転生した悪役令嬢の幼馴染み
久し振りに戻ったディレシアス国の城下町は何一つ変わらず賑わっていた。
既に夜になった街は灯りを灯して商いを続けている。
それでも日中の騒々しさよりは落ち着いているものの、夜でも賑やかな街だった。
城下町の中、馬車道の通りを進み王城の正門まで向かう。
城下町から僅かに離れた中央に広大な土地を使った王城がある。外壁に守られ、ひときわ高い塔の並ぶ大きな城。
少し前まで私が侍女として働いていた場所。
そして、前世で命尽きるまで過ごしていた場所でもある。
正門で身元確認を行った後、馬車が王城の空間に進んでいく。
賑やかだった街並みと変わり厳粛な雰囲気ある王城の中。暫くして馬車を停める場所に着く。
誘導され降りてすぐ見上げた建物は私がよく使っていた食堂の入っている建物がある。
窓辺を覗いてみるけれど人の気配は無い。
(ニキはどうしているかしら?)
私は王宮侍女として過ごしていた時の友人を想う。
「マリー、こちらへ」
「はい」
薄暗い中、敢えてフードを被りながら私とローズ公爵は建物の中へと進んでいった。
扉を叩く音と共に、長身の男性が部屋に入ってきた。
「無事でしたか、卿」
「アルベルト」
ローズ公爵が執務で使っているという一室に案内された私は疲れた身体をソファで休ませながら軽食を頂いていた。
長時間の馬車移動で身体はだいぶ疲れていたけれど、時間が無いからとこの場ですぐ打ち合わせをすることは、出発する前から聞かされていた。
「遅いので心配しました」
「途中トラブルがあってな。遅くなってすまない。王子は?」
「すぐに来ます。……彼女が?」
私は手に持っていたパンを落とし掛けていて慌てて持ち直した。
(本当にアルベルト……!?)
王都で働いている間、名前は時々聞いていたけれど直接こうして間近で顔を合わせることは初めてだった。
アルベルト・マクレーン。
かつてローズマリーの騎士であり幼馴染だった彼。
騎士見習いとして一緒に王城に入って、辛い時も話し相手になってくれていたアルベルト。
懐かしさと愛おしさが入り混じりながらも私は慌てて立ち上がり頭を下げた。
「マリー・エディグマと申します」
「……アルベルト・マクレーン。騎士団長を務めている」
「存じ上げております」
名前は王宮侍女で働いていた時から知っている。
けれどこうして会話をするのは初めてだった。
(声低くなってるけれど変わらないなぁ……)
落ち着いた雰囲気で語る寡黙な幼馴染みがひどく懐かしい。
「……エディグマ嬢とは顔を合わせたことはあっただろうか?」
僅かだけれど眉間に皺を寄せつつアルベルトが腕を組む。怒っているように見えるけれど、恐らく何か考えているのだと思う。
「どうも初対面な気がしない」
「王宮侍女として勤めておりましたので、もしかしたら何処かでお会いしているのかもしれません」
「そうか……いや、しかし」
何処か言い淀んでいる姿に首を傾げていると、ローズ公爵が小さく咳払いをした。
「アルベルト。共に茶でも飲まないか? 食事を終えるまでもう暫く待って貰いたい」
「構いません」
会話はそこで途切れ、私はホッとひと息吐いてから食事を続けた。
「城の様子はどうだった?」
「変わりありません。相変わらずですよ」
相変わらずという言葉に、私は遠目で見かけたグレイ王とティア王妃のことを思い出す。
彼等は政務を他者に委ね好きにしているという。
本来であればあり得ない事だけれども、それが罷り通ってしまっているから困る。
(グレイ王の後ろにはダンゼス家がいるのかしら)
ティア王妃の一族であるダンゼス派はかつてローズマリーの実家ユベール一族と対立し合っていた関係にあった。ユベール侯爵家が没落し、未来の王の祖父にあたるダンゼス派が最も有力貴族であることは目に見えている。
更に悪いことにグレイ王は有力な貴族に政務の殆どを委ね、愛妾との遊興に耽っているとまで言われている。
「リゼル王子は?」
「ほとんど表に出ないよう行動されています。専ら騎士団の建物に滞在しています」
「王子に執務を手伝わせてるな?」
少し揶揄うような声色を含んだローズ公爵の言葉にアルベルトは黙る。
どうやら図星のようだった。
「……お暇なようでしたので」
「リゼル王子は多忙な筈だが? あらゆる王の決議案件をリゼル様に委任するようにしたのだから」
「ああ……なるほど」
食事を終えた私はアルベルトに向けてお茶を作る。ゆっくりしていて構わないと言われたけれど、手持ち無沙汰なので茶葉を幾つか用意してその場で茶を淹れる。
お淹れしたお茶の入ったカップを手元に置き飲もうとしたアルベルトがふと何かに気付く。
「これは……柑橘の香りか?」
「はい。お口に合うと良いのですが」
アルベルトは昔から甘い物は苦手でも柑橘類の果物や茶を好んでいた。
(今の好みが変わってなければお好きかと思ったけれど)
するとアルベルトの頬が緩む。
「好きな匂いだ。どうもありがとう」
「いえ」
やはり好みは変わっていなかったみたいだ。
気に入って頂けて良かったと胸を撫で下ろしていると、ふと刺さってくる視線に気付いた。
そちらに視線を向けてみれば、無表情のローズ公爵がこちらを見ていた。
冷たいでも作った表情でもなく、無表情。
「ローズ公爵?」
様子が気になって声を掛けると視線を外された。それから手元に置いた珈琲を口に含む。
「……エディグマ嬢は茶を淹れるのも達者だったことを思い出していたよ。いつもローズ領では美味しい茶をありがとう」
微笑まれた……けれどこれは恐らく作り笑い。
何か気に触ることをしてしまっただろうか。
「いえ……とんでもございません」
何処か微妙な空気が漂っている気がする。
けれど原因が分からない。
(もしかしてレイナルドって柑橘の匂いがダメだった?)
小さな頃はそうでもなかった筈だけれど。
それとも珈琲ではなく紅茶を所望していたのだろうか。
「公爵。よろしければ新しいお茶をご用意致しますが」
「…………そうか」
公爵の表情が少し緩む。
「それではお願いしようかな」
「はい」
良かった。
どうやら紅茶が飲みたかったみたいだ。
私は立ち上がりローズ公爵のために茶葉の準備から始めた。
「…………貴方にしては珍しい」
「何のことだ」
「随分と気に入られたようですね」
「だから何のことだと言っている」
「……いえ。何でもありません」
そんな男性二人の会話が聞こえることもなく。
私はリゼル王子が訪れてくるその時まで、公爵のために紅茶を淹れていた。




