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望むものは復讐ではなく


「ん…………」


 眩しい日差しを感じる。

 ぼんやりとしたまま、私は天井を眺めていた。

 随分と眠っていたらしい。

 

「…………?」


 見覚えのない天井だとようやく気付く。

 もやが掛かったような頭が少しずつ動き出してきた。

 次第に意識を取り戻し、私は慌てて起き上がった。


「ここは……レイナルド様の部屋?」


 見覚えのある部屋の作りはレイナルド様の執務室だったはず。王城の侍女として勤めしていた時や婚約者候補の打ち合わせをする時にも出入りしていたのだから見間違える筈がない。

 けれど、どうして私がここに?


 着ている服は夜に着ていた部屋着用のドレスで、明らかに眠るために着るドレスではない。


「あ……」


 そこで私は思い出した。

 夕食の時のことを。

 急な眠気から眠り薬を盛られたのだと思った。

 そして、その犯人がレイナルド様だと。


 押し寄せてくる不安に身体が強張る。

 窓から外を見てみれば日は昇って朝日が空に輝いている。いつもならニキが支度の手伝いに訪れる時間。

 けれどニキはいないし、何よりここはレイナルド様の執務室。

 とにかく行動をしなければと寝台代わりとなっていたソファから起きたところで扉を叩く音がした。


「…………どうぞ」


 自分でも驚くくらい固い声色で返事をすると、静かに扉を開けてレイナルド様が入室してきた。


「おはようございます」

「…………」


 いつものように挨拶をするレイナルド様の姿を見ても私は返事をすることが出来なかった。

 緊張した空気の中でレイナルド様が頭を下げてきた。


「貴女の断りもなくひどい扱いをしてしまった……その事をお詫びする。事情を、説明しても?」


 やっぱり。

 分かっていたことではあるけれど。

 薬を盛った事を事実とするレイナルド様の言葉にひどく傷つきながらも、私は静かに頷いた。

 何処かホッとした様子のレイナルド様に私の胸が痛む。

 

 誘導され席に座ると改めてレイナルド様との話が始まった。


「まずは貴方に眠り薬を飲ませるよう仕向けたのは私です」


 はっきりと告げられ、私は喉の奥が痛む。


「…………何故そのようなことを?」


 どうにか絞り上げて言葉を発すると、レイナルド様は真っ直ぐに私を見つめながら

「貴女に危険が及ばないようにするためです」


と答えた。


 それから、ティア王妃によって襲撃が予定されていたことや、それを逆手にとって囮作戦を計画していたことを聞いた。


「貴女のことだ。自分が囮になると言いかねないと思いました」


 そんな風に言われ、否定したくても出来なかった。


「それは……そうかもしれませんが……」


 自分のことだ。

 勢いでそんな事を言い出しかねない。

 だとしても薬で眠らされるのは違うと、思った。

 言って欲しかった。

 断られたとしても、余所者として除外されたくなかった。

 そんな自己中心的な感情が表に出てしまうことに、自分自身が嫌だった。


「襲撃犯を捕らえ、貴族会議の場で王妃と国王の派閥を弾劾する計画を立てました。丁度良いタイミングでしたので時間との勝負でしたため、貴女に事情を伝えず手荒な手段で貴女を眠らせてしまったことは本当に申し訳ない」

「…………丁度良い、タイミング?」


弾劾する計画?

 犯人を捕らえることが目的では無かった?

 私の中にある仮説が生まれる。


 レイナルド様は、ずっと前からこうなることを予測していたのではないか。

 その計画は複雑で、私を巻き込むことを良しとしないのではないか、と。

その計画が、王妃と国王の弾劾。

 まるで推し量ったようなタイミング。

 

