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血に染められた貴族会議

※流血、痛々しい表現が出てきます。ご注意ください。

 何かを引き摺る音が廊下に響く。

 布を擦る重苦しい音。時折微かにだが呻き声のようなものも聞こえてくる。

 騎士団の隊服を着た男二人によって引き摺られていたものは人間であった。

 王城直下の護衛兵の服を着た男は、至るところに傷を負っていた。

 特に深手の傷は両脚であった。

 太腿には明らかに裂傷した痕が痛々しくも残されている。

 拷問にかけられた痕だ。

 虚ろなまでに虚空を見つめる男はされるがままに両腕を抱えられ、騎士に連れていかれるのだ。

 行先は、王城の広間。


 貴族会議が執り行われている会場だ。




 早朝から集められた貴族らは出された珈琲を飲みながら優雅に時間を待っていた。

 寝不足で不機嫌な様子を見せる国王も同席している。

 流石に国の主要な人材が集う会議においては、日頃政務に参加しないグレイとて参加をせざるを得ない。

 普段であれば使い勝手の良い家臣に全ての采配を任せているのだが今回ばかりはそうもいかない。

 今日の場をもって息子であるリゼルの婚約者が決定するのだ。

 グレイとしては親しくしている家臣の令嬢をあてはめたいと思っていた。故に、今日の会議では異論を申し立てたいとは思っている。

 そういうやりとりが長丁場となったせいで婚約者が決まらなかった過去を知っていても尚。

 傀儡の王は家臣の願い出を申し入れようと思っていた。


「…………?」


 ふと気がつく。

 常ならば早めに出仕し形ばかりの挨拶を交わすはずのリゼルの姿が見えないのだ。

 妻と同じ赤い髪の息子は常に会議の場には早く出ていると言われている。グレイはいつも最後に入場するので知らないが。

 それでも今回の主題である息子の姿が見えないことに疑問を持った。

 だが、それだけだった。

 酒が抜けない頭ではろくに思考も回らない。

 早く終わらせたい。

 そう思っていた時だ。


 けたたましい音を立てて正面扉が開いた。

 その後、いくつかの悲鳴があがる。


「国王陛下並びに各諸侯に申し上げる!」


 騎士団兵が声高らかに叫んだ。


「昨夜、国逆を企む輩が侵入致しました! 首謀者を絞り出すためこのような場に失礼申し上げます!」

「何をしている!」


 グレイは怒りに任せ怒鳴った。


「このような場に相応しくないものを見せるな!」


 入口に立つ男達を見てグレイは不快に思った。

 血塗れの、拷問にかけられた見窄らしい男に、それを捕らえている騎士。

 会議の場に相応しくないと怒ったのだ。


「どうかご容赦を! 今、この機会を逃してしまえば国逆罪を企む首謀者らを捕り逃す可能性があるため、リゼル王子並びにローズ公爵により許可を頂いております!」


 リゼルとレイナルドの名に周囲の貴族が騒つく。


「リゼルはどうした」

「リゼル様は現在、襲撃に遭われた婚約者様の元に付き添っておいでです」


 襲撃の言葉に周囲が更に騒めいた。


「……話せ」

「はっ。夜半頃、この護衛兵がマリー・エディグマ嬢の眠られている婚約者の間を襲撃しました。危うく命を落としかけたところに突入し、この者を捕らえました。また、エディグマ嬢につきましては大事はございませんが、精神的なショックのため今は療養しておいでです」

「それで、この者は一体誰の使いだと?」


 諸侯の一人であるアークベルト宰相が発言した。

 彼こそグレイにとって腹心たる家臣であった。


「はっ。尋問致しましたところ、ある人物の名が上がりましたため……この場にて追及すべきとの判断によりお連れしました」

 

