復讐の先にあるものは
レイナルドは朝日が随分と昇ったことが分かると一刻休むと配下に告げてマリーの元に向かった。
そろそろ薬が切れるころだからだ。
起きてから混乱させてしまうことを避けるため、事情をしっかりと伝えるべきだった。
彼女に忌み嫌われても仕方ない事を行った自覚はある。
レイナルドにとって復讐は決定事項であり覆せない信念でもあった。
復讐に一切関わりのないマリーにその事実を知られてしまえば、彼女に止められたり非難されるのではないかとレイナルドは考えていた。
それはひどくレイナルドを動揺させる考えだった。
今更引き返すつもりなど毛頭ない。
しかし、初めて恋した女性に拒絶される想像は思った以上に心臓を抉られる。
で、あれば全てを終えた上で真実を告げたいと思ったのだ。
何よりもこれ以上マリーを危険に晒したくなかった。
執務室に戻りそっと扉を開ける。
ふと自身の上着を見れば、どこで付着したのか血痕がついていたため脱いで近くの椅子に掛けた。
臨時で作った寝室の扉を軽く叩けば中から声がした。
ひどく小さな声色だった。
レイナルドは幾ばくか緊張しながら扉を開ければ、寝台から立ち上がったマリーがこちらを真っ直ぐに見つめていた。
その表情は固い。
「…………おはようございます」
「…………」
緊張した空気がピリピリと肌に感じる。
レイナルドは長い睫毛を伏せ、まずは彼女に対し頭を下げた。
「貴女の断りもなくひどい扱いをしてしまった……その事をお詫びする」
「…………」
「事情を、説明しても?」
顔を上げてマリーの様子を見れば、彼女は黙って頷いてくれた。
レイナルドは心から安堵し、彼女を執務室のソファまでエスコートした。
茶もいらないと、すぐに座り事情を説明して欲しいと無言で訴えるマリーにレイナルドも従い向かい合って座った。
「まずは貴方に眠り薬を飲ませるよう仕向けたのは私です」
「…………何故そのようなことを?」
「貴女に危険が及ばないようにするためです」
王妃による襲撃が予定されていたこと。
マリーが襲撃されることが分かった時点で囮を使い犯人を捕らえることを考えていたこと。
「貴女のことだ。自分が囮になると言いかねないと思いました」
「それは……そうかもしれませんが……」
それでも言って欲しかったと言いたいのだろう。
レイナルドとしても説明して説得さえすれば済んだことなのは理解している。
けれど、その先に予定していた事実まで説明したくなかった。
「襲撃犯を捕らえ、貴族会議の場で王妃と国王の派閥を弾劾する計画を立てました。丁度良いタイミングでしたので時間との勝負でしたため、貴女に事情を伝えず手荒な手段で貴女を眠らせてしまったことは本当に申し訳ない」
「…………丁度良い、タイミング?」
レイナルドは顔を上げた。
マリーの様子がおかしいと思ったのだ。
声色が、表情がいつもの彼女と何処か違う。
「ねえ、レイナルド様……丁度良いタイミングと仰ったけれど……本当は全て予定されていたのではないですか?」
「…………」
「仮初の婚約者を立てることで襲われることも、全て分かっていらしたのでは……ないでしょうか……」
「……その通りだ」
否、とは言えなかった。
これ以上マリーに嘘をつきたくない。
「私はずっと考えていた。私の姉……ローズマリー姉様の復讐を」
姉の名を口にした時のマリーは、何処か納得したような表情を浮かべていた。
そして同時に深く傷ついた表情でもあった。
「私にとって姉は全てであり世界だった。姉を殺された私にとって生きる目的は復讐しか無かったんだ。姉を殺されてから二十年もの間ずっと考えていたんだ。どうやれば国王を、王妃を姉と同じ目に遭わせられるのかをね」
思い出す二十年の日々。
迫害され王城で嫌われ差別されてきた日々の中でも生きていけたのは、姉への復讐心だけだった。
「ようやく果たせたんだ……やっと姉様の復讐が果たせた」
レイナルドは笑った。
「国王は姉と同様に処刑されるだろう。王妃は……残念なことに殺されてしまったが、それでも全ての罪を国内に公表する予定だ。姉様の罪状が全て無実であると宣言して貰い、姉様に相応しい地に眠って頂く。それが私の夢だった」
そう。
夢はまだ続く。
復讐を果たした後にもやる事は沢山ある。
「姉様に対する復讐が全てだったんだ……だが、今は違う」
顔を上げ、強ばった表情のままレイナルドを見つめていたマリーの両手を掴む。
「マリー。私は貴女が好きだ」
「…………あ……」
「偽りはない。本心だ……姉の復讐しか望まなかった私が初めて望む者は貴女だ」
掴んだ両手をレイナルドの額にあてる。
「私を軽蔑したかもしれない。復讐者としての私は醜い。それでも……そんな私でも貴女を望まずにいられないんだ」
「レイナルド様……」
「マリー。私と共に未来を生きてくれないか? 復讐に囚われた私に、未来があるのだと教えてくれた。復讐以上に成し遂げたいとさえ思ってしまったんだ。貴女が隣にいたらどれだけ幸せなんだろうと」
それはレイナルドの本心だった。
長年の生きる目的としていた復讐を躊躇うほどにマリーとの日々が愛おしかった。
屈託なく接してくれるマリーに救われた。
初めて姉以外に対して気心を許してしまう人。
それがマリーだった。
きっとこの先、姉以外には現れることもないと思っていた愛しい存在を。
レイナルドは離したくなかった。
「貴女を愛しているんだ。マリー」
想いを伝えたくて、どうにか心だけでも伝えたくてレイナルドは言葉に全てを乗せ、マリーの指先に口付けながら想いを伝えた。
暫くしても、マリーから答えは出なかった。
様子が気になったレイナルドは唇を押し当てていた指先から視線をマリーに向けて、驚いた。
「マリー?」
マリーが、泣いていた。
言葉もなく泣いていたのだ。
「……………………今は……お答えできません」
全ての感情を押し殺した、マリーの言葉に。
レイナルドはそれ以上追求することも出来ず。
「分かった」と、応えるしかなかった。
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グレイ国王の罪状とティア王妃の逝去が発表された。
同時にリゼルが国王となることも発表され、城内も城外も大きな騒ぎとなる中でレイナルドは仕事に追われていた。
全ての事後処理や手続きで慌ただしい日々となっていた。
新国王となるリゼルを中心として国政を担う人事の決定も行わなければならない。
国の政務に関わる半数の人間が今回の騒動で職を失ったのである。代わりに立てるべき人事は軽々しく決めることが出来ず、レイナルドに人選に関して任命された。
(マリーとの時間が取れないな)
あれから……マリーは暫く時間が欲しいと言った。
婚約者の間に引きこもるようにして、マリーは姿を外に出さなくなったのだ。
後々婚約も解消するため、その方がかえって良いことも分かっているのだが。
(何だ?)
レイナルドは何かを見落としているような気がしてならなかった。
それでも、彼女の言ったように時間を与えるべきだというのも事実だった。
時間の合間にマリーの様子を窺うこともあったが満足に時間は取れていない。
会えない寂しさを感じるのは姉が婚約者として王城に行った時以来かもしれない。
(あの時はよく手紙を送っていた)
ふと、そうかと思う。
手紙でも書いてみるか。
そんな事を考えていたが。
先に手紙を送られたのはレイナルドだった。
『ごめんなさい』
一体何に対する謝罪なのだろうか。
たった一文だけ書かれたマリーの文字。
その日から、マリー・エディグマはディレシアス国から姿を消したのだった。
最終章に続きます。