 何かがおかしいと思った。


「ねえ、レイナルド様……丁度良いタイミングと仰ったけれど……本当は全て予定されていたのではないですか?」

「…………」

「仮初の婚約者を立てることで襲われることも、全て分かっていらしたのでは……ないでしょうか……」


 レイナルド様の顔から表情が消えた。

 図書館で見たような、時折見かける冷たい表情。

 あの、幼かった時の優しい弟の笑顔とかけ離れてしまった冷たい表情が。


「……その通りだ」


 肯定した。


「私はずっと考えていた。私の姉……ローズマリー姉様の復讐を」



 復讐。

 ローズマリーの復讐を……


 何処かで、そうなのではないかと。

 感じていた私がいた。


 けれど否定したかった。

 レイナルドは、レイナルド様はもう。

 前に進んでいてくれているのだと。


 けれどそれはただの願望だった。

 姉であるローズマリーとしての。

 侍女として、一人の女性としてのマリーとしての。

 都合の良い願望だった。


「私にとって姉は全てであり世界だった。姉を殺された私にとって生きる目的は復讐しか無かったんだ。姉を殺されてから二十年もの間ずっと考えていたんだ。どうやれば国王を、王妃を姉と同じ目に遭わせられるのかをね」


 つらつらと並べられるレイナルド様の言葉は復讐心に満ちていた。

 報復できたことへの喜びすら感じられる。


「ようやく果たせたんだ……やっと姉様の復讐が果たせた」


 レイナルド様が、笑った。


 幼い頃の笑顔とは全く違う笑顔だった。

 喜びも。

 愛情も感じない。

 報復出来たことへの悦びだけがそこにはあった。


「国王は姉と同様に処刑されるだろう。王妃は……残念なことに殺されてしまったが、それでも全ての罪を国内に公表する予定だ。姉様の罪状が全て無実であると宣言して貰い、姉様に相応しい地に眠って頂く。それが私の夢だった」


 夢……?

 それが、それがレイナルド様の。

 レイナルドの夢?


「姉様に対する復讐が全てだったんだ……だが、今は違う」


 両手を掴む腕があった。

 私はぼやけた意識の中で温もりに視線を向けた。


「マリー。私は貴女が好きだ」


 …………え?


 今、何て言ったの?


「…………あ……」

「偽りはない。本心だ……姉の復讐しか望まなかった私が初めて望む者は貴女だ」


 掴まれた両手がレイナルド様の額に触れる。

 サラサラとした柔らかな金色の髪が懐かしかった。


「私を軽蔑したかもしれない。復讐者としての私は醜い。それでも……そんな私でも貴女を望まずにいられないんだ」

「レイナルド様……」

「マリー。私と共に未来を生きてくれないか? 復讐に囚われた私に、未来があるのだと教えてくれた。復讐以上に成し遂げたいとさえ思ってしまったんだ。貴女が隣にいたらどれだけ幸せなんだろうと」


 レイナルド様から告げられる言葉を、マリーだけの感情だけだったらどれだけ嬉しかっただろう。

 私が、ローズマリーの生まれ変わりじゃなかったら、どれだけ幸せだっただろう。

 

 でも無理だ。


 彼に、愛するレイナルドに復讐という闇を与え、多くの人を血に染めるような生き方をさせてきたのは紛れもなく自分で。

 

 決して。

 決してマリーの。

 私の気持ちだけで、その想いを受け取れるはずがなくて。

 それなのにレイナルド様の言葉を嬉しいと思ってしまう自分がいて。


「貴女を愛しているんだ。マリー」


 愛する人が復讐の果てに未来を見てくれることに喜びを抱きたいのに。


 出来ない。

 

 溢れ落ちる涙を止めることもできず、私はひたすらこぼれ落ちていく涙をそのままにしていた。


「マリー?」


 驚いた様子のレイナルド様すらも視界には見えず。

 溢れかえる感情の渦が全てを飲み込んでいた。

 それでも、どうにか口を開き。


「……………………今は……お答えできません」


 そう、答えるのが精一杯だった。









 復讐が行われた。

 国王は捕らえられていた。

 王妃は、何者かに騒動の中で殺されたらしい。

 かつてローズマリーを陥れていた人々は次々に捕らえられたと聞く。

 

 リゼル王子が王として戴冠することが決まった。

 王城は常に慌ただしく人が出入りしている中、私はひたすら婚約者の部屋に引きこもっていた。

 寝台に横たわり、黙って泣いた。

 落ち込んで、自分を罵って、絶望の果てに眠っては目覚める日が何日か続いた。


 時々心配してレイナルド様が訪れてたらしいことは知っているけれど、私は表に出られなかった。

 そもそも今はあまり表立たない方が良い状態でもあるので、それがかえって有難かった。


「……………………どうすればいいの?」


 誰にでもなく問いかける。

 

 何も知らなかった。

 復讐を果たすために生きてきたレイナルド様の事を思うと辛かった。

 復讐を果たしたことで微笑む彼の顔を見ると余計に辛かった。

 

 ローズマリーは、レイナルドの幸福を願っていた。

 自分が亡くなった後も、どうか幸せであってほしいと願っていたのだ。

 

(今の彼が幸せと言えるの……!?)


