ローズ領侍女の特別な仕事 2
ローズ公爵に呼び出されてリゼル王子の婚約者としての仕事を依頼された後、私は具体的な話をお聞きすることになった。
長話になるからと執務室にあったソファに座らされる。すると暫くしてモルディさんがお茶を持ってきて下さった。
モルディさんのお茶は淹れ方にコツがあるのかとても美味しい……
私はお気に入りのハーブティを飲みつつ、公爵から話をお聞きした。
元々婚約者を決めるために侍女を集めた時から、もしもの時を考えて婚約者を偽装する話はあったらしく。
本当ならその方が表に出るはずが急な怪我により難しくなったと。
急な怪我……
「その方はご無事ですか?」
「ああ。大事はないよ」
「そうですか……」
(その方が急に怪我をされたのは偶然? それとも……)
私は改めて引き受けた仕事の重大さに寒気がした。
とはいえ、引き受けた仕事はきちんと果たしたい。
しかもそれが前世弟だったレイナルド直々の依頼なのだから。
「エディグマ領で家庭教師は付けていたのか?」
「家庭教師はおりませんが一通りは覚えております」
ローズマリーの頃の知識があったからなのか、そういった礼儀作法には苦労しなかったのよね。
無自覚で行っていたところが恐ろしい。
「そうか……そこまで披露するような機会を行う予定はないが急な対処が必要になる場合もある。念のためどこまで会得しているか家庭教師に確認させてもらう」
「かしこまりました」
ああ、それで先ほどリーバー様に家庭教師をお願いしていたのね。
「王都に貴女を連れて戻るまで少し時間がある。それまでに作法の確認をし、王都で一度リゼル王子と打ち合わせを行う予定だ」
「かしこまりました」
「……披露目は貴女の言う通り行わないが貴族会議の場で名前を公表する」
貴族会議……ディレシアス国屈指の上位貴族が集まる会議だったかしら。
「かしこまりました」
「……王都に戻るが、極力国王と王妃に顔を合わせないよう緻密に動くことになる」
なるほど。
確かに国王と王妃に会えばボロも出そうだし、権力を使われたらひとたまりもないですしね……
何より私自身一番会いたくない方々だわ。
「はい。それでは国王陛下と王妃様の予定を予め知る必要がありますね。それでもお会いしてしまった場合の対処も決めておかないと」
いきなりティア王妃に「ちょっといらして下さる?」なんて言われたら……嫌だなぁ。
「…………君は」
「はい?」
「随分と度胸が据わっているようだ」
「…………そうでしょうか」
まずい。
またやってしまった……?
「ああ。普通、侍女に王太子の婚約者をしろと命じた場合の反応とはかけ離れていると思う。違うか?」
普通の侍女に命じた場合を想像してみる。
萎縮して震えるか、歓喜して震えるか。
私、どちらでもなかったわ……
「…………変わってるとよく言われます」
苦しい言い逃れしか出てこない。
「やはり貴女は何処かの間者だったかな」
「え?」
間者?
スパイってこと?
「王妃の手のものでは無いことは分かっている。もし良ければ主人の名を教えて貰いたいものだ」
「そんな方いないのですが……」
ローズ公爵が冷ややかな笑みを浮かべている。
「君を何故ローズ領に異動させたか……聡明な貴女ならば分かるのではないかな?」
「異動……って……偶然ではないのですね……」
意図的な理由があっての異動だったんだ。
だとしたら。
「やっぱり……私が本泥棒だとお思いでしたか!?」
「…………は?」
ああ、やっぱり怪しまれてた……!
「あのっ信じて頂けないかもしれませんが、決して図書館の本を盗みに入ったわけではないのです! 本当にあの児童書が昔から好きで……あと、本が好きなのでそのっ……どんな本が並んでいるのか興味があったんです!」
あの時はレイナルドとの急な再会に大きく動揺してしまって、きっと不審に思われてしまったに違いない。
冷たい視線を受け止めきれず、落ちそうな涙を堪えることに必死だった。
今ならどうにか説明出来るのでは?
「あの日は侍女の仕事で書庫の整理と本の修繕作業をしていました。その事は他の侍女も侍女長もご存知です。司書様に聞いて下されば最近窃盗が無いという報告もあ…………公爵?」
必死で説明していた私の視界に入ってきたのは、背を僅かに丸めて顔を下に向けているローズ公爵の姿だった。
先ほどまで鋭利な視線でこちらを向いていた筈なんだけど……
「ローズ公爵?」
「…………いや……すまない……」
何故か俯いたまま声を殺している。
まさか。
「……もしかして笑っていらっしゃいます?」
顔を見せず。
声を殺して。
身体を僅かばかり震わせて。
レイナルドが笑ってる?
「っいや……まさか窃盗を疑われていると勘違いしていたとは……」
俯いているけれど、ほんの僅かに見えた口角は、いつもよりも上がっていて。
(ああ……)
笑っているんだ。
「失礼した。貴女のことを窃盗犯として疑っていたわけでは…………エディグマ嬢?」
少しだけ落ち着きを取り戻したらしいローズ公爵が顔を上げてこちらを見たけれど、何故か驚いた顔をしていた。
何故か分からないけれど、何処か困惑した表情のまま私の方に近づいて。
ハンカチを差し出してきた。
「…………何か不快にさせたか?」
「え?」
「何故泣いているのか分からないな」
泣いている?
誰が?
その言葉を理解出来たのは、私の掌に一粒の涙が零れ落ちたから。
「あ……」
私は知らず泣いていた。
レイナルドと再会した時のように勝手に溢れる涙が。
今は喜びに満ち溢れた気持ちで涙を流していることが。
差し出されたハンカチを受け取りながら理解した。
「…………大変失礼致しました。コチラは洗ってお戻し致します」
「……ああ」
少しして落ち着きを取り戻してからボソボソと答える。
「神に誓って窃盗も間者もしていないことを宣言致しますね」
赤らんだ目元が恥ずかしくてハンカチで隠しつつ伝えれば。
「いや」
彼は言葉を否定した。
「私は神を信じない。誓うのならば、貴女の家族に誓ってくれ」
「…………はい」
たとえほんの少し笑ってくれたからといって。
レイナルド・ユベールだった頃の彼は戻らない。
その事実に。
私は僅かに俯き、父と兄と亡き母の名の元に誓いをたてた。




