婚約者らしく淑女らしく
だいぶ間があいてすみませんでした!これから不定期ではありますが完結まで更新していく予定です。
彩り様々な花が風に乗って香りを運んでくる。
私とリゼル様は手を取り合ってゆっくりと庭園の入り口に進んでいった。
会場の中には既に大勢の人達が会話に盛り上がっていたけれど、私とリゼル様の姿を見て一斉に会話を止めた。
き、緊張する……
私達の後ろを歩くのはレイナルド様。
見えないけれどアルベルトは、もといアルベルト様は警護の仕事をされているのだと思う。
「皆を待たせてしまってすまない」
庭園の中心とされる場所に立ち止まるとリゼル様が皆さんに声を掛けた。
「長い期間に渡り王宮侍女として勤めを果たして下さった淑女の皆さんには感謝しかありません。どうか、今日は皆様に楽しんで頂き疲れを癒して貰いたい」
隣に並んでいる私からも分かる。
一つ一つ、相手の心を掴むようにゆっくりと。けれどはっきりと伝えるように言葉を投げるリゼル様の御姿はとても立派で、王家の中心に立つ方として揺らぎない姿だった。
「そしてこの場で僕個人の事ではあるが婚約者の候補となる女性を紹介しようと思う。皆の中には顔見知りの者もいるかもしれない。出来れば皆からの祝福を受けることが出来れば幸いに思う」
周囲がゴクリと息を飲むのが分かった。
私は破裂しそうな心臓の音を立てながらも穏やかに優雅に微笑みながらリゼル様の隣から半歩だけ前に立ち、周囲の人々を眺めた。
驚いた顔、喜んだ顔、不快な顔。様々だった。
「王宮で勤めていた者には知己の間柄である者もいるかもしれないが、改めて僕から紹介を。マリー・エディグマ男爵令嬢だ」
リゼル様の紹介を聞いてから私は穏やかに微笑んだ。
ローズマリーの時に培ってきた経験が今活かされる……!
「マリー・エディグマにございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「先程も言ったが、今後は彼女が僕の婚約者となる。この件は先日の貴族会議においても決定された事項だ。急な話に驚く者も多いかもしれないが、一人の男性として愛すべき女性に出会えた奇跡を……どうか祝福して貰えないだろうか」
……ん?
随分と言葉に重みがあるような……ないような。
演技の一環としてリゼル様と見つめ合おうと思ったのだけれど、見つめてくる熱視線が凄いのですが。
周囲から「まあ……お似合いね」「お熱いこと……」と感嘆とした声が聞こえてくる。
(リゼル様……迫真の演技でいらっしゃいます……ね)
私はひたすら笑顔を送り続けていた。
ふと、背後が少し寒く感じた。
いくら天気が良いとはいえ、風が吹けば肌寒くなることもある。
「リゼル様。寒くはありませんか?」
ガウンを羽織るべきかもしれないと声を掛けてみたけれど。
「大丈夫だよ。別のところから寒気はするけれどね」
「風邪を引かれないか心配です」
「うん……大丈夫。後ろを振り向かなきゃね……」
後ろ?
