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紅茶の苦味が染みとなり

 私はぼんやりと窓辺からタジリア領の景色見つめながら紅茶を飲んでいた。

 お手伝いをしたりニキの結婚式に向けて手伝いをしたり、することはあるけれども全てが終わると暇になる。

 

 慌ただしい日常が続いていたから、こうしてぼんやり景色を眺めながらお茶を飲む時間は嬉しいけれど。

 暇になるとレイナルド様のことを考えてしまう。


 復讐を果たせたと喜ぶ彼の笑顔を思い出すだけで心に棘が刺さったように痛む。

 感じる痛みの原因は様々な感情が入り混じっている。

 悔恨、後悔……それだけではない。

 嫉妬もしていた。

 

 ローズマリーだった前世の記憶や感情が抱く、愛する弟を変えてしまったことへの後悔。

 それとは裏腹に、やはり姉だったローズマリーのことをひたむきに想い続けてきた事に対する醜いまでの嫉妬。

 

 好きだと言われ、どれほど嬉しかったか。

 なのに素直に受け止めきれない。

 何故なら、私はローズマリーでもあるのだから。


「…………」


 私はテーブルに置いてあった手紙を手に取り読み返す。

 タジリアに来てから毎日のように眺めている、ローズマリーへ宛てたレイナルドからの手紙。

 幼かった頃の彼がどれほどローズマリーを愛していたかの証。

 

 たとえ恋心を抱いたからといって、私がローズマリーの生まれ変わりであることは変わりなく。

 たとえ好きになった人であっても、彼が私にとって弟だった事実も変わらない。

 

 私とローズマリーが同一であり別人であるように。

 私にとって幼い頃のレイナルドと、好きになったレイナルド様も同一であり別人のように思っていた。

 

 少なくとも今までは。

 

「…………何が正解なのかな」


 正解なんてものは存在しないと分かっている。

 解決する術なんて存在しないということも。

 それでも私は、複雑な感情が絡んだ今の状況から逃れたいと思ってしまった。

 

 ローズマリーの感情を切り離せたら、私に芽生えてしまった恋という感情を消せたらどれほど良かったか。


「…………はぁ。まただわ」


 暇になって考え事を始めると、いつもこの考えで堂々巡りになってしまう。

 気を取り直し手紙をテーブルに置いてから隣にあった紅茶を手に取り、口に含む。

 淹れる時に茶葉の量を間違えたせいで苦味が強い。

 せっかくの茶葉を台無しにしてしまったことで更に気分が落ち込みかける。

 

 時折暗い顔を見せる私にニキは優しかった。

 タジリアに着いてから改めてニキには少しだけ話をした。


 好きな人がいる。

 けれど、どうしても想いを伝えられない事情があって。

 相手にもそれを伝えられなくて悩んでいた、と。


 ニキは相手が誰か聞かなかった。

 けれど勘の良い彼女のことだから相手が誰であるかは気付いていると思う。

 それでも何も言わず、私の背中を優しく撫でてくれたニキの優しさに私は甘えた。


 『貴女には休む時間が必要なのよ。今まで婚約者とか色々あったでしょう? ちょっとぐらい休んだって文句は言われないんだから、沢山休みましょう?』


 そう、言ってくれた。

 

「……そうだった」


 私は今、休む時間が必要なのだ。

 気持ちを切り替え顔を上げる。

 外から心地良い風が吹き頬をなぞっていく。

 暖かな屋敷と、少し離れた先から見えるタジリアの景色に慰められる。


「伝えるべきか、伝えずにいるべきか……一緒に考えましょう? ローズマリー」


 私がずっと悩んでいたことはただ一つ。

 真実を彼に伝えるべきか、だった。

 どうして私が彼に対し逃げてしまうのか、何故悲しいのか。

 真実を伝えることがレイナルド様にとっての誠意になるかもしれないと思った。


 ただ……その事でレイナルド様を傷つけてしまうことが怖かった。

 真実を伝えることは決してレイナルド様にとっての幸せではない。


 好きだと伝えてくれた私が姉であると知った時。

 その感情がどうなってしまうのか。


 実はそれが、私にとって何よりも怖かったのかもしれない。

 それでも。


「はぁ……だとしても、もうちょっとお休みさせて頂こう……っあ!」


 紅茶をソーサーに戻そうとしたところで手が滑ってしまい、渋い味をした紅茶が横に置いていた手紙の端に掛かってしまった。


「大変っ」


 こんなところに置いてしまった自分を叱責しつつも、とにかく早く染みを消さなければ。

 私は慌てて隣室から手拭いを取りにいき、軽く叩くも色はまだ落ちていない。


「そうだ、汚れ落としの粉を少し貰ってくれば……」


 思い立つと同時に部屋を飛び出し給仕室に向かった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 マリーが部屋を飛び出したと同時の頃。

