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悪役令嬢に捧げる白い花

 ローズ公爵がお戻りになられて二日目。

 私はいつものように支度をしてからモルディさん、ダンガスさんの手伝いをしつつあっという間に昼前になった。

 騎士の方々は訓練や街の警備に出払っているようでお屋敷の中は静かだった。

 ローズ公爵は執務室にいらっしゃるようで、常にリーバー様が付き添っているようでこちらの出番はない。

 なので、いつも通りの日常である。


「マリー」


 庭師のヨハンに声を掛けられ、私は庭で手入れをしていた彼の前に向かう。

 ヨハンは見習いの庭師で、今は師匠の元で色々なお屋敷を巡って修行をしているらしい。

 私はヨハンの父親を知っている。

 彼の父は、元々ユベール領の庭師だったのだ。

 ユベールが没落したと同時に解雇になった彼の父親は、数年前に亡くなったのだと聞かされた。

 今はローズ公爵との縁もあって、時々ローズ領の庭仕事をお手伝いしているらしい。


「ヨハン。今日は貴方が担当なのね」

「うん。師匠はこっから少し離れた屋敷に呼ばれてるよ」


 まだ若い彼は私より少し歳下だろうか。

 弟のようで可愛いけれど、背は私よりも高い。


 ヨハンは嬉しそうに荷物の中からとある物を取り出した。

 それはドライフラワーだった。


「素敵。キレイに出来てるじゃない」

「だろ? 結構上手くいったと思うんだ。良ければマリーにあげるよ」

「いいの? こんなにキレイなのに?」


 ドライフラワーにされた花は貴族の庭園でしか咲かないような美しい花ばかり。しかも香りが良いので匂い袋に加工するために売ることだって出来る。


「いいんだよ。アンタにあげようと思ってたし」


 恥ずかしそうに話すヨハンを見て、私はますます嬉しくなってしまう。

 なんだか懐かしい。

 幼いレイナルドも、よくこうしていきなり贈り物をくれたなぁ……


「ありがとう、ヨハン。大切に飾らせて頂くわ」


 持っているだけで良い香りがする。

 お礼に匂い袋でも作ろうかと思ったけれど男性に贈るには可愛らしいわね。

 色々と考えている間に周囲が少しだけ賑やかになった。

 そちらを窺っているとリーバー様がやってきた。


「リーバー様」

「やあマリー。それと、今日はヨハンだったか」

「はい。本日も花を?」

「ああ、明日の分も頼むよ」


 ヨハンは慣れた様子で、庭園で育てている花をいくつか選ぶと剪定してリーバー様にお見せしている。


 花の贈り物だろうか。


(それにしては白い色が多い……)


 選んだ花の中心は百合の花だった。

 百合を淡い色の小さな花々で包み込むような形で花束が出来た。

 それからもう一つ作る花束も、やっぱり百合が中心だった。

 そしてとある花を剪定したところを見て私は納得した。

 彼の手にはローズマリーがあったのだ。


(もしかしてローズマリーへの献花?)


 そう考えてみれば白い花ばかりなのも納得がいく。


「どうもありがとう」

「いえ、次は師匠が明後日参ります。明日は別の者が様子を見に来ます」

「それじゃあ明後日にも頼むと伝えておいてくれ」

「はい」


 リーバーは花束と私を見てから小さく微笑んだ。


「手伝って貰っていいかな? マリー」

「はい!」


 私は慌ててヨハンから花束を一つ受け取ってリーバー様の隣に立つ。


「ヨハン、お花どうもありがとう!」

「いや、また出来たら持ってくるよ」

「うん。ありがとう!」


 私は手が振れない代わりに笑顔で返し、リーバー様についていった。




「ヨハンも大きくなったなぁ……」


 突然、リーバー様が面白そうな声色で話出した。


「まさか色気付くような年齢とは。私はあの子が赤ん坊の頃から知ってるから不思議なものだね」

「そうなんですね」


 考えてみれば、リーバー様もユベール領にいらした方。


(お父様の執事がリーバー様のお兄様だったはず)


 かつての記憶を思い出す。

 常に父の傍で仕事を手伝っていた男性の姿は、何処か今のリーバー様と似た面影をしていた。


「私とヨハンの父は元々レイナルド様のいらしたユベール領の出身なんだ。ユベール領の事は知っているだろう?」

「はい……」


 一応、当事者でしたので。


「侯爵位を剥奪されてからほとんどの者が仕事を辞めさせられたんだ。仲間内で細々と仕事を見つけては転々としていた時期もあったんだ。ようやくヨハンの父も定職に就いて、私もレイナルド様に拾われた頃にヨハンの父が亡くなったんだよ」

「そんな……」


 私は、かつてのローズマリーは屋敷の庭師のことを覚えている。

 彼はとても優しかった。寂しい思いをしてきた私やレイナルドをいつも優しく迎え入れてくれた。

 身分を気にする立場だから滅多に話をする機会はなかったけれど、父の隙を見て花を贈ってくれたり、レイナルドと庭で遊ばせてもらっていた。

 

「…………」


 ローズマリーが亡くなって二十年の年月は長い。

 命を失い、最近までマリーとして生きてきた間に、過去の私に関わった人達がどう生きてきたのかなんて知りもしなかった。

 歴史をなぞるように聞かされる彼等の過去が。

 少なくともローズマリーや父、ユベール侯爵による被害なのだと思うと。


(かつての私がどれほどグレイ様に懇願しても、聞いてはくださらなかった。その結果……)


 何度となく頼み、願った。

 私という人間が嫌ならば喜んで婚約を解消しよう。父が何か罪を重ねたというのならユベールの爵位だって剥奪しても仕方がない。

 けれど、仕える者や民には何の咎もない。せめてご慈悲を、と。


 グレイ様から慈悲は一切無かった。


 けれど当時の国王が同情して下さったことと、ローズマリーの事を慕っていた経緯から領地は一部国の管轄となって今では役人が管理して下さっていると聞く。

 民に大きな被害は無かったとしても、ユベール領で勤めていた使用人達には影響があったのだと思う。


(……もっと私も動くことが出来ていれば結果は違ったのかな)


 そう、考えたけれども私は首を横に振る。

 どうにでも出来ないことだった。

 悔やんでも過去は戻らない。

 

「リーバー様」


 廊下から一人の男性が駆けてくる。荷物を運んでくれる御者の一人だったと思う。


「持ってきた荷物の数がどうしても合わなくて……一度注文した書類の確認をしたいのですが」

「分かった」


 リーバー様は了解すると私に振り返る。


「マリー。悪いがこの花を屋敷の北東側にある建物の前まで運んで貰えないかな」

「分かりました」


 花束を受け取ると、リーバー様は御者と一緒に何処かに向かわれた。

 私は二つになった花束を眺めながら、リーバー様の仰られた場所へ向かうことにした。




 少し歩いた先に、リーバー様の仰った建物が見えてきた。

 建物の正面に刻まれる薔薇模様の紋章。

 静まりかえる建物は木々に包まれて密やかに建っている。

 私は改めて向かうまで、この建物の存在に気付かなかった。

 まるで人を遠ざけるように建てられた建物の前で、一人の男性が扉の前に立っていた。

 黒を基調とした服に、金色の髪。


 そこにはレイナルド・ローズ公爵が立っていた。







更新が遅くなりすみません。

別連載を始めたため、不定期になっております。

(興味がありましたら新連載も読んで頂けたら嬉しいです!)


まったりと更新していきますのでよろしくお願いします!


あと、宣伝ですが今月14日に転生した悪役令嬢は復讐を望まないのコミックスが発売します!

よろしくお願いします〜!

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