作戦会議は氷の微笑と共に
王宮侍女として様々な場所を清掃や手伝いに駆り出されていたけれど、赴かない場所も多く存在した。
その一つが離れの間だった。
(ローズマリーの頃も滅多に入らなかった場所……)
そこは、王族や上位貴族が極秘裏な打ち合わせや人に聞かれたくないような話をする時に使われる場所だった。貴族会議を開く前の話をごく僅かな人数で話し合う時に使うような部屋だという。
「失礼致します」
中に入ってみれば窓一つない部屋だった。厚みのある壁に重苦しい扉で声が漏れないように建てられていることが分かる。
使用する場合には必ず内容と許可を必要とするこの部屋には、既にリゼル王子がいらした。
「おはよう」
「おはようございます」
リゼル王子は扉の前までやってくるとレイナルド様からエスコートを代わってくださった。
優しく目を合わせて下さるリゼル様。
「とても素敵だね」
「え?」
「ドレス。似合ってると思って」
「あ……ありがとうございます」
まさか褒めて下さるとは思わず俯いて答える。
(この方……本当にティア妃の血を継いでいらっしゃるわ。自然に人の心を掴むのに長けていらっしゃる……)
あれほど悪政を続ける王権が今の今まで覆されなかったのも、この期待溢れる王太子のお陰なのかもしれない。
リゼル様に席を引いて頂き、私はリゼル様の隣に着席した。正面にレイナルド様が座られる。
表情が普段のように冷たく見えるのは、これから打ち合わせだからだろうか。
「……それでは始めよう」
この場で話したことは、二日後に控えた貴族会議で婚約を発表すること。
そして公に私……婚約者を紹介する場を設けることになるということ。
ただ、その場合私の両親を呼んだり大事にはしたくない。そのため簡潔に済ませる必要があるという。
「他の婚約者候補の令嬢達からも反感を買うだろうからね。しかし堂々と狙われるような行為はしたくないなぁ」
リゼル様が深々と溜め息をつかれた。
一体どれだけ婚約者候補に酷い目に遭ったのだろう。
「それに関しては婚約者候補達の送別と慰労を兼ねてガーデンパーティをしようと思うが如何かな?」
「ガーデンパーティ……」
「ええ。庭園を使用した日中のパーティであればリゼル王子の権限のみで動かすことも出来ます」
初めて聞く話だった。
確かに舞踏会など貴族に対し招待状を送るような大掛かりなパーティにはエスコートする相手や招待客も何処まで招待するのかなど、取り決めることがとても多い。
ガーデンパーティを公に開催することは少なくて、年に一度か二度、庭園を使用したパーティを王族が開くこともあるけれど舞踏会ほどの規模ではない。
「あくまで婚約者候補達の慰労と婚約者お披露目という形をとれば問題ないかと」
「それでも軋轢が出てくるのでは? ダンスが無いにしても……女性ばかりのパーティだろう?」
「独身の男性貴族を招待して下さい。王子の婚約を狙っていた女性も、そのような方々を前にして大きな動きはしないでしょう」
なるほど。
(公の場で暗黙のお見合いパーティという感じかな)
侍女で働いていた頃にも玉の輿狙いで活動していた女性は多くいた。そんな彼女達には良いかもしれない。
「マリー嬢の護衛はどうする?」
「それは私にお任せを」
アルベルト様が挙手した。
「加えて、その日は王子には常に付き添って頂くよう申し上げます。エディグマ嬢が一人になった頃を見計らって訪れることでしょうから厳重に注意を」
「では私も傍で控えていよう」
レイナルド様も手を挙げられる。
「……後見人だからね」
「ありがとう。助かるよ」
リゼル様が安心した様子で答えられる。
私としては変にレイナルド様を意識してしまうから、出来ればむしろ離れていて頂きたいけれど。
(安全のためには無理な話かな……)
当日どうなるのか。
今から私は内心溜め息を吐いていた。
「……私では不満かな? マリー」
随分と冷え切った声が聞こえてきて、私は慌てて首を横に振った。
「そんなことは……!」
「そうか? 暗い顔をしていたので嫌なのかと思ったが」
嫌ではない。むしろ嬉しいからこそ嫌なのだけれど。
随分冷気が込められたレイナルド様の声色に私は硬直したまま微笑んだ。微笑む頬すら凍えたように固い。
「……緊張しています」
これは本当。
婚約発表をした後のガーデンパーティだ。きっと矢継ぎ早に声を掛けられるに違いない。
名も知られていない田舎の男爵令嬢が相手だと分かれば誹謗中傷だってされるだろう。
堂々と嫌がらせをする人はいないにしても、恐らく悪意ある視線は投げつけられる。
(……ローズマリーの頃に嫌というほど投げられたわ)
ふと、私の手を握り締められた。
握る手の先を辿ってみればリゼル王子が真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「マリー・エディグマ嬢。貴女には大変な迷惑を掛けていることは承知だ……僕が不甲斐ないばかりに迷惑を掛けてしまう。けれど、どうか助けてほしい。これ以上、民や臣下に余計な心配を掛けたくないんだ」
「王子……」
「僕では不安になるのも仕方ないけれど、どうか頼りにしててくれるかな?」
朗らかな笑み。
相手を優しく見つめる眼差し。
(この方は相手の御心に共感して下さる方なのね……)
王となって王権の中心に立つには優しすぎるかもしれない。それでも、彼が人々を引き寄せる強いカリスマを感じて私は微笑んだ。
(この方ならきっとディレシアス国を良い方向に導いて下さるわ)
父と母の影響を全く受けず真っ直ぐに育ってきた青年の手を私は握り返した。
「ありがとうございます。私こそ、よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
「………………」
「………………」
リゼル王子とそんな会話をしている間に、アルベルトが少し離れた席に座るレイナルド様の様子を窺っていたことも。
「大丈夫か?」
「何が?」
「…………いや、何でもない……失言だった」
居た堪れない様子で目を閉じたアルベルトと、氷の微笑を浮かべたままリゼル王子と私を見つめていたレイナルド様の様子など。
必死な私には気付くことが出来なかった。




