復讐を終えた末に見つけたものは
抱き締めていたマリーがレイナルドの胸をそっと押した。
離れたいという意志を感じ、感動に呑み込まれていたレイナルドは我にかえり僅かに身体を離した。それでも離れたくない気持ちがあるのか、手だけはマリーの肩から離れなかった。
姉の生まれ変わりだと言ったマリーの表情は暗く、涙は零れ落ちたままだった。決して喜びの涙ではないことを、表情からレイナルドは察した。
そして、次第に冷静になってきた頭で過去を振り返る。
レイナルドが初めてマリーと会った時のことを。
思い返してみれば、マリーは姉と手紙のやり取りに使う絵本を手に取っていた。その時からマリーが姉であった兆しは見えていたのだ。
様子がおかしいとその時に思ったが、まさか姉の生まれ変わりなどと考えられるはずもなく、レイナルドはいつものように冷たく接した。
そう。
冷たくだ。
「……………………」
レイナルドの中に冷ややかな風が吹きつけた。
姉であるローズマリーと別れた時、レイナルドはまだ十二歳の子供だった。
姉の死後、いつか果たす復讐のために心を閉ざした。
非道と呼ばれても否定できない行いをしてきた。
全ては姉の復讐のために。
姉の元に、姉を死に追いやった者達を跪かせ同じ目に遭わせるためだけに奔走してきた。
「姉様は…………私をお厭いになりましたか……?」
喜んでくれるとレイナルドは盲信していたが、それでも時折ふいに思い浮かんだことがあった。
優しかった姉は、本当に復讐を喜んでくれるだろうか。
復讐を望んでいるのは姉ではなく、レイナルド自身の望みだと。
分かっていて目を逸らしていた。姉が喜んでくれる、決して悲しむことはない。
そうでなければ。
レイナルドは復讐を果たせなかったから。
「…………貴方を嫌いになることはありません」
「姉様……」
「でも」
肩を掴んでいたレイナルドの手を掴まれる。
そして掴まれていた手が離れた。
「貴方の心を凍らせてしまったローズマリーが許せない……」
「違います!」
否定しようとした口にマリーの指が触れる。
これ以上、語らないでと涙ながらに訴える。
「事実です。貴方の大切な人生をローズマリーが奪ってしまったことは変わりありません……っ」
マリーの肩は震え更に涙が落ちていく。
「幸せになって欲しかったんです……亡くなる最期まで、ローズマリーが……私が望んでいたのはレイナルドの幸せだったんです……」
「姉様……」
復讐を果たせ、最愛の姉と再会できた今。
これ以上の喜び、あるはずがない。
しかしマリーは首を横に振る。
「私は誰よりも貴方の幸せな顔を覚えている。家に来て、ずっと笑顔を見せない貴方が、やっと笑ってくれた日のことを覚えている? 一緒に母の別荘に遊びに行った日のことよ……近くの湖で遊んでいた時、二人して転んで湖に落ちて……初めて貴方が笑ったの」
マリーの口から語られる幼い頃の記憶を、レイナルドは忘れるはずもなかった。
実の母から売られるようにして引き離され、冷たい扱いをされる中、唯一心を許せる姉と共に出かけた思い出。
小さなボートに乗って二人で遊覧していた時、身を乗り出した姉を助けようと手を差し出しながら自分も湖に落ちたのだ。
幸い浅瀬で二人とも無事であったけれど、全身ずぶ濡れの二人が呆然とした後に大笑いをした。
あの、愛しくも大切な日を忘れるはずはない。
「レイナルド……あの時のように、本当に貴方は幸せなのでしょうか……」
木漏れ日の中。
びしょ濡れになりながら陸に上がる二人の子供。
手を握り、顔を見合わせては思い出して笑い合った。
あの日々を言葉で表すのであれば。
それは間違いなく、幸せであった。
ローズマリーの記憶から知っているレイナルドの幸せ。
けれど今、レイナルドの冷めた笑顔を見て。
血に染まりながら辿り着いた現在を思うと。
幸せとはほど遠くに存在するようにしか思えなかった。
「………………」
暫く黙ったレイナルドが涙を落とすマリーの顔を上げさせ、その瞼に唇を当てて涙を掬い取った。
