは会いに行くたびこうして声を掛けている。

 返答はまちまちだ。

 だが、今日は違った。


「おお……ティア……」


 父が穏やかな笑みを浮かべ、リゼルの頬に手を当てた。

 父のこれほど嬉しそうな顔をリゼルは見たことがなかった。


「息災か? 腹の子の調子はどうだ?」

「…………順調です」


 恐らく母がリゼルを腹に宿った頃の記憶を呼び戻しているのだろう。

 考えてみれば、その頃こそがグレイにとって幸福な時期であったのかもしれない。


「そうか……そうか……無事に産まれるといい……そなたに似て美しい子となる。待ち遠しいな……」


 母に似た赤色の髪に触れるグレイの表情は優しい。

 心から母と、腹に宿るリゼルの安否を願う父親の表情にリゼルは泣き出したくなった。

 これほど優しい言葉を、リゼルは生まれてから一度だって父から与えられたことがなかったのだ。


 彼と同じサファイア色の瞳が揺らぐが、一度目を閉じそっと父の手を握り膝に戻した。


「今日は冷えます……暖かくしてお過ごしください」


 父の頭を撫でる。

 似ることがなかった銀色の髪には白髪が混じってみえる。以前の父には全くなかった髪色。グレイの髪は老人のように白髪が目立つようになっていた。

 会話を終えるとまた空を見つめるサファイア色の瞳をリゼルは黙って見つめていた。


 父は罪を犯した。

 無知であった罪。罪ない者を裁いた罪。国王としての務めを果たさなかった罪。

 同じ国王となったリゼルには罪の重さが分かる。

 だからこそ償おうと誓った。

 父の罪は、自身が償おうと。

 それが国を治める者としての務めであるのだから。


 そして、それと同時に分かったことがある。

 この罪の果てにようやく父を父と思えるようになった。

 皮肉なことに、父が全てを失ってようやく。

 リゼルは父と対面できたのだ。


 







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