狡いふたり
『二度と私から離れないで』
レイナルドの悲痛なまでの願いだった。
たった一言が、どれほど彼を長い間苦しめてきてしまったのか私は改めて思い知らされた。
大切な人に死なれてしまう悲しみを私はレイナルドという大切な弟に与えてしまったのだ。
「レイナルド……」
最近になって記憶を取り戻した私には計り知れない長い間。
ずっと彼はローズマリーを想っていてくれた。
彼が語ったローズマリーとレイナルドの立場が逆であったらという例え話に、私は否定することが一つもできなかった。
彼の想像通りだったからだ。
ローズマリーの身で思い返してみても。
彼女の記憶に映し出される幸せだった日々はレイナルドやアルベルトと過ごす日々だけだったから。
抱き締めてきたレイナルドの背中に腕を回し、私はそっとレイナルドを抱きしめ返した。
「…………私は、今でもローズマリーが許せません」
「はい」
「貴方を……レイナルドを苦しめてしまった原因は、たとえ何があったとしてもローズマリーがきっかけだったのだから」
「たとえ私がそれを否定しても、貴女は認めてくださらないのでしょうね」
「はい」
「もし、その罪を償うと仰るのならばどうか私の傍から離れないでください。1秒でも長く私と共に在り続けることこそが償いなのだと……そう考えて頂けませんか?」
「…………」
私はすぐに返事ができなかった。
「復讐を果たした私を断罪したいのであれば、いくらでも罰を受けましょう。殺めた者への謝罪も、破滅へと叩き落とした者を生涯掛けて救済しても構いません。まぁ……不本意ではありますが」
真面目な話の中にふとした冗談のような言い回しだったけれど、きっとそれも全部含めてレイナルドの本心だろう。
「どんな罪も償いますよ……貴女と共にいられるのなら」
レイナルドの掌が私の頬を優しく撫でる。大きな手。幼い頃とは逆の立場になっていることに気付かされる。
もう、彼は幼い頃のレイナルドではないのだ。
「…………分かりました。でも……」
まだ気持ちの整理はできていない。
そう簡単に片付けられることではなく、私の頭の中はまだモヤモヤとした考えが止めどなく思い巡らせている。
レイナルドは私の言葉に嫌な顔一つせず、蕩けるような笑顔を浮かべ、きつく抱き締めてきた。
「待ちます。貴女が貴女自身を許せる日を。私が……姉様のために、本当に望むことを果たせる日を」
「…………はい」
私は狡い。
どれだけレイナルドが多くの人の命を奪ったとしても。
どれだけ酷いことをしてきたと言われたとしても。
きっと全てを許し、彼を好きになる。
何より狡いのは、20年以上の時が経っても。
レイナルドが私のことを思い続けてくれたことを。
密やかに喜んでいるのだから。
暫くお互い言葉を交わさずに抱き締めあっていたのだけれども、時間が経過してくると冷静さを取り戻してくる。
そろそろ誰か尋ねてきてもおかしくないのではないか。
そもそも、どうしてレイナルド様がここにいるの?
「あの……」
身を離して話を聞こうと思ったけれど。
身体が離れない。
「あの……?」
「このまま話を続けて」
いや、ずっと抱き締められていると……
話す以上に恥ずかしくなってくる!
「レイナルド様、ちょっとお話をしたいのですが」
「レイナルド、と。そんな他人行儀な言葉遣いはやめて貰えるかな」
「ですがっ今は立場というものがありまして」
「ああ……そうか」
何か納得した様子でレイナルド様が少しだけ身体を離してくれた。
ホッとしたのも束の間。
離さずに掴まれていた手の甲に口付けをされた。
「マリー・エディグマ嬢。私と結婚して頂けますか?」
「…………え?」
何を言ってます?
「姉様の事で話が逸れてしまったけれど、そもそも私はマリーを迎えに来ていたんだ」
「そ、うなんですか……」
「貴女からの謝罪の手紙を読んだ時は断られたのかと思い絶望したが……考えるに姉様のことがあったからだろう?」
「そうですが……」
「その件は先ほど伝えた通り、永遠の時間を掛けてでも罪を償っていくつもりだ。その件は……貴女も納得していると思っているが?」
「え? ええ、はぁ……」
なんだろう。
さっきまでのしんみりとした雰囲気が……一変している。
まるで奇術師の前に放り出されたような気分で、私は混乱したままに受け答えをしてしまう。
「それでは姉様の件は概ね解決した。あとはマリー、貴女の答えを教えて欲しい」
「答え」
「そう。私が貴女を愛しているという……その問いに対する、答えを」
心臓が煩いほどバクバクと鳴っている。
目の前のレイナルド様は、もう幼い頃に知っているレイナルドとは大きく違っていた。
さっきは復讐によって変わってしまった事を悲しんでいたのだけれど……
今は違う。
以前から、マリーとして出会ってから時々知っては思い知らされる、男性としての彼が。
私を捕らえるように見つめてくるのだ。
「マリー」
金色の柔らかな髪が私の頬をくすぐるように触れて、その低く熱を帯びた声が私の耳元で名前を囁く。
たった一言、名前を呼ばれただけなのに私の肩は大きく揺れる。
顔が熱い。
「返事を。私を一欠片でも異性として意識したことがあるのなら、その首を縦に振ってほしい」
翡翠色の瞳が私を絡め取る。
「私を微塵にも意識していないのであれば、首を横に振って? それだけで構わない」
そんなの。
そんなの狡い。
視線を迷わせようと俯いても、彼の手が私の頬を捕らえ優しく視線を交わせる。
レイナルドは知っているんだ。
私が、マリーが彼を意識していることを。
「…………っ」
「マリー?」
ああ。
降参だ。
どうあっても、私はレイナルドに勝てないのだ。
小さく、けれど分かるように私は首を縦に振った。
すると。
柔らかな感触が唇に押し当てられた。
それが、レイナルドの唇だと気付く頃には。
私は彼に食べられるまでの勢いで。
深く、長く唇を奪われていたのだった。