 屋敷には小さな騒ぎが正門で行われていた。


「レイナルド・ローズ公爵様が……何故タジリアに……」


 門番から急ぎ呼び出された執事は呆然とした様子で黒馬に跨ったレイナルドを見上げていた。

 急いで駆けてきたらしく肌には汗が伝っている。

 金色の髪、翡翠の瞳、何より襟についた紋章のブローチが彼の身分を明かしている。


「事前に連絡もよこさず申し訳ない。急ぎ面会したい者がいたのだ。マリー・エディグマ男爵令嬢が滞在していると聞いている。彼女と話をする機会を頂きたい」

「それは……」


 執事はここ数日、屋敷内で暮らす四女の友人を思い出す。

 侍女のような働きを率先して行いたいと願った風変わりな女性を。


「頼む……彼女に会う機会をどうか」


 執事を更に混乱させたのは、都で噂されているレイナルド・ローズ公爵がこの場にいることもさることながら、これほどまでに焦燥に駆られる表情で目の前にいることだった。

 氷の公爵と謳われるほどの冷酷な人間性を揶揄されていた彼が何故、汗を滲ませ必死に執事である自分に頼み込むのか。

 明らかに取り乱した行動としか思えなかったのだ。


「ま、まずは主人に申し立てを……」

「待って!」


 少し離れた先から聞こえてきた女性の声に執事とレイナルドは視線を向けた。

 外出用のドレスを着たニキがその場に立っていた。

 

「ローズ公爵。お久し振りにございます」

「ニキ・タジリア嬢」


 ニキは畏まった態度で改めてお辞儀をする。

 レイナルドはニキの姿を見ると何処か安堵した様子を見せ、その場で馬から降りた。


「非礼であることは承知している。マリーと会わせてもらえないだろうか」


 レイナルドの姿を見た時から、マリーの所在が既に知られていたのだとニキは悟った。

 そしてマリーが言葉にはしないものの想っていた相手が的中したということも。


「……恐れながらマリーは今、傷心した状態にあります。あまり刺激するようなことは賛同致しかねます」

「お嬢様!」


 執事がニキの返答に驚き思わず声をあげる。

 立場が上の者に対しニキの発言は失礼に当たるからだ。しかしレイナルドは気にせず言葉を続ける。


「分かっている。彼女を傷つけてしまったのは紛れもなく私だ。だが、理由が分からない……もし彼女を傷つけてしまったのであれば謝罪の機会をもらえないだろうか」


 レイナルドはあくまでニキに許可を得ようとしている。それは、マリーがニキを頼り彼女の元に身を寄せていることを理解しているからだ。

 レイナルドの立場であれば強行することだって可能だった。しかしそうはせず、ニキからの許しを得ようとしている。

 ニキは苦笑しながら腰に手を当てた。


「……私にとってマリーは大事な友達なんです。どうか、彼女を悲しませないでください」

「勿論だ」


 しっかりと告げるレイナルドの言葉に観念し、ニキはマリーの居る部屋の場所を伝える。

 案内を執事に任せ、足早に去っていくレイナルドの背中を見つめながらニキは祈る。

 大好きな友の恋が成就するように、と。




「こちらでございます」

「ありがとう」


 執事によって案内された部屋の前。礼を告げると執事は心配そうな様子をしながらも気を利かせてその場を後にした。

 扉を前にしてレイナルドの心臓はうるさいほど高鳴っていた。

 意を決して戸を叩く。


 が、部屋から返事はない。


 軽く咳払いをしてからマリーの名を呼ぶ。


「レイナルドだ……開けてもいいだろうか」


 しかし返事はない。

 おかしいと思い、失礼を承知の上で扉を開けた。

 部屋はそこまで大きくはないが、貴族の女性が一人で過ごすにはじゅうぶんな広さではあった。

 部屋の中に荷物は多くない。だが、見覚えのあるマリーの私物を見かけ、ここにマリーが居たことが事実なのだと分かった。

 

「マリー?」


 部屋の中を見回してみるが、人の気配はなかった。

 出掛けているのか。

 落胆するような、緊張が解けたような気持ちで窓に向かう。

 少しだけ開いた窓から穏やかな風が吹いていた。

 すると、少しだけ強い風が吹いた。

 机の上に置かれていた紙がひらりと舞った。


 レイナルドは反射的に舞った紙を落ちる前に手で掴む。

 手紙でも書いていたのだろうか。

 中身を見ることは失礼に当たるため視線から外そうとしたが。

 

 レイナルドは目を離すことができなかった。

 そこには、愛する姉へ向けた。

 幼い頃の自身が書いた署名が書かれていたからだ。

 



 

本編の「転生した悪役令嬢は復讐を望まない」のノベル版2巻が10月頃に発売予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよですね?! がんばれ、レイナルド、マリー(*^-^) 楽しみにまってます!!
[良い点] レイナルドが必死な様子がいいですね。。 そしてついに核心に迫る感じでしょうか…! 「好きだと伝えてくれた私が姉であると知った時。その感情がどうなってしまうのか。実はそれが、私にとって何より…
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