 多くの人を殺め、裏切り、復讐を遂げさせたことを、幸せだと思えなかった。

 ローズマリーの望まない生き方をさせてしまった。


 誰のせいで?


「…………私だ……」


 ローズマリーだった頃の感情が溢れ出ては涙が落ちる。

 好きだなんて思っている場合ではなかった。

 もっと、レイナルド様の事を見て、考える必要があったんだ。

 私には出来たはずなのに。

 

「何も出来なかった…………!」


 どうすれば良かったのか分からない。

 ただ、素直にマリーとして愛情を受け取ることも出来ない。

 ローズマリーとしてレイナルドの前に立って詫びることも考えた。

 けれど彼はそんな事を望んでなどいない。


(どうすれば…………)


 ふと、扉を叩く音がした。


「マリー? 入るわよ」


 ニキだ。

 家族の急病でタジリア領に戻っていたニキが王城に戻ってきたのは数日前だった。

 様子のおかしい私を黙って慰めてくれていたニキが食事を持ってきてくれたらしい。

 私は涙を拭いゆっくりと寝台から起き上がった。


「今日もひどい顔」

「…………」

「温めた手拭いがあるから、これで顔を拭いて」


 ニキに渡された手拭いは温かく、私は黙って顔を拭った。

 泣き腫らした瞼に温もりが心地良い。

 

 ニキは何も聞いてこない。それが、今の私にはとても有難い。


「今日リゼル様にお会いしたの」


 顔を拭いながら顔を上げてニキを見る。


「会えないか相談されたけれどお断りしちゃった。良かったかな」


 私は静かに頷いた。


「内々にしか婚約の報告をしていなかったから一旦白紙に戻すからと仰っていたわ。元々そういう約束だったの?」

「……うん。情勢が落ち着くまでのカモフラージュだったから……」


 その言葉は嘘ではなかった。

 情勢が落ち着くという意味がまさかクーデターだと思わなかった。


「マリーはこれからどうするの? 故郷に戻る?」

「私は……」


 分からない。

 本当なら帰るべきだと思う。

 けれど、レイナルド様への答えが出ていないまま帰ることは出来ない。

 かといって、顔を合わせることも今は出来ない。

 悔恨しか抱けない気持ちのまま顔を合わせても平常でいられないと思った。

 

「……ねぇ、マリー。これはちょっと提案なんだけど。良かったらタジリア領に来てみない?」

「……え?」

「私の故郷よ。戻ったら結婚式の準備をするつもりだったの。それをマリーに手伝って貰えたらなって」


 急な話に私は赤く腫らした目でニキを見つめた。ニキは笑っていた。


「マリーみたいに器量良しな子が側にいてくれたら安心できるんだけどなぁ〜」

「それは……」

「ね? 少しの間でもいいわ。気分転換にもなるし。タジリアは良いところよ? 港も近いから海を見に行くことも出来るの。見せたい景色も沢山あるのよ! あと、私の恋人も紹介したいし」


 ニキの優しさが私を包み込む。

 彼女は私を本当に心配して、けれど気を遣わせないような言い方で誘ってくれているんだ。

 ここで塞ぎ込んでも良くないから一緒に外に出ないかと。

 自領に帰ることも決断出来ない私に、気持ちを切り替えるための手段を与えてくれているのだ。


 私は緩みきった涙腺からまた涙が溢れながらも。

 小さく頷いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マリーはニキと一緒にタジリア領に行ったんですね。 一人で失踪した訳じゃなくてよかったです〜。 今はいろいろな思いで頭も心もぐちゃぐちゃになってるかもしれませんが、タジリアで少し落ち着けると…
[良い点] ローズマリー視点からみた今回の復讐劇を丁寧に描いておられるところ [気になる点] マリー自身の考えで憔悴しているのではなく、どう考えても前世に引きずられ過ぎている感があるように思えました。…
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