(閑話)貴族会議
大広間に設置された長机に名だたる貴族の当主たる面々が並び着席していた。
貴族会議に召喚した貴族は十二名。侯爵、公爵、伯爵家の上流貴族の中でも更に王国の政務に関連する役職を持つものが大半である。
席の中心とも呼べる席には現国王グレイ・ディレシアスが着席していた。相変わらず機嫌の悪い表情で卓上を見据えている。隣の席は宰相が、少し離れた席にリゼル王子が座っている。
レイナルドの席は長机の中央側で、議題を提案する者が座る席に座っている。
全員が揃ったところでレイナルドが口を開く。
「本日はリゼル王子の婚約者が決まりましたため、このような機会を頂きました」
途端。
周囲の男性らが大きくどよめいた。
左右の諸侯らと顔を合わせ、初耳だと騒いだが少しして静まった。
「名をマリー・エディグマ。エディグマ男爵家のご息女で、今回の婚約者候補の中にいた女性です」
先ほどまでとはいかないがやはり周囲から声が漏れる。彼等が予想していた候補者とは全く違う名に、誰なのかと確認をしているのだろう。
「それは真実であるか?」
グレイ王が口を開く。
レイナルドはただ静かに唇をあげ、穏やかに微笑むばかりである。
「詳しくはリゼル王子より直々にお話頂きましょう。よろしいですか?」
レイナルドの声にリゼルが頷き立ち上がった。
「公爵の言うことは真実です。僕……私はこの度の機会をもってエディグマ男爵のご息女、マリー嬢を妻に希望している。既に彼女には王太子妃として相応しいか家庭教師により教育を受けているところだ」
「家庭教師の彼女に対する評価は書面にて受け取っている。申し分ない器量との評価です」
レイナルドが加えて説明すると、周囲から「馬鹿な」「男爵家だぞ?」との声があがる。
「マリー嬢は聡明で王宮侍女として働く彼女の評価は侍女長マチルダからも受けている」
「ですが……男爵家ですよ?」
貴族の中から声が上がる。
声があがった方向に視線を向けたレイナルドが答える。
「僭越ながらローズ家が後見人となりました。必要であればマリー嬢を我がローズ家の養女として迎え入れることも可能でしょう」
「一代限りの家が何を……」
「静粛に!」
リゼル王子が声をあげる。
グレイ王ではなくリゼル王子が。
「今の失言は聞き流そう。しかし、これ以上私の婚約者となる女性に対し失言を続けるのであれば私への反意とみなすがよろしいか?」
リゼル王子の鋭い視線と声色に否定した意見を出していた男達は皆黙った。誰も未来の国王に対し反感を持たれたくないのだ。
しかしレイナルドが後見人となる事に面白くないと思う面々は何人かいた。反国王派として加担する者達は黙りこむ。下手に賛同すれば勘ぐられるため、表立ってレイナルドに協力するような姿を見せないのは、長年培ってきた経験からだ。
グレイ王の表情が忌々しげにレイナルドを見た。
グレイにとって煩わしい男の一人がレイナルドだった。
グレイは政治を他者任せにしてきたが、数年前からこの男が頭角を表しこのような場で常に発言するようになったのはいつだったか。
気に入らない男だ。
かつて婚約者だった女、ローズマリー・ユベールの血を引くレイナルドがグレイは苦手であり嫌悪していた。
誰も気付かないのだろうか。
時折感じる、首を締め上げられているような視線を。
振り向けば穏やかに笑みを浮かべるレイナルドしかいないのだが、確かにグレイは感じるのだ。
お前を殺すと訴える視線を。
遠回しにレイナルドを迫害しようと行動してみたこともあったが全て失敗に終わっている。それどころか証拠を掴まれ相手に弱味を握られている状態でもある。
それでもレイナルドはグレイを断罪しない。
それがグレイには恐ろしい。
しかし、どう伝えればよいのか……
表向きに活動するレイナルドは国に貢献する英雄として祭り上げられている。実際、傾いた財政や北領の襲撃を解決させた等の功績から軍事的に貢献した者として公爵位を与えるよう周囲に勧められ、彼に爵位を与えたのはグレイ王自身である。
徐々に距離が近づいてくるたび、グレイは恐ろしかった。
だから今も恐ろしい。
この男が何を考えているのか。
グレイ・ディレシアスには何一つ分からないのだ。
「無事に終わって良かった」
「お疲れ様です」
レイナルドとリゼル以外の全員が退出した大広間で、安堵の息を漏らすリゼルに対しレイナルドが労りの言葉を掛ける。
「大変立派でしたよ。今の御姿を見て中立だった貴族らも貴方に加担することでしょう」
「だといいけれど……」
「恐れ入りますがいくつかの貴族に対し王子から手紙を送ってください。協力を得るには確約が必要です」
「分かった」
リゼルも政権や派閥の動きを勉強してはいるがレイナルドの知識には及ばず、大事な部分は彼に頼ることが多い。
今回の会議もほとんどをレイナルドが進め、大事な部分のみリゼルが発言することで、周囲に対しリゼルが行動力ある人間に見せているが、実際のところ踊らされているのはリゼルも同じだ。
それでもリゼルはレイナルドに信頼を置いている。彼の行動に間違いがないと認識しているのだ。
「ガーデンパーティまであまり猶予がないのが厳しいなぁ」
「期間を長引かせても相手に好きに動く機会を与えるだけですから」
「そうか……」
レイナルドとリゼルの話し合いでは、婚約者発表を終えた後、父であるグレイ王に王位を譲るよう王太子派と中立派の賛同のもと投げかけようという話になっている。
