裁定
何度か行き来していたリゼル様の部屋に通されると思っていた私は、到着した部屋の扉を見て納得した。
(今は国王の部屋を使われているんだった)
ローズマリーの時でさえ滅多に訪れることのなかった部屋に通されることに緊張したけれど、扉を開けて入ってみれば中は随分と印象が違った。
堅苦しい調度品はほとんどなく、あるのは観葉植物といった自然が多いためか、部屋の雰囲気がとても柔らかく感じとれた。
「マリー!」
部屋の主が嬉しそうな声で訪問者である私を歓迎してくれた。
私は最上級の礼節あるお辞儀でリゼル様に挨拶をしたけれど、終えて見上げてみたら何ともいえない表情でこちらを見ていた。
「そう畏られると距離があるなぁ」
「距離があるのは当然でしょう。国王ですから」
若干棘を含む口調で返答したのはレイナルドだった。
レイナルドが私の隣に立ち優雅に挨拶をすると、リゼル様の表情がみるみる不快そうな顔色に変わった。
「余裕そうだね」
「陛下のご助力あり、こうして得難い宝を取り戻すことに成功致しました。改めて御礼申し上げます」
「……まだ宝が貴殿の所有になったわけではないだろう?」
「そうそう、陛下には先に申し上げておきます。この度私とマリー嬢の間で結婚することに致しました。リゼル王にも結婚式の招待状をお送りしたいとは思いますが、ご多忙でしょう?」
何をいきなり。
私はレイナルドの急な宣言に顔を真っ赤にして慌てて彼を見上げたものの、当のレイナルドは平然と微笑みながらリゼル様を見ていた。
「…………我が国の宰相殿がここまで狭量だったとは知らなかった。式の日取りは国が落ち着いてからにして貰えるかな」
「そうですか。では、まずは書面上だけでも進めようかと思います。マリーもそれでいいかな」
「え? あ、はぁ……」
あまりにも物事が進みすぎる展開についていけないものの、分かることは式を挙げるにしても国が落ち着いてからということ。
それならばと頷こうと思ったけれど。
「待った。そんなに待たせないつもりだ……から、式と一緒で構わない」
「…………リゼル様。引き際は大事かと思いますが」
「貴方は容赦がなさすぎる」
何故かリゼル様が項垂れ、レイナルドが呆れた様子で嗜める光景に変わっていた。
「…………本題に入りましょう」
レイナルドの声をきっかけに、私達は席に座って話し合うことにした。
「マリーの無事を伝えにきたのかな。顔を見る限りそれだけではないようにも思えるけど」
リゼル様の発言をきっかけに私はレイナルドと顔を合わせた。
「……リゼル様。一介の侍女が差し出がましいことを申し上げること、先んじてお許し願いたいと思います」
「…………分かった」
私の言葉にリゼル様の声が静かに許可を与えた。その声のトーンは、以前のような明るさや王子としての若さを感じさせるものというよりも、王としての威厳を感じられた。
リゼル様もまた、大きく変わられたのだ。
「ローズマリー・ユベールと私は血縁関係こそありませんが縁故ある間柄でした」
予想外の言葉だったようでリゼル様の表情が曇った。彼は静かにレイナルドを一瞥したけれど、レイナルドは黙って私の言葉を待っていた。
私は構わず続ける。
「私自身、彼女に対して特に何をする事はございません。ただ、彼女の代わりにグレイ様に対するご決断を見守りたいと思っております」
「父の?」
「はい……レイナルド様よりグレイ様の裁定が決まっていない話を聞いております。レイナルド様自身、判断を決めかねているということも」
「そう……なのか?」
リゼル様は初耳とばかりにレイナルドを見る。
レイナルドは澄んだ瞳をリゼル様に向けて静かに頷いた。
「……私個人で決断するには私怨が入りすぎます。しかしながら陛下のお気持ちを考えると判断を致しかねる。なので、第三者でありながら最もグレイ王によって被害を受けた姉様の代理人としてマリーをこの場に連れてきました。私達だけでは、きっと答えは出せないでしょうから」
流石だなぁと、場違いにも私はレイナルドの話術に感服した。無茶な願いをした私の意見が、まるでレイナルドから頼んだように説明をしてくれていた。その方がリゼル様にとって自然に受け止められるように説明をしてくれているのだ。
「……僕は貴殿の姉君がどのような方だったのか人づてにしか聞いていない。貴方達にそこまで慕われているのであれば、さぞ素晴らしい方だったのでしょうね」
褒めすぎです。ちょっと恥ずかしい。
何故かレイナルドは誇らしそうにしているけれど。
「父は彼女をどれほど辛い目に遭わせたのでしょう……僕も、覚悟は決めています。父が処罰されようともそれは受け入れるべきなのだと。それこそ、父の罪を償う術がそれしかないのであれば……そうすべきだと思っています」
「リゼル様」
「それでもね、マリー。僕にとって父は父なんだ。たとえ愛されていなくても、愛情を与えてもらった記憶はほとんどなくても。彼は僕にとって血縁者であり、何より僕が父の代わりに罪を償うべきだとも思っているよ」
私は大きくかぶりを振った。それは違うと、ローズマリーでもそう言っただろう。
「リゼル様。そのような事を仰らないで。私はローズマリーの想いを知っています。彼女はただの一度だってグレイ様に対して恨みを抱いていません。リゼル様が罪だと仰るのであれば、彼の行動を止めることが出来なかったローズマリーにも罪はあります。彼女は、婚約者だったのだから……止めるべきだったんです」
唇から過去の想いを溢す度、私は過去の映像が脳裏に浮かぶ。
不快な表情でグレイ様に拒絶される度、ローズマリーの彼に対して諫める気持ちが萎んでいったのだ。
「もっと努力すべきでした。自分にもっと行動力があれば、今のような悲しい未来はなかったのかもしれないと」
「それは違う。悪いのは母と父、そして祖父だった。何より王権が揺らぐような事態を、父はもっと重く受け止めるべきだったんだ。前国王であった祖父も父に対して甘かったんだ……全ては王家の人間が招いた事だ」
「……過去は、過去です」
私は、改めてリゼル様と会う機会をもって良かったと心から思った。
誰よりも未来を、前を向いて欲しいリゼル様もまた、過去に囚われようとしていたことに気付けたからだ。
「過去の罪はもう変わりません。リゼル様は過去を振り返らず、どうか未来を紡いでください。それがきっと、ローズマリーの願いでもあったと思います」
「ローズマリー嬢の?」
「はい。彼女は望まぬ婚約者の役目を受けましたが、それでも必死で未来の王妃になるため努力してきました。その結果が民に届く日を夢見ていたのです。それが唯一の楽しみだったのかもしれません」
婚約者に見向きもされないローズマリーは、ただひたすらに婚約者としての勉学に励んだ。
愛する家族からも引き離され、誰も味方のいない王城の中でただ一つ自分の生きる価値を探し続けた。
民にとって良い王妃になれることを、民を……ひいては自分の愛する家族が安らかに暮らせる未来を望んでいた。
その未来に向けた夢は、残念ながら果たせなかったけれど。
「……もし、私にグレイ様の処罰に対して裁定を下せるのであれば、私はリゼル様に委ねたい」
言葉はリゼル様に向けて伝えているけれど。
真の意味で私はレイナルドに伝えた。
私の結論は、こうなのだと。
「リゼル様はディレシアス国にとっての希望です……リゼル様の望まれる未来が、私やローズマリーにとって幸いであると、信じさせてください」
過去に囚われず、未来に向けて進んで欲しいという願いを込めた言葉を。
リゼル様と共に聞いていたレイナルドが静かに微笑んだ。
受け入れてくれたという合図に。
私も静かに、微笑んだ。