急な行動に言葉を失ったマリーが顔を上げるも、レイナルドの唇は頬に流れる涙をも丁寧に拭っていく。
「レイナルド……?」
レイナルドから言葉はない。
マリーの手を取り、自身の手と絡めてから視線を絡め。
「幸せです」
穏やかに微笑み、そう告げた。
「姉様。姉様のお気持ちは分かりました。姉様は、貴女が亡くなられたことにより、このように変わり果ててしまった弟の姿が許せないのですね。幸せとは縁のない世界で、復讐に縛られながら生きていかなければならなかった私を見て……許せないと仰るのでしょう。けれどそれは違う。未来はいくらでも選べました。自ら進んでこの道を選んだのは紛れもなく私です。決して姉様の責任ではありません」
悔いのない生き方であることはレイナルドにとって紛れもない事実であった。
復讐を果たすためだけに生きていく以外に、別の選択肢だって多く存在したのだ。
だが、そのどれも選ばなかったのはレイナルド自身の選択だ。
決して姉の責任ではない。
「ただ一つ後悔するとすれば、姉様だと気が付かずにマリー……貴女を悲しませてしまったことだけでしょう。貴女に嫌疑の目を向けてしまったことは、過去に戻れるのであればやり直したいぐらいです」
「そんなこと……」
「ねえ、姉様……考えてみてください。もし、ローズマリー姉様の立場が私だとしたら? 私が無罪の罪によって殺されたとして……貴女は私の死を乗り越えて新たな生き方が出来ましたか?」
マリーは言葉を失った。
考えもしなかったことだった。
「お優しい姉様のことだから、きっと私の死を深く悼んでくれることでしょう。私のように復讐とまではいかないまでも、きっと真実を明るみに出すために奔走して下さったかもしれない。私がどうか幸せにと、姉様にお伝えしたところで……姉様は自責に悩まれていたのではないですか?」
「………………それでも……」
「同じです」
レイナルドが違いの両手を強く絡ませる。
「きっと同じだったのではないかと……私は盲信しています。愛する姉様はきっと私のことを忘れることもなく、生涯をかけて私の真実を明るみに出していたことでしょう。私は復讐という形で成し遂げました。それが……こうして姉様を傷つけてしまったことは申し訳ありません。生涯をかけて償うことを誓います。でもね、姉様……いや、マリー」
姉と分かってから初めてレイナルドに名前を呼ばれると、マリーの顔をした彼女が驚いた様子でレイナルドを見た。その表情をレイナルドは愛し気に見つめている。
「貴女が姉様の生まれ変わりと知らずに愛した事で私には確信して言える。私はもう、マリー以外に愛する人などこの世界に存在しないと」
「え……?」
「姉様がご自身を許せないと仰るのなら、どうか私に償ってください。生涯私の傍にいて、これ以上私が復讐に身を委ねないよう監視してください」
「それは、どういう……」
「貴女がいなくなったと知った時、何も手につけられなかった……マリー。貴女の真実を知って納得しました。私は、姉様以外に人を愛することが出来ないのです」
掴んでいた手を緩め、マリーの腰に手を置き包み込むように抱き締めた。
困惑するマリーに比べレイナルドは酷く落ち着いていた。
冷静に見えて必死だった。
一瞬たりとも離さない。
もう二度と失わせないために。
「マリー。姉様。これだけは忘れないで。私は貴女という存在なしには生きていけないことを……私の幸せを望むというのなら……どうかもう……二度と私から離れないで」
血に塗みれていようが、復讐の末に幸せになれないと思われようがレイナルドには構わなかった。
だって、姉が傍にいるのだから。
今まで復讐の末に何があるのかなど考えもしなかったのだ。姉に纏わることだけがレイナルドにとっての全てだったのだ。
けれど今は違う。
マリーという愛する存在ができて、その存在がローズマリーの生まれ変わりだと知って。
幸せを感じずに何を感じるというのだろうか。
復讐の末に見つけたものは。
もう二度と失いたくないという。
恐怖しかなかったのだ。
次話からマリー視点に戻ります




