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(間話)転生した少女は花のように芽吹く

 ディレシアス国で盛大な結婚式が行われた。

 ディレシアス国王太子であるグレイ・ディレシアスと彼の心を射止めたティア・ダンゼスの結婚式だった。

 数多の花弁が空に舞う。

 民衆の歓声に王城の中央広場で伝統ある結婚式衣装の二人が微笑ましく手を振っている。

 寄り添う赤髪の女性は美しく、夫となる男の側で優しい笑みを浮かべながら細い手を振る。

 まるで女神のような美しさだと、周囲の男は目を蕩かせる。

 グレイ王太子の婚約者だったローズマリー・ユベールも美しかったが、新たな王太子妃となるティアにはローズマリーには無い美しさがあった。

 人を魅惑させる人たらしたる微笑み。誰もが彼女を守りたいと思えてしまう保護欲。

 グレイ王太子もまた、その魅力に惹かれたのだろう。

 ティアはグレイからの視線に気付き互いに見つめ合うと、衆人の前で頬に口付けをした。

 歓声が更に上がり、式の始まりを知らせる鐘が大きく鳴り響いた。

 その鐘はローズマリーの処刑を知らせる時とは違い、喜びに満ちる高らかな鐘の音であった。

 式典は盛大に行われ、人々の思い出に残る美しい結婚式であると賞賛された。

 

 そして一年と経たずにこの日の物語が絵本として売り出され、ディレシアス国に住まう少女達の憧れの本として残った。

 それまで子供に人気だった騎士の本は本棚の隅に追いやられ、書物を扱う店ではグレイ王とティア王妃の結婚式を描いた絵本が多く陳列したのだった。





ーーーーーーーーーーーーー




「おや? マリー。この本は嫌いかい?」


 久し振りに長丁場となる馬車の時間、暇つぶし用に絵本を馬車に運んでいたトビアスは隣に座る幼女に絵本を読んでいたが、幼女は飽きたとばかりに父の持つ絵本を閉じさせた。

 幼女の父にしてトビアス・エディグマは困った様子で絵本を眺める。


「女の子に人気だって聞いたんだけどなぁ……」


 その絵本は、かつて行われたディレシアス国の王太子グレイの結婚式をモチーフにした物語だった。

 王都では人気があるからと言われ、マリーという可愛い娘が産まれた時に取り寄せたものだった。


「あなた。マリーはその絵本じゃなくてこっちが好きなのよ?」


 向かいに座っていた女性、ミリアムが一冊の本を渡してきた。

 手に持っていた絵本は随分前に流行っていた騎士と姫の物語だった。


「懐かしいね。私らが小さい頃に流行っていたやつだな」

「マリーのお気に入りなの。絵本の中では一番好きなのよ。読んでくれる? マリーもこれでいい?」


 妻であるミリアムから本を受け取ったトビアスは膝の上に乗せてマリーに見せる。

 ミリアムの言葉通り、幼い少女は父の膝に乗せられた絵本に釘付けになっていた。早く頁を開いてとばかりに小さな手が両手で父の手を掴み、絵本を開かせようとしている。


「とーしゃま、あけて」

「本当に好きなんだねぇ」


 そうしてトビアスがページを捲る。

 榛色の髪をした幼い少女は父の腕にしがみつきながらじっと絵本を見つめていた。

 母が御者の席で好き勝手する長男を嗜めている間も、馬車が良い景色の場所を通ろうとも。

 何度も何度も、父に絵本を読ませたのだった。

 流石の父も何回と読ませられているうちにうたた寝していても、マリーだけは絵本をペラペラと捲っていた。捲っては指さして読んでと父にせがむ。

 そうしている間に時間は経ち……



「やれやれ。やっと着いたか」


 腰をトントンと叩きながら馬車から降りるトビアスは、飛び出していった長男を追いかけに重い腰を上げて馬車から出て行った。

 いつの間にかうたた寝していたマリーは母に優しく揺さぶられて目を覚ます。

 まだ寝ぼけた眼のまま母と手を繋ぎ馬車の外に出た。

 そこは広大な植物園の入口だった。

 国が管理する植物園には異国の花や日常生活の中では育てにくい花など飾られている。

 マリーは母の手から離れ小さな足で走り出す。赤、黄色、白、時には珍しい紫色などの花は幼いマリーを喜ばせた。


「これなに?」

「これは……ゼラニウムね」

「これは?」

「えっと……」


 次々に聞いてくる娘の質問にしっかり答えようとするミリアムの姿をトビアスは微笑ましく眺めていた。

 そして、素晴らしき家族の光景に微笑んだ。

 彼の妻ミリアムは身体がそこまで丈夫ではない。

 なるべく静養して暮らしているが、遊びたい盛りの子供達と何処かへ出掛けたいと望んだので自領から少し離れた植物園に来たのだ。

 花が好きな妻の嬉しそうな顔を見てトビアスも満足だった。

 トビアスは気を引き締め、花では食い気にもならないつまらないと文句を垂れながら立入禁止区域に入ろうとする息子を宥めることに専念することにした。


「かあさま。これ! これマリーの」

「え?」

「マリーのおはな」


 マリーが小さな指で示した先にある花をミリアムは知っている。

 ローズマリーだ。

 小さな花弁を揺らす美しい花をマリーが嬉しそうに見ているが、ミリアムは複雑だった。

 一時はローズマリー・ユベールの大罪により忌み嫌われてしまった花ではあった。

 花には罪もなく、今では時々こうして見掛けることも多いし美しい。

 けれど。


「違うわよマリー。貴方のお花はあっち」


 ミリアムは少し離れた場所で咲き誇るマリーゴールドを指差した。

 マリーの名前の由来となった花だ。

 ミリアムが産気づいた時、トビアスは視察に出ていた。報せを聞いて慌てて駆けつける道中に美しいマリーゴールドの花を見たというトビアスから、産まれた娘を見て「マリーはどうかな」と話してくれたことを思い出す。

 だから、マリーの花はローズマリーではなく、マリーゴールドだ。

 けれど彼女の娘は不思議そうに両方の花を見た。


「でもね、マリーのおはな、なの」

「うーん……確かにローズマリーですものね」


 確かにどちらにも娘の名前が入っている。


「マリーのおはないっぱい〜!」

「そうねぇ」


 とりあえず違うけれど娘が喜ぶならそれでいいか。

 そんな気持ちで頷くミリアムを気にせず少女はマリーゴールドに向かって走り出している。

 慌てて追いかけようと思ったミリアムだったが、ふと気になった。


(あの子にローズマリーの名前を教えたかしら?)


 先ほど沢山の花の名前を聞かれたけれど、その問いの中にローズマリーという言葉を伝えた記憶はない。

 小さなローズマリーの花。

 かつて可憐な少女と称された西部領地の令嬢にして王子の元婚約者、最後は罪人となった悲劇の女性を思い出させるその花が、ミリアムは嫌いではなかった。


(エディグマでも育つかしら?)

 

 そんなことを考えながら娘の後を追う。


 結局、子育てや体調のことで慌ただしい日々を過ごす中で。


 ローズマリーをエディグマ領で育てる機会は生まれなかった。







ブクマ、評価ありがとうございます!

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