たとえ国王であろうとも、王太子と過半数の貴族から提言されれば強制することは敵わない。法律上でも正式な手続きをとれば退位に導くことも出来る。ただ、長引かせることなく終わらせたいというレイナルドの言葉を信じ、リゼルはレイナルドの意見を尊重して行動している。
だが、時々それで本当に良いのかと考える。
レイナルドの行動はいつだって正しい、筈だ。
けれど迷いがある。
「……………………」
「王子? どうなさいました?」
「いや、何でもない」
リゼルは考えを止め、別のことを考える。
「そうだ。マリー嬢……マリーのことだけれど、ガーデンパーティの前に一度二人で出掛けてもいいかな」
「……何故?」
「ガーデンパーティまでに婚約者らしくお互いを知りたいから……というのは建前かな」
リゼルはマリーと出会ってから彼女の事がずっと気になっていた。
初対面から物おじせず、他の女性とは違い一人の人間として見てくれるマリーに好意を抱かずにはいられなかった。
この気持ちを確かめたいという思いもある。
「彼女……とても不思議な女性だね。度胸があるのか物おじもせず僕の婚約者としての仕事を果たそうとしてくれている」
「…………」
「彼女は何が好きかな。明日花を贈ろうと思うよ。彼女なら何の花が似合うだろう……庭園で今見頃の薔薇が咲いていたからそれでも」
激しく物音を叩く音が大広間に響き、リゼルは言葉を失った。
何の音か警戒したが辺りに異変はない。
あるとすれば。
「…………レイナルド?」
親しく話時にだけ呼ぶ彼の名をリゼルは呼んだ。
会話をしていた筈のレイナルドの片手が拳を作り卓上の上にあったのだ。
音の原因があるとすれば、その拳が机を叩いたのだろうか。
しかしリゼルには信じ難かった。
何故ならレイナルドの表情は怒りと無縁の穏やかな表情をしていたからだ。
「…………よろしいのではないでしょうか? きっと彼女ならどの花も似合うでしょう」
「…………本当に良いと思っているのか?」
「勿論です」
レイナルドは席から立ち上がり、大広間の入口へと向かう。
「明日の彼女の予定は彼女の専属侍女から聞いてください」
「本当に構わないのか? レイナルド」
声を僅かに張り上げたリゼルは、レイナルドの感情を揺さぶろうとした。
彼が、レイナルドがマリーに関心を寄せていることは疎いリゼルにも感じ取れた。女性どころか人にすら関心を抱かないレイナルドが目で表情で追う女性にリゼルは気付かないわけがない。
けれど、それはリゼルとて同じだった。
窮屈な王宮に舞い降りた一人の女性にリゼルもまた惹かれ始めていたのだ。
(それでも貴方が想うのであれば身を引こうとも思う)
レイナルドには多大なる恩がある。
思慕とはいえ、彼を裏切るような行為はしたくなかった。
けれどレイナルドは言葉にしない。
それどころか今のようにリゼルに行動するよう助言さえしてこようとする。
リゼルにはそれが分からない。
「僕が彼女を慕っても貴方は構わないのか? 貴方だってマリーのことがっ……」
リゼルはその先、言葉を放つことが出来なかった。
射殺されるような視線を受けたからだ。
この視線に既視感を抱いた。
あれは、そうだ。
(僕が彼の姉君の名を口にした時だ……)
ローズマリー・ユベール。
その名を口にした時、今と同じ視線をレイナルドはリゼルに投げつけた。
『それ以上口にすれば殺す』と。
そう、脅すように。
「…………すまない。言い過ぎた」
「いえ……それでは失礼しても?」
緊張しながらもレイナルドの顔を見てみれば、いつもの表情に戻っていた。
しかし彼はリゼルの許可を得る前に入口へと向かっていき。
静かに扉を開けて退室する姿を。
リゼルは引き止めることすら、声を出すことすら出来なかった。
『彼女は何が好きかな。明日花を贈ろうと思うよ』
煩い。
『彼女なら何の花が似合うだろう……庭園で今見頃の薔薇が咲いていたからそれでも』
煩い。煩い。
耳障りな声に苛立ちが募る。
感情がいやに乱れる。それを自制でもって落ち着かせ、レイナルドは長い廊下を歩く。
しかし脳裏に焼き付くリゼルとマリーが話す姿を思い出しては奥歯をギリッと軋ませる。
『煩わしい』
何が。
己の感情が、だ。
今、レイナルドは感情に振り回されている場合ではない。
一時の情欲に左右されるような時ではないのだ。
復讐を果たす時が来る。
そのために二十年もの年月を費やしてきたのだ。
(姉様……もうすぐです)
軽く前髪を掻き乱すレイナルドの乱れる感情は誰の視界にも入ることはない。
人の少ない廊下で、レイナルドは壁に背を預け俯いた。
レイナルドは葛藤していた。
初めてなのだ。
初めて、復讐以外の感情を抱いたのだ。
レイナルドの全ては姉が全てを支配していた。喜びも悲しみも怒りも全て姉が関係していた。
けれど今胸に抱えている喜びも、醜い感情も全て姉ではない存在によって生み出されている。
初めての感情はレイナルドを大きく動揺させた。
そして悲しませた。
(この感情が報われることなどないのに)
何を期待している。
冷静に考えれば、レイナルドはマリーに想いを告げる機会すら訪れない。
何故ならこの先、レイナルドは必ずマリーを悲しませる。
彼女を裏切るのだから。
(…………姉様)
辛い時、いつだってレイナルドは姉を呼んだ。
けれど思い浮かぶ笑顔はもう。
若き侍女の笑顔に切り替わっていたのだった。