 騎士は捕らえていた男を突き放すと男を睨んだ。


「さあ。この場で言え。誰が、お前を雇ったのかを」


 突き放された際に膝の痛みから悲鳴を上げていた男がヨロヨロと身体を起き上がらせ周囲を見た。

 薄汚れた身体で、血に塗れた顔で貴族達を見つめた。

 皆が恐怖と好奇に満ちた目で男を見る。


 男は身体中が震えていた。

 死の恐怖は未だ男から拭えない。

 この恐怖から逃れるために何をすべきなのか。

 男は再三教え込まれたのだ。


「…………アークベルト宰相、並びに国王陛下……妃殿下のご命令でした…………」

「なっ…………!」


 男は、この三人の名を語れと言われたのだ。


 拷問の末、野犬に生きたまま喰われるのと。

 罪人として終身労働の地に送られるのと。

 どちらを選びたい? と。


 男は、両脚を切り裂かれ地に跪きながら泣いて叫んだ。

 生きたい。

 死にたくないと。





「何を言う! これは紛れもなく冤罪である!」


 まさか、自らの名を呼ばれると思わなかったアークベルトは叫んだ。

 アークベルトの知る限り、襲撃される可能性がある話は知っていた。しかしそれは、あくまで王妃であるティアの派閥が行うのではないか、という噂であった。

 決して国王派である自身が下した命ではない。


「静粛に!」


 正面の扉から低くも通る声が響いた。

 周囲の者が一斉に扉を見た。

 開いた扉の前にレイナルドが立っていたのだ。

 漆黒の服を見に纏い、氷のような表情を浮かべながら。

 一歩一歩。近付いていった。

 背後には彼の腹心とするセインやライル、そして複数の騎士団隊員らと共に騎士団長のアルベルトも入室してきた。

 入室すると共に扉が施錠されたことで貴族らから悲鳴が上がる。


「何のつもりだ!」


 グレイが恐怖のあまりに叫ぶ。

 不敬である。

 国王を目前に叛逆するような姿勢に怒り叫んだのだ。

 しかし、レイナルドは動じない。

 冷ややかにグレイを見据えたまま、また一歩と前に進んだ。


「リゼル王子の婚約者であるマリー・エディグマ嬢の後見人でもあり、ディレシアス国の未来を憂う者として、私は此処で臨時的に即時裁判を執り行うことを宣言する」

「なっ……!」


 グレイは絶句した。

 彼の言葉は冷静な声色をしているものの内容は国王であるグレイに対する叛逆と見做されてもおかしくはない言葉である。

 驚きの表情を浮かべたまま辺りを見渡した。

 自身の助けになる者に救いを求めようとしたのだ。

 しかしグレイは更に目を大きくし、愕然とした表情でその光景を見つめた。

 腹心である宰相や大臣、国王派の中心として名を挙げていた者らに騎士の刃が突きつけられていたのである。

 

「どういう……」


 ことなのか。

 言葉にすることは出来なかった。

 何故なら、グレイの目前にも刃が突きつけられていたのだ。

 あろうことか、レイナルド・ローズ自らの手によって。


「…………グレイ国王陛下」


 レイナルドは一歩近くグレイに近付き耳元に囁いた。


「姉様の復讐を果たさせて頂く」

「貴様……っ!」


 グレイの脳裏に浮かぶ女性。

 もはや記憶にも朧げである元婚約者のローズマリー。

 殺意に満ちたレイナルドの翡翠色の瞳を見た時。

 愚かにも。

 グレイは、ローズマリーの瞳と同じ色であることを思い出していたのだった。





 事は何も問題なく進んでいった。

 レイナルドが計画していた作戦は反国王派の者らを周知しており事態に対する予習が完成していたのだ。

 ガーデンパーティの後に起こるであろう襲撃。

 その襲撃を利用し、国王並びに国王派の者らを犯人にする。

 王族といえど犯罪に手を染めた証拠が出た場合、裁判は執り行われる。

 悠長な裁判など行ってしまえば国王の良い方向に捻じ曲げられるだろうから迅速に行うべきである。

 ならばその裁判と同時に叛逆の狼煙をあげれば良い。

 つまりは派閥によるクーデターを起こした。

 クーデターを起こせば民衆に不安の声が上がるため、予め揃えておいた国王派の隠蔽していた悪事を全て曝け出した。

 横領、賄賂、悪政、差別、暴力。その全てを。


 その場で必要な書類を運んできたライルにより捕らえた貴族らに対し裁判官と共に書状を認める。

 罪状や判決に関する書面を用意し、簡易的に裁判を行ったという証拠を残しておく。

 あとは全ての片を終えた後、市民にも伝わるよう紙面にして配れば良い。


 悪政の根源たるグレイ王は断罪されたのだ、と。


「レイナルド様」


 腕を組みながら多くの人間が平伏し罪状を待つ光景を眺めていたレイナルドの元にセインが近づく。


「王妃を捕らえました。まさか、ここにも薬を盛ってたんですか」

「用心は掛けすぎる方が良いしな。実際どうだった?」

「…………逃亡の支度途中でした。正直、眠り薬を飲ませていなければ逃げられていたでしょうね」

「はっ……流石だな」


 国王はどうとでもなるとレイナルドは思っていた。

 問題は国王よりも狡猾なティアだった。

 

 マリーへの襲撃もティアが主導であることは分かっていた。だが、この件を公にしたところで揉み消されるだろうと思っていた。

 しかし相手も、逃げの一手をしっかりと整えていたのだ。

 レイナルドや反国王派が何か動くであろうことを予測していたのである。

 

「地下牢に閉じ込めておけ」

「はい」

「ああ、それと。もう一刻もしたら私が国王に会いに行く。それまで……いつものように」

「…………はい」


 冷ややかな、氷のような視線にセインは身が震えた。

 セインはレイナルドに心酔し忠誠を誓っているが。

 そんな彼でも、氷のように凍てついた視線が恐ろしいと思った。

 

 踵を返しセインは地下牢へと向かった。

 時折後ろを振り向けば、そこには数多くの貴族が罪状を突きつけられ牢に連れていかれる姿を静かに眺めるレイナルドの背中が見えた。

 

 彼は復讐を成し遂げた。

 長年に渡るレイナルドの復讐心をセインは知っている。

 これは喜ばしいことなのだ。

 それなのに何故だろうか。


「…………はぁ……」


 つい先日見かけた、マリーとレイナルドが見つめ合いながら微笑んでいる光景を思い出すと。

 セインは胸の奥底から、この復讐を喜べずにいたのだった。




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