(間話)氷の公爵と有能執事の手紙
マリーがローズ領に来てから四日目に届いたリーバーからの手紙。
『初日から三日にかけての経過報告です。
花の令嬢は緊張ある面持ちではあるものの、特にこれといった挙動はございません。日々、仕事に精進している様子です。公爵に関する問いもなければ王城の話をすることもありません。
暫く様子を見るのと合わせ、仕事範囲を広げて餌を撒いてみることにします』
マリーがローズ領に来てから十日目に届いたリーバーからの手紙。
『近況報告です。
花の令嬢に関して、不審な箇所は全くございませんでした。餌にも飛びつくことはございませんでした。如何な手腕の持ち主かと思いましたが、そもそも餌に気付いていない様子。給金の相談をしたところ、給金の半分を自領に届けられないかとの相談を受けたため、事情ついでに花の故郷を調べましたが、特筆すべきことはございませんでした。引き続き観測は続けるものの、この花、もしや一輪の野花に過ぎない恐れがあります。提言致しますこと、ご容赦を』
「…………」
マリーがローズ領に来てから二週間が経過した時の、リーバーからの手紙。
『先日、マリー嬢に勧められ馬舎の内部を変えたところ、これが随分と馬達に気に入られておりました。日頃懐かない公爵様の愛馬ウィンドルフ二世も事のほかマリー嬢に大変懐いでおいでのため、現在は彼女にウィンドルフ二世と三世の世話を一任致しました。
更に彼女の父君が料理が趣味とのことで、ダンガスと新メニューの考案をしておりました。これが中々に舌を唆る料理となりましたため、お戻りの際には是非ともお召し上がり頂ければと存じます』
「……………………」
『また、モルディが持病の腰痛が出た際には自身で調合したという痛み止めの塗り薬が功を成し回復しております。こちらの調合薬は見る限り大変有効なため、領内で販売を計画しても良いのではないかと……』
「すっかり絆されているじゃないか」
それが、ここ数日に渡る執事からの手紙から出た、レイナルド・ローズ公爵の感想だった。
レイナルドがマリー・エディグマ男爵令嬢に出した結論は、白だった。
そもそも図書館で不審な動きをしていただけで訝しんでしまったが、どうやら杞憂に終わったらしい。
ローズ領に呼んでからレイナルドとしても時間の隙間に彼女の事を調べたが特に黒い箇所は見当たらなかった。
それどころか、話を聞く限りリゼル王子との婚姻も望まない女性であるし、むしろ王族を敬遠している素振りすらあった。
(むしろコチラ側の人間だったということか?)
王族に反感を抱き、いずれは謀反をも考える数多の人間を束ねるレイナルドとしては有力な戦力になるか考えたが、首を横に振る。
レイナルドとしてはこれ以上人員を増やしたところで労力が無駄だと認識している。なので、この考えは消去した。
それに、復讐の算段も粛々と進めてはいる。
ただ誤算であるのは中々リゼルが相手を決められないところにある。
反王族派に寄る女性を選ぶのであれば、その女性を懐柔してリゼルと共にグレイとティアを断罪させる手段を考え。
王妃や国王派の女性を選ぶのであれば、その女性と共に王国に罪を擦りつけ、王国と共に一掃する計算は立てていた。
王子には誰か一人を必ず選ばなければならないという圧力をかけてきたものの、どうにも一人を決めかねているらしい。
(まあ、それもそうか)
レイナルドは客観的にリゼルの現状を見て、自ら策を提案した身でありながら心底同情した。
ハイエナに対して餌はここにあります、と提案したようなものだ。
グレイやティアの子供である故にろくに情を抱くつもりもないリゼルではあったが、何故かレイナルド自身はリゼルに好かれていた。
憎き相手の子供。その存在すら憎らしいほどの憎悪があったこともある。
が、家族にすら愛されない哀れな王子を見ていると、幼い頃のレイナルド自身を思い出してしまい。
結局、煮え切らない思いを抱いたままであった。
リゼルはレイナルドの幼い頃と似ていた。
与えられる愛情は義務や責務。
家族としての情などなく、其処にあるのは己を駒として見る輩だけ。
レイナルドも長兄カーティスの保険としてユベール領に連れてこられたのだ。実の母は金でレイナルドを売り、父はレイナルドをカーティスの予備として扱った。
家族と呼ばれる存在に冷遇される中で、レイナルドが唯一幸福だったのは、ローズマリーという姉の存在がいたからだ。
そして、恐らくリゼルにとって唯一の救いである存在がアルベルトであり、不本意ながらもレイナルドなのだろう。
偽りや建前だけでなく、本心から対峙しリゼル自身を安否する存在といえば、彼の護衛としてつけたアルベルト・マクレーンだった。
護衛に就任させたレイナルドにも恩を感じているのか、はたまた向こうも自身と似た空気を感じ取っているのか、リゼルはレイナルドにも心を砕いていた。
そのお陰で今の地位がより確固となったことも事実ではあったが。
レイナルドはふと、頭が痛み出したことに眉を顰める。
十年前から持病となった頭痛は今でも時折こうしてレイナルドを襲う。
ふう、と大きく息を吐いてから天井を見上げる。
寝る間も惜しんで進めていく復讐も終盤となってきた。
あと少し。
あと少しなのだ。
材料はとっくに揃っている。
反王国の派閥もいつ号令を出すのかと待ち望んでいる。
けれどまだだ。
レイナルドはまだ首を縦に降らない。
(…………一度ローズ領に戻るか)
マリー・エディグマの様子を見にいくのではない。
姉の墓前に祈りを捧げたいからだ。
レイナルドは痛む頭を無視しながら目を閉じる。
目を閉じれば脳裏に映る、姉の処刑された姿を脳内でグレイやティアに置き換える。
レイナルドの頭の中で、痛みを呼応させるように。
鐘の音が鳴り響いていた。