ふたりきりの朝食
騙されたような気持ちがありつつも、レイナルドの屋敷に入った私の気持ちは既に切り替わっていた。
何故なら、本当に何もない屋敷だったからだ。
飾り一つない、それどころか生活感すらない屋敷の中はとても物寂しくて、そんな場所を1秒でも変えたいという気持ちが強まった。
聞けば屋敷は主に反国王派とクーデターに向けて話し合いの場に使われていたようで、どちらかといえば隠れ家のような使い分けをされていたらしい。
時折リーバーが来ていたこともあって、来賓用のひと通りは揃っていたので私やレイナルドが寝泊まりするには問題なかった。
長旅や今までのこともあって疲れが溜まっていた私は寝支度を整えるとすぐに眠ってしまったらしい。
ふと、目を開ければ快晴な朝だった。
「おはよう、マリー」
「おはようございます」
タジリアにも持参していた荷物から普段着のドレスを着て食卓の間に向かえば既にレイナルドが中にいた。しかも、レイナルド自ら朝食を用意している。
「給仕はいないから軽食ですまないね」
「そんなっ。レイナルドが用意してくれたんですね。ありがとうございます」
「この辺りには王家御用達のパン作りの職人がいるから、大体朝食はそこで調達してもらっているんだ。食べようか」
広々としたテーブルだけれども席は隣同士という不思議な形で朝食を摂った。レイナルドが言う通り焼きたてらしいパンはとても美味しかった。
「……こうして朝食を二人で摂るのは久しぶりだな」
静かに食べていたレイナルドが思い出したように呟いた。
思い出してみれば。
「そういえば昔はこうして2人で食べていましたね」
昔、ローズマリーの頃の思い出だ。
「覚えておいでですか」
「勿論です。レイナルド、野菜をたくさん食べられるようになっていたので嬉しいです」
小さい頃は偏食家だった彼が、多少フォークの進みは遅いものの野菜も食べている姿を見て私は笑った。レイナルドは何処か困ったように微笑んでいる。
「その話をされると、つくづく私は肩身が狭い。姉様にはいつも叱られていたな」
「そうですよ。レイナルドは文句を口にしなかったけれど無言で野菜を残していましたから。ローズマリーが注意すれば渋々食べているのは見ていて可愛かったです」
「…………姉様との思い出話ができることは嬉しいけど、この話はもう止めておこうか」
初めてレイナルドが困った顔を見たかもしれない。
私は嬉しくて口元を緩めつつも、これ以上困らせたくなくて「はい」と了承した。
「……今日の予定だが私は登城する予定だよ。色々と仕事が残っているのでその処理を。それと、一つだけ大事なことが残されてる」
声色が変わったことに気付いて私は黙ってレイナルドの言葉を待った。
「グレイ王の処罰が近く決定されている。リゼル王を始めとした王族の親縁から恩赦を望む声があがっている。反国王派である革命側は極刑を求めている声が高いんだ」
「グレイ様の……」
「元国王に対し厳罰を与えることで民が抱く態度も変わってくるだろうし、何よりリゼル王が極刑を拒んでいる……分かってはいたことだけどね」
リゼル様ならば、きっとそうなさるかもしれないとすぐに想像できた。
たとえ愛情を与えられるような家族の関係がなかったとしても、実の父親を無情に処刑するような方には決して見えなかったから。
それでも……民が、国として前国王の死を必要とするなら、きっとリゼル様は頷かれるかもしれない。
そう考えているのはレイナルドも同じなのだと、彼の表情から分かった。
「……処遇の決断はレイナルドに託されているのではないですか?」
「そうだよ」
レイナルドはあっさりと肯定した。
「私と反国王派に属していた仲間達は極刑を望んでいた。死は免れず、たとえ死を望めないとしても強制労働を与えるべきだと声を挙げていた。姉様と同じように公開処刑をさせることが私の望みだった」
淡々と語るレイナルドの言葉に偽りはない。
私は黙ってレイナルドの言葉を受け止めた。
「少なくとも、貴女が姉様の生まれ変わりであると知るまでの私が抱いていた望みです。ですが、私はもう決断を下せない。だから姉様、貴女が決めて頂けますか?」
「私が?」
とんでもないことを言い出した。
「私は姉様と、ひいてはマリーと誓いました。決して貴女を悲しませるようなことは二度としないと。これ以上姉様が姉様自身を責めるような行いはしないと誓っているのですから。けれどあの男……前王の裁定は下さなければならない。ならば姉様が望む通りに進めたい。それに、最もあの男に苦しめられた姉様こそ、この罪状を決める者として最も相応しいのでは?」
「そうでしょうか」
グレイ王に悩まされた者は、ローズマリーの他にもいるのであれば、その人々にとっても望むべき罪を与えることが相応しいと思ったけれど。
レイナルドは悲しそうな表情を浮かべながら静かに口を開いた。
「グレイ王の行いによって罪は多く重ねられてきたけれど、命を落としたのは姉様だけでしょう」
他は、ティア率いるダンゼス派の者らが行ってきたものばかりだった。傀儡の王が唯一感情のままに断罪したのは、ローズマリーただ一人だったのだと、レイナルドはそう言っているのだ。
「…………そうですか」
「マリー」
慰めるように抱き締められる。まるで予めこうなることが分かっていて隣同士に座っていたのかな、なんて思ってしまう。
「あの男は最初で最後の過ちを犯した。その罪は死をもって償うべきだと私はずっと思っていた。けれどそれは私の我が儘だ。姉様には辛い決断になるかもしれないが、望むがまま決めてもらいたい」
慰めるように頭を撫でながら、それでも言葉は厳しい決断を求めていた。
「……少しだけ考える時間をください」
すぐに決められることではなかった。
マリーとして生まれ変わった私は、ローズマリーではあったけれど、それはもう過去の人。
過去を清算させるにしても、あまりに大きい決断を下せというレイナルドを冷たいと非難したっていい。
けれどそれはできない。
この、苦しい決断を与えられたこともまた、ローズマリーが望む罪の償い。レイナルドもそれを分かっているからこそ、辛い決断を私に与えるのだ。
ふたりきりの朝食を終えてすぐ、私はレイナルドと共に王城に向かうことを決めた。
重い決断を下す前に話を聞きたい人がいたからだ。
レイナルドに相談すれば喜んで承諾してくれた。
馬車に乗って王城に向かうまでの道は早く、あっという間に王城に到着した。
門番にレイナルドが顔を見せると大慌てで門番は扉を開き、従者が急足で城の中に走っていく姿が見えた。
そういえば。
「レイナルド、仕事を放り出してタジリアに来てたんでしたっけ」
私を追いかけてきたと言っていたけれど。
少なくとも三日は仕事を空けている。
今、ディレシアスで最も忙しい筈の宰相が、三日も。
長い足を組みながら馬車に乗っていたレイナルドが優雅な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり手を差し伸べてきた。
「到着したようだ。さあ、手を」
私の問いに対する答えはなく。
レイナルドにエスコートされながら、私はとある部屋へと案内された。
向かう先は一つ。
リゼル国王の元へ。