振り返れば穏やかに微笑むレイナルド様が見守るようにこちらを見ていた。
ただ、後ろの空を見上げてみれば遠くから曇り空が見え始めているため、夕刻頃にはひと雨降るかもしれない。
リゼル様はその事を仰っていたのかもしれない。
「昼過ぎには閉会した方がよろしいかもしれませんね。温かいお茶をご用意します。少し休みましょう」
「うん……ありがとう」
寄り添うように二人で王族関係者のために用意された席に向かった。
そこでようやく着席してお茶を淹れてもらう。身体が温まるようにジンジャーを少しだけ入れてもらった茶を二人で口にする。
「どなたも声を掛けてきませんね」
「そうだね。もう僕は用済みってところかな」
周囲の様子を見てみれば、王宮侍女として来ていた女性達はここぞとばかりに未婚の男性がたと会話に華を咲かせていた。
「レイナルドの功労もあって僕に執着していたような婦人も諦めてくれたって聞いていたけれど本当なんだね」
「そういえば……」
私が王宮侍女として勤めていた時も過激なまでにリゼル王子の婚約者になろうとしていた女性は何人かいた。
けれど周囲を眺めてみれば、中には姿が見えない人もいるし、別の男性と親しげに話している姿も見えた。
「恐らくだけど別の人間を充てたんだね。条件の良い相手を餌にチラつかせてたんだろうなぁ」
「そうなのですか……」
「もっと早くそうして貰いたかったよ……」
疲れた様子のリゼル様を見て思い出したけれど。
そういえば王宮では常に女性にしつこく付き纏われていたんだった。
さぞ大変だったんだろうなぁ……
けれど。
「……この騒動が落ち着いたら、また婚約者候補をお決めにならないといけないですね」
私は周囲に気を遣い声を小さくしながら話を続けた。
今は婚約者として私の名前を挙げられたけれど、これはあくまでも仮初めだ。
いずれまた王子は婚約者を探さなければならない。
「せめて僅かの間ではありますがリゼル様の息抜きに私をお使い下さい」
いつまで居られるか分からないけれど。
少なくても私がいる間、今のように女性はやってこない。
婚約者騒動で大分お疲れのリゼル様だったけれど少しでも休めれば良いと思って、そう伝えたのだけれど。
「…………ねえ、マリー」
「はい?」
まさか。
「本当に……婚約しないか?」
そんな風に仰られるとは。
思いもしなかった。
「…………はい?」
聞き間違えかなと思った。
けれどリゼル様の表情はとても真面目で、そして真っ直ぐに私を見つめてくるものだから目が離せなかった。
「……このパーティが終わった後、時間を作って一緒に出掛けないかい? 色々なところを君と見に行きたい。君のことをもっと知りたい。出来る事なら……マリー、貴女とこの先もずっと一緒に居たいと思っているんだ」
「リゼル、様……?」
「マリー……良ければ」
手を繋がれる。
そう思った時。
「あらあらぁ……とても仲がよろしいのね? リゼル……」
背筋が凍りつくような、寒気のするような声色が聞こえてきた。
声はやや高めの女性らしい声色の筈なのに。
私はぎこちないままにどうにか口元に笑顔を浮かべながら声の先を見据えた。
ふわりとした赤い髪。
その表情は愛らしく、私と同じくらいの息子がいるのに、まるで私といくつか歳が違うようにしか見えない。それがかえって恐ろしい。
「…………ご無沙汰しております。母上」
リゼル様が席を立ち、目の前の女性ーーティア妃の手を取りそっと口付けた。
私も慌てて立ち上がり微笑んでみせた。
羽根飾りのついた扇子で口元を隠しながら、ティア妃が私を見た。
ゆっくりと。
ゆっくりと眺めてからあどけない笑顔を見せた。
「ふふ……可愛らしいお嬢さん。こんにちは」
あどけない笑顔なのに、怖いと思った。
目の奥では品定めされているような感覚。
けれど、怖気づいてはいけない。
「……初めてお目にかかります。マリー・エディグマと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「……ええ。ええ、こちらこそよろしくね?」
ほんの少しキョトン、とした顔を見せてからティア妃は微笑んで私の手を握ってきた。
冷たい手だった。
「……残念だわ。リゼルには私が可愛い女性を選んであげようと思っていたのだけれど……」
「僕は僕自身で妻を探します。……父王のように」
「そうね。お父様のように、ね。ふふふ……」
背後に待たせていた若い男性に目配せをすると男性が恭しくティア妃をエスコートしその場を去っていった。
私は緊張が抜けずにティア妃が去っていく姿をずっと見つめていた。
「……こんな時でも母は父と共に訪れないのだな」
何処か諦めたようなリゼル様の言葉だった。
言葉を発することも出来ないままにリゼル様を見つめていたけれど、振り返り私に向けて笑うリゼル様はいつもの様子に戻っていた。
「あ〜あ、母上のせいで話が途切れちゃったよ」
「話……」
ふと思い出す、リゼル様の言葉。
「…………君の心に誰かがいるのは知ってるよ」
優しく肩に触れるリゼル様の手。
「それでも一欠片の余地があるのなら覚えていて。マリー……少しでも良いと思えたら、僕と婚約してね?」
嗚呼。
かの母君に似ていらっしゃる。
こうして顔を近付けて優しく、けれども妖美なほどに美しく微笑まれて。
私はバクバクと煩く高鳴る心臓を止めることが出来なかった。




