(間話)恋しいかと問われれば
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一人の侍女がレイナルドから遠ざかっていく姿をじっと眺めていた。
手元には彼女から受け取った白を基調とした花束がある。
風が吹くと花の香りがする。
「………………」
レイナルドは暫くマリーの背中を眺めていたが、その背中が建物の中に入り見えなくなったところで漸く意識を取り戻した。
何を眺めていたのか……
気を取り直し、レイナルドは施錠された扉を己の持つ鍵で開けた。
中からひんやりとした空気が流れ込んできた。
この建物の作りはシンプルで、正面は小さな礼拝堂になっている。
レイナルドが向かう場所は礼拝堂ではなく、その地下だ。
地下に続く階段を降りていく。
冷気が更に増す。
少し進めば、扉が見えた。
ここには鍵は掛けていないため花束を持たない側の手で開ける。
薄暗い中、見慣れた霊廟が目前にあった。
地下ではあったがうまく陽の光を反射させる造りをもって灯りの代わりとしているため、天井端にある窓から微かに光が差し込んでいる。
それでも薄暗さには変わらないため、レイナルドは扉前にある蝋燭に火を灯した。
「ただいま戻りました。姉様」
レイナルドがローズ領に居る間は毎日訪れるローズマリーの霊廟だ。
暫く領地を離れていたため、ローズマリーの墓前に飾った花は枯れ果てていた。
レイナルドは新しい花とそれを取り替え、床に落ちた花弁を拾い集めた。
「長いこと留守にして申し訳ございませんでした。暫くは留まる予定ですから、また花を毎日届けに参りますね」
優しい声色だった。
姉に話しかける時、レイナルドの声はいつも優しかった。
姉の好きだった花を揃え、彼女の墓前に飾る。
姉が好きだった絵本や物語などの書物は、いつでも朗読できるよう霊廟の中にある書棚に飾られている。
ローズ領を手に入れてまず初めに着手したことが、この霊廟の建立だった。
古くに建てられたこの小さな城の端に姉を眠らせるための霊廟を建てさせた。自らの建物など何一つ関心を持たないレイナルドが唯一執着した建物である。
ユベール領の別荘から十年もの年月を得て漸く手に入れた霊廟。
レイナルドが出来る数少ない姉への孝行である。
「……もうすぐです」
花弁を片し、新たな花を添えながらレイナルドは告げる。
「もうすぐ、姉様を殺した者達を同じ目にあわせることが出来ます」
墓前に膝をつき、彼女の眠る棺桶に寄り添う。
「貴女を裏切った者達を皆揃えて絞首台に送りたいと思っています。姉様は喜んで下さいますか……?」
答えは勿論無い。
たとえ答えられたとして、ローズマリーという女性が頷いてくれるとレイナルドは思っていなかった。
心優しい姉はきっと、そんなことをしないでと悲しむかもしれない。
或いは、良くやったと褒めてくれるのだろうか。
「姉様……」
姉と別れてもう二十年近くになる。
レイナルドはもう、姉がどのような声色だったのか思い出せなくなってきた。
それがとても恐ろしい。
姉との大切な記憶が時と共に風化していくことが嫌で、レイナルドは手記に姉との思い出を纏めていた。
少しでも忘れそうになれば二十年の間に纏めた手記を読み繰り返し思い出す。
それでも、文には載せられない声色や姉の香り、抱きしめられた時の温もりは残せない。
ああ、でも。
先ほどまで側にいた侍女の笑顔を見た時。
レイナルドは姉の笑顔に似ていると思った。
目を閉じて繰り返し思い出す姉の笑顔に。
マリー・エディグマがの笑顔が重なったのだ。
「…………姉様の御顔を描かせれば良かったな」
姉の肖像画はほとんど残されていない。
あったとしても幼少の頃に描かれたものだが、それはもう売り飛ばされたか焼かれているだろう。
王太子の婚約者だった頃の肖像画も処分されてしまい、何一つ残されていないのだ。
残されているのは、この朧げになったレイナルドの記憶だけ。
「姉様……」
レイナルドは目を閉じ、何度も何度も姉の笑顔を思い浮かべた。
微かな記憶と共に浮かべる姉の笑顔を思い出し。
悩まされている頭痛がほんの少し和らいだ気がした。
その朧げな記憶の中。
やはり微かに浮かび上がる笑顔がマリーと重なることに。
レイナルドは眉間に皺を寄せた。
「……今日は失礼いたします。また明日参ります」
棺桶に軽く口付けをしてレイナルドは立ち上がった。
呆けている場合では無い。
レイナルドにはやるべきことがまだある。
本来の予定であれば、リゼル王子に婚約者候補を決めてもらう時期だった。
彼に想う相手がいない場合、カモフラージュ用に用意していた女性がいたのだが、それが何者かの手によって身動き出来ない体になったのは数日前のこと。
(代理が必要だ)
グレイ王への叛逆には新国王として磐石な体制を整えたリゼル王子が必要なのだ。
そして、過去と同じように侍女を胸に抱いた息子によってグレイとティアを断罪したかった。
それはレイナルドの私情でもあった。
姉と同じ目に遭わせたいという私怨だ。
「…………仕方ない」
一つだけ考えがあった。
今、必要な手駒になりそうな者が一人だけいる。
マリーだ。
マリー・エディグマをリゼル王子の婚約者として代用する考えだ。
付け焼き刃のような考えではあるが悪い考えではない。
そうとなれば一度考案すべきだろう。
レイナルドは霊廟の灯りを消し、建物の外へと向かった。
外に出れば明るい日差しがレイナルドに注がれる。
先ほどまで居たマリーの笑顔を思い出す。
「…………」
これは気の迷いだ。
彼女が、自身の愛する姉に似ているなど。
「愚かだな」
それほどまでに姉が恋しいか。
その通り。
いつだってレイナルドは、姉が恋しいのだ。
ついに明日「転生した悪役令嬢は復讐を望まない」のコミカライズ1巻が発売されます!
よろしくお願いしますー!!!