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ローズ領侍女の特別な仕事


 朝。

 いつものように食事の支度をし終えた私にリーバー様が顔を出してきた。

 いつもならこの時間、食堂の間に現れることがないリーバー様の姿に首を傾げていると。


「マリー。少しいいかな」

「私……ですか」


 ローズ領に戻られた護衛や役人の方々への配膳は終わって、次は洗濯の予定だったけれど。

 少し離れたところで配膳をしていたモルディさんを向けば、全て理解しているようで頷いて下さったため私はリーバー様に頷いて後を続くことにした。


「何かお仕事ですか?」


 古城の渡り廊下を二人で並び歩いている間に聞いてみれば、リーバー様は少しばかり困ったように微笑まれた。


「私も詳しくは知らなくてね」

「リーバー様でもご存知ない……」


 ということは、仕事の依頼人はローズ公爵だろうか。

 日頃使用していなかった執務室の部屋の前でリーバー様が扉の戸を叩く。

 

「レイナルド様。マリーを呼んで参りました」

「入ってくれ」


 中からローズ公爵の声が聞こえる。

 リーバー様が扉を開ければ、正面の席で仕事をしているローズ公爵がいらした。

 他の方は朝食をとる時間にもかかわらず、彼は仕事をしているのなら。


(相変わらずなのね)


 私は何処か悲しい気持ちを抱きながら内心溜め息を吐いた。

 レイナルドは幼い頃から時間を決めて食事をとることをしない。

 ローズマリーとして生きていた頃はレイナルドに声を掛けて二人で食事をとっていたけれど、ローズマリーが皇太子妃教育を受けている間一緒に食事が出来ない時はろくに食事をとっていないと聞いていた。

 手に持っていた書類を片付け終えたらしい公爵が顔をあげる。


「マリー・エディグマ嬢。急に呼び出してすまなかったね」

「いえ……」


 私は緊張したまま返事をする。

 呼び出された理由がわからない。


(まさかやっぱり本泥棒疑惑が浮上したなんてことがある? それとも仕事で粗相をしてしまったかしら……)


 色々と考えると不穏な考えしか出てこなくなる。

 幼い頃のレイナルドと違い、今のローズ公爵の表情からは何も読み取れない。


「君がローズ領に来てからの評判はリーバーからも聞いている。大変貢献してくれているようで助かっているよ」

「あ……ありがとうございます」


 まさか改まって褒められるとも思っていなかった。


「そこで君の腕を買って、一つ特別な仕事をお願いしたいんだ」

「特別な仕事ですか」

「そう」


 ローズ公爵がニッコリと微笑んだ。

 作り笑いだ。


「リゼル殿下の婚約者になってもらいたい」

「………………は?」


 リゼル殿下って、あのリゼル王子のこと?

 王子の婚約者といえばまさに今ディレシアス国内で候補者のポジションを狙って壮絶な侍女達の争いを起こしてる、あのリゼル王子の婚約者ですか!?

 ……なんてことは言えず。


「恐れながらリゼル殿下の婚約者選びが現在行われているかと存じます」

「そうだね」

「それと、私が婚約者になる……というのはどうも」


 話の意図が全くわかりません。

 すると公爵は困ったように笑う。

 これも作り笑い。


「勿論、本当に婚約者になるわけではない。婚約者のフリをしてもらいたいんだ」

「フリ……」

「そう。君も暫く城で侍女生活をしていたから分かると思うが、婚約者は決まりそうな雰囲気はあったかい?」


 思い出す。


「…………ありませんね」

「だろう?」


 確かに、あの獰猛なハイエナと化した侍女達に狙われている王子が特定の女性を選べる状況にあるなんて到底思えない。

 奇跡的な何か出会いでもない限り無理だろうなぁ。


「何年も難航していた婚約者選びだからね。せめてリゼル王子の求める方に決まって頂きたかったんだが現状どうにもならないと泣きが入った」

「そうですか」

「とはいえこのまま結果を残さない形となってしまえば角も立つ。そこで一度候補者が決まった流れを作り事態を収束させることにしたんだ」


 なるほど。

 確かにこのまま長丁場で決まらなければ侍女間の空気も険悪になるし、財政を食い潰すだけかもしれない。

 侍女のお給金も安くないものね。


「事情は分かりましたが私は何をすればよろしいのでしょうか?」

「話が早くて助かる」


 穏やかな表情を見せるローズ公爵は、きっと私の緊張を解くためにあえてそうして見せてくれているのだろうけれど。

 私の表情は曇るばかりだ。

 レイナルドの本当の笑顔を、まだ一度だって生まれ変わってから見ていないのだ。


「都合良いことに君はローズ領にいる婚約者候補だ。適当に話を捏造すれば辻褄も遭いやすい。例えば王宮内で出会った君とリゼル王子は想いを通じ合わせるも、周囲の反対を考慮して私に相談し、私は敢えて君をローズ領に引き入れた、とね」


 まるで絵物語のようにツラツラと語るローズ公爵の話を聞いていると納得いく話になってしまう。


「それで周囲は納得するでしょうか」

「させるよ」


 はっきりと言いきる公爵の表情は作り笑いではないはっきりとした強い意志が感じられた。

 幼い頃のレイナルドには無い強い意志と行動力から出る言葉。

 レイナルドとは全く別人の男性に見えてしまう。


「…………かしこまりました。ですが、婚約者発表を行った後、どうやって婚約の話を白紙に戻すのでしょうか」

「……そのままリゼル王子の婚約者になりたいとは?」

「思いません」


 それだけは無い。

 リゼル王子自身、どのような方か分からないし。

 何より彼は……かつての婚約者だったグレイ王と王妃ティアの嫡子。


(彼等とこれ以上関わりたくはない……)


 過去を割り切ったと言っても、嫌なものは嫌だ。


「……そうか」


 ローズ公爵は何処か不思議そうに私を見つめていたけれど、それからリーバー様に振り返る。


「リーバー。急ぎ家庭教師の準備を頼む。それからリゼル王子とアルベルトに手紙を送る。早馬の準備を」

「かしこまりました」


 深くお辞儀をしてリーバー様は退室された。

 残されたのは私とローズ公爵だけ。


「不安にさせてしまってすまない。けれど、必ず君を困らせるようなことはしないと約束するよ」

「公爵様……」

「ご家族にも私から手紙を送ろう。もしかしたら発表したことで彼等に害が及ぶといけないしね」


 そうか。

 エディグマ男爵の息女と婚約発表ともなれば、私の父や兄が呼び出される可能性もある。


「あのっ家族にはどうか……不安にさせないよう私からも手紙を送らせてください」


 直接会って話すことができれば良いけれどこの調子だと会いに行く時間もなさそうだ。

 せめて兄には父やエディグマ領の事を任せたい。父だけには負荷がのし掛かりそうだ。


「兄の王城での仕事も一時お休みさせてエディグマ領の仕事に専念をさせて頂けますか? きっと祝いの贈り物などが届きそうでしょうし」

「ん? ああ…………」

「兄は王都に勤めておりますから多少の人間関係は把握していると思いますが、訪問客が上位貴族ともなった場合の対処に不安があります。公爵が後見人となって下さるならその辺りもお口添え頂いた方が良いかもしれないです」

「…………そうだな」

「あと、婚約のお披露目会は行わないでください。もし本当にリゼル殿下の婚約者が決まった際、その方が不快な気持ちを抱いてしまうかもしれませんし」

「マリー」

「はい?」

「…………君は王宮に詳しいのか?」

「は…………」


 し。

 しまった……


(ローズマリーの頃の処世術が出てた……!)


「い、いえ! 侍女生活の中で身につけた知識です……」

「訪問客の対応も問題ない。それも侍女生活で身につけたと?」

「あとはそう、兄から聞いたりして……」


 スタンリー兄さんごめんなさい。

 私は心の中で謝っておいた。


「……頼りになる兄君だ」


 あ。

 この笑顔は作り笑いじゃない。


(悪巧みしている時の笑顔だわ……)


 私は心の中でもう一度兄に謝った……



マグコミさんで本編の漫画更新がありましたが、レイナルドがすごいレイナルドなので是非読んで頂きたい……!